原データ(xlsx

 現在、日本の国民医療費は44.4兆円と対GDP比7.93%(2019年度)となっており、高齢化の進展とともに実額、対GDP比ともに上昇してきている。早く公表される概算医療費の伸びを使った2020年度の国民医療費の見込みは43.0兆円と3.2%減である。これはコロナの感染不安による受診控えが影響した結果である。

 2015年度は一錠で約6〜8万円と超高額のC型肝炎治療薬「ソバルディ」や「ハーボニー」が登場し、医療費を押し上げたが、概算医療費によれば16年度にはこれらが約30%値下げとなり調剤費が減少したのに加えて診療報酬も16年4月の0.84%引下げ改定の影響で、医療費全体は減少している。

 高齢化やその他の国民医療費の伸びの要因については図録1902参照。診療報酬の改定については図録1933参照。

 OECDでは、医療費の国際比較のため医療費定義を揃える形で各国の対GDP比の推移を発表している。これをもとに高齢化比率との相関で医療費がどう推移してきているかをみると図録の通りである。

 2020年の医療費は各国で前年より値が跳ね上がっているが、これはコロナ感染症対策によるものと考えられる(GDP減少による押上効果もあるが)。感染者数規模の小さかった日本、韓国は1〜2%台と非常に少ない。ドイツ、スウェーデンも1割以下の増だが英国は21.3%増にもなっている。なお英国同様急騰したカナダ、米国では2021年は大きく戻している。

医療費対GDP比とその増加率(%)
2019 2020 2021 19-20
増加率
カナダ 11.0 12.9 11.7 18.2
フランス 11.1 12.2 10.0
ドイツ 11.7 12.8 12.8 9.6
日本 11.0 11.1 1.6
韓国 8.1 8.4 8.8 2.7
スウェーデン 10.8 11.5 11.4 6.1
英国 9.9 12.0 11.9 21.3
米国 16.7 18.8 17.8 12.8

 厚生労働省が毎年公表している国民医療費の対GDP比を参考までに掲げている。国民医療費はOECD定義の医療費と比べて公衆衛生費や介護費などを含まない分水準は低くなっている。

 日本の場合はコロナによる受診控えのため概算医療費は対前年3.2%減であり、GDPのマイナス成長の押上効果を算入後も国民医療費対GDP比は7.93%から8.01%へ1.0%の上昇に過ぎないと見込まれる。もっとも国民医療費には公衆衛生費が入っていないのでOECD基準の医療費ではもう少し伸びは大きくなる可能性がある。

 なお、2015年公表データから総医療費から資本形成を含まない経常医療費へと変更になっている。また2016年以降の公表データでは2011年以降について再計算が行われ、それ以前と時系列上の断絶が生じている点に注意が必要である(図ではこの点を点線で示した。再計算の経緯については図録1890コラム参照)。さらに2017年公表データでは全体に下方修正された。

 次に、主題である各国の長期推移について見てみよう。

 日本のカーブは、基本的に、そう高くない水準で左右に長くなっており、日本の高齢化のスピードの速さと対GDP比の比較的良好なパフォーマンスの両方を示しているといえる。

 OECDデータによる日本の対GDP比は近年ほぼ横ばい傾向にある。ただし、2018〜19年はやや上昇した。

 現在の日本の医療費の対 GDP比は、11%前後で、フランス、ドイツ、スウェーデンとほぼ同等の水準である。しかし、日本は他国と比較して一段と高齢化の進んだ国となっているので、なおさら、対GDP比の相対的な低さが目立つ形となっている(日本の高齢化が世界一である点については図録1159参照)。

 2009年は各国で医療費対GDP比の上昇が目立っていたが、09年はリーマンショック翌年に当たり、世界的な景気低迷でGDPがマイナスだった影響が大きい(図録4500)。日本の09年のデータも同じである。韓国はそれほどGDPが落ち込まなかったので上昇がそれほど目立たない。

 この図で注目すべきは、高齢化の進展度合いに合わせて医療費水準がどう上昇しているかを、線の傾きで各国比較した結果である。

 線の傾きで特異なのは、極めて高い上昇が目立っている米国である。社会保険の範囲が小さく、民間保険と医療機関相互の競争など市場原理をメインとしている点で世界の中でも特異なシステムをとっている米国では、高度医療の発達や医療機器の進歩では世界一となっているが、医療費については高騰に悩まされ、マネジドケアなど数々の医療システム改革にも関わらず、貧困層への医療供給は制約されて平均寿命も先進国の中で低い状況の反面で、国民の所得の多くが医療費に注ぎ込まれているという特徴があらわれている。成否はともかく米国で医療保険を全国民に普及させようと言うオバマ改革が進みつつあるのはこうした背景によるのである。(米国の医療制度に係る政治的背景については【コラム1】参照)

 かたや英国では、国が医療を供給するという基本線がとられてきており、1980年代までは1人当たりの医療費水準も他国と比べて低かったが、それ以降、むしろ医療費の上昇に悩まされている。高齢化は進展していないのに医療費だけは上昇しており、米国と同様垂直に上昇していたのが目立つ。1980年代のサッチャー改革で医療が切り詰められた結果、国民の医療へのアクセスが異常に制約を受け、むしろ、それへの反動で医療の供給量を増加させているためと考えられる(【コラム2】参照)。

 米英の2国を除くと日本を含め高齢化と医療費の相関では、レベルの違いはあるが、相関線の傾きにおいては、傾きの程度あるいは毎年の安定的な上昇など、ほとんど同等といえる傾向を示している点が目立っている。ただ、一時期、英米だけでなくその他の欧米諸国でも垂直シフトが目立った時期があり、日本の良好なパフォーマンスがそれだけ目立つ状況となった。

 韓国は、高齢化も医療費水準も日本の1970年代の水準にあるが、今後、高齢化の進展が大きく見込まれることから医療費のこれからの動きについて注目される。韓国の医療費対GDP比7.1%(2014年)はもちろん現在の日本より低いが、日本が現在の韓国の高齢化率だった頃よりは高く、今後、右上がりの状況がどうなるかは予断を許さない(【コラム3】参照)。

 下には主要国だけでなく、OECD37カ国とパートナー諸国としてデータが発表されている7カ国、合計44カ国の高齢化率と医療費の相関を示した。それほど相関度は高くないが両者の間にはプラスの相関があることが認められる。高齢化の割に医療費が多いか少ないかはオレンジ色で示した回帰直線の上に位置するか下に位置するかでおおまかに判別できる。日本は回帰直線のやや下となったが、中国、インド、インドネシアといったアジア諸国は回帰直線の下に位置しており、アジアでは余り医療費をかけない傾向があるようだ。ロシア、旧ソ連・東欧など旧社会主義圏でも同様の状況にあるが、この場合は、経済状況の困難から医療費をかける余裕がないというべきなのかもしれない。社会保障支出と高齢化の相関図を図録2798で掲げたが、同様の傾向にある。


(関連図録)

・医療費の効果についての平均寿命との相関からの分析(図録1640
・OECD各国の医療費対GDP比率(図録1890
・OECD各国の医薬品費対GDP比率(図録1905
・家計に占める医療・健康費(図録2270
・人口当たりの医師数・看護師数の国際比較(図録1930
・100年後に米国の医療費対GDP比が60%に達するというボーモルの予測(図録4700
・医療費が高額となった欧米諸国からアジアの低廉な医療サービスを求めてのアジア・メディカル・ツーリズム(図録8430
・スウェーデンの医療・年金・介護の社会保障見直し(図録5100

【コラム1】 米国医療問題の政治的背景

 米国最大の国内問題は公的医療保険の導入問題となっている。医療に関する限り、民間保険が公的保険より高く付くことはここで取り上げた図を見ただけで明らかであるが、米国はこれまで公的な国民皆保険の導入に政治的に失敗してきた。何故かという大疑問に対し、米国の著名な経済学者であるクルーグマンはこう答えている。「すべての根源は、アメリカの人種差別問題にある...今でも残る奴隷制度の悪しき遺産、それはアメリカの原罪であり、それこそが国民に対して医療保険制度を提供していない理由である。先進諸国の大政党の中でアメリカだけが福祉制度を逆行させようとしているのは、公民権運動に対する白人の反発があるからなのだ。」「1976年の共和党の大統領指名レースで、レーガンはシカゴで起こった福祉詐欺事件を大袈裟に誇張し、「福祉女王」という単語を考え出し、広めた。彼はその女性の肌が何色であったか指摘しなかった。その必要はなかったのだ。」「肌の色や宗教、性的嗜好が異なる人々には自らと同様の権利を与えたくないと思う一部のアメリカ人の偏見を彼ら(保守派ムーブメント)は利用し、それを政治戦略の中心に据えてきたのである。」(ポール・クルーグマン「格差はつくられた―保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略」(原題:リベラル派の良心)、2007年)

 医療保険制度に関する欧米諸国の中での米国の特殊性を理解するには、米国が欧米先進国の中で近代に入って大規模に奴隷制を導入した唯一の国であるという歴史的経緯を踏まえる必要があるということである。米国の市場原理主義が医療保険の民間主義の理由なのではなく、むしろ後者が前者の由来であるともいえる。奴隷制を源にもち、長く続くこととなるこうした米国の深い傷を南北戦争以前の19世紀に既に指摘していた思想家としてトクヴィル(トックビル)をあげることができる。

「南部のアメリカ人は、解放奴隷がいつの日か主人と同化できないときには、奴隷の解放はつねに危険をもたらすことを理解した。ある人間に自由を与えて、貧困と恥辱にまみれたままに放置することは、奴隷の反乱に将来の指導者を供給する以外の何になるだろうか。...南部のアメリカ人は、多くの場合、奴隷の主人からこれを解放する権能を取り上げた。

 私は連邦の南部で、かつて所有する黒人女性の1人と内縁の暮らしをしていた1人の老人に出会ったことがある。彼は何人かの子供をこの女によって儲けたが、この子らは生まれるとすぐに父親の奴隷にされた。父親は子供たちに少なくとも自由を遺贈しようと何度も考えたが、何年経っても、立法者が奴隷解放に課した障害を除去しえなかった。そのうちに老いが来て、死が迫った。そのとき、彼は息子たちが父の権威に代わって他人の鞭に追われ、奴隷市場をつぎつぎに引き回されるさまを想い描いた。この恐ろしい光景を頭に浮かべると、彼の衰えつつある想像力は錯乱した。私は彼が絶望に苛まれるのをみて、法が自然を害したとき、自然はいかにしてその傷に復讐するかを理解した。

 これはたしかに痛ましい弊害である。だが、それは近代人の奴隷制の原理それ自体から予想された必然の結果ではないだろうか。」(「アメリカのデモクラシー」第1巻、1835年、第2部10章、岩波文庫)

 社会的強制保険の範囲に黒人を入れることに心理的抵抗が根強いため、社会的強制保険不採用の合理的説明として経済学の原理を持ち出しているとしたら、その合理的説明のみを学ぼうとしている我が国のエコノミストは一体何者なのであろうか。

 米国が陥っている負のスパイラルからの脱却を目指すオバマ政権の国民皆保険を目指した医療制度改革は長くて運命的な経過を辿っている。

 オバマ大統領が主導し2014年1月に導入された医療保険改革が通称オバマケアと呼ばれる(医療保険制度改革関連法は2010年3月成立)。オバマケアは、欧州や日本のような公的な社会保険ではないものの、約5000万人の無保険者を救済することを目的に国民に医療保険加入を義務づけている。企業が提供する医療保険が受けられない収入の少ない層が加入できる保険を新設し、彼らを補助する代わりに収入が高い中間層や企業は負担増となり、脱法行為も増える。

「オバマケアでは、週労働時間30時間以上の正社員50人超を雇用する企業は、保険を提供しないと罰金が科せられる。企業側の反発で適用は1〜2年延期されているが、コスト増を恐れる企業側は抜け道を探り始めている。フィラデルフィア連銀が公表した企業調査によると、オバマケアの影響で18%の企業が社員を削減し、同じく18%が保険提供の義務がないパートを増やした。中小企業団体の全米独立企業連盟は「より多くの企業が従業員への医療保険の提供を中止せざるを得なくなる」と言う」(毎日新聞2014年10月13日「米国中間選挙〜分断社会」)。

 かくして、低負担の医療保険を自助努力を阻害するものとして反対する共和党支持層と医療保険改革をオバマ政権最大の遺産として評価する民主党リベラル派との間の断層が深まっており、これが、11月4日の米中間選挙の最大の争点となった。結果は民主党の大敗となり、政権と議会とでねじれ状態が生じた(図録8756)。

 その後、オバマケアによって無保険者は減ったが、保険料の高騰、財政負担の拡大で国民の不満は大きく、2016年のトランプ勝利による政権交替につながった(図録8754)。

 2014年から本格的に実施された医療保険改革関連法(オバマケア)により、「約5千万人いた無保険者のうち、2千万人が保険に加入できたとされ、米疾病対策センターによると、10年に16%だった無保険者の割合は、15年には10%を割った。特に、低所得者を対象にした「メディケイド」の枠を拡大した州で、無保険者の比率が著しく減った。下はある調査による2016年における米国人の健康保険加入状況である。


 オバマケアは、同時に、弊害も生んだ。オバマ政権は10月、約40州で来年、保険料が平均25%も上がると公表。保険会社の支払いが急増したためで、保険料負担の高騰で中小企業は悲鳴を上げ始めた。

 公的補助を伴うため、財政への打撃も大きい。米国の16会計年度(15年10月〜16年9月)の財政収支の赤字は、前年度に比べ、33.8%増の5,874億1,200万ドルにまで膨らんだ。オバマケア関連の支出が大きく、5年ぶりの赤字拡大を招いた。

 このため伝統的に「小さな政府」を目指す共和党は猛反発し、ドナルド・トランプ次期大統領は選挙中、「オバマケアは大失敗だった」と、廃止を訴え、支持を広げた」(東京新聞「変革の奇跡:オバマ大統領の8年A医療保険制度」2016年12月27日)。

【コラム2】 英国の医療改革

 OECD諸国の2002年データについて、OECD事務局は「大半のOECD諸国で保健医療支出が増加、中でも米国は突出」と表現している。また次のようにも指摘している。「保健医療関連支出が伸びているのは、一つには、1990年代半ばのコスト抑制が保健医療制度の疲弊をもたらしたことを理解した英国やカナダ等一部の国の意図的な政策によるものです。保健医療関連支出が伸びているのは主に医療技術の急速な進歩、人口の高齢化、医療への一般的な期待感の高まりによるもので、支出の伸びが特に目立っているのは医薬品の分野です。」

 1997年に就任した労働党ブレア政権は以下の3つの目標を掲げ、医療改革に乗り出したといわれる(朝日新聞2008.6.8)。

・病院外来の診療は(かかりつけ医の紹介から)13週以内に
・入院待ちは26週間以内に
・救急患者は4時間以内に診察

 日本の医療実態と比較すると控えめな目標(それまでよっぽど酷かった)ともいえるが、こうした目標実現のため、ブレア政権は病院施設の拡大や医療従事者の増員を図り、自己負担ナシの医療サービスを提供する保健省の国民保健サービス(NHS)は2000年に2010年までに100の病院と7千の病床を新設する計画をたてた結果、2006年で上記目標はほぼ達成したという。ただし税金を財源とするNHSへの支出は99年約400ポンド(8.2兆円)が06年は約780億ポンド(16兆円)とほぼ倍増し、NHS予算の1割以上を支える国民保険料の料率も例えば月収30万円程度の会社員で収入の10%程度が11%に上げられたという。

 2010年5月の下院選で13年ぶりに政権を保守党に譲った労働党政権の代表的な成果として、病院の平均待ち期間が1990年代末の18週から2008年には6週に改善したことが報じられている(The Economist May 1st 2010)。この点が世論には評価されていない点については、図録1852参照。

 こうした推移の結果、英国の高齢化率は日本よりかなり低いにも関わらず対GDPの医療費水準は日本と逆転するに至っている。それでもなおがん治療の成績などはOECDの平均を下回っていることが課題とされている(The Economist December 12th 2009、図録2166参照)。英国の例は医療費を抑えすぎるとリバウンドが結局激しいものと成らざるを得ないことを示していると考えられ、我が国にとっても他人事ではないだろう。

【コラム3】 韓国の健康保険制度

 アジア開発銀行(ADB)の社会支出に関する2013年の報告書(The Social Protection Index:Assessing Results for Asia and the Pacific)は韓国の健康保険制度について以下のように取りまとめている。

 1989年にはじまった韓国の健康保険制度(NHI)は2009年から国民皆保険となった。この制度の財政的な負担は当初もっぱら家計にあったが、政府は、負担を家計から企業や政府にシフトすることに成功した。2007年の段階では、家計の保険料負担は約55%にまで低下し、企業は25%、政府は残りの20%を負担するに至っていると見積もられている。

 順調に見える韓国の健康保険制度であるが、今後見込まれる急速な高齢化による影響は深刻である。これは、東アジア共通の課題であるが、既に、2002年以降の韓国の一人当たりの医療支出の伸びはOECD最高の年率2%となっている。質を落とさずに皆保険を財政的に維持することは非常に困難が予想されるため、医師や病院のモニタリングの強化が必要であるとともに、診断の早期化など初期医療の改善による2次医療、3次医療のコスト低減が求められている。

(2004年7月8日データ更新、8月6日付表国民所得比更新、05年6月18日付表国民所得比2000年値訂正、05年6月29日更新、06年12月25日更新、12月28日ドイツ追加、07年8月15日・9月2日更新、08年6月9日英国医療政策コメントを付記に追加、7月9日米国クルーグマン引用を付記に追加、8月13日トクヴィル引用、8月28日更新、09年10月19日更新、2010年1月4日・5月19日英国コメント追加、6月30日更新、2011年7月12日更新、2012年6月29日、2013年6月29日更新、7月10日韓国健康保険制度コメント追加。2014年コラムにオバマケアのコメント追加、2014年11月10日更新、2015年7月11日更新、7月12日高齢化と医療費の相関図掲載、10月1日韓国コメント改訂、10月8日国民医療費更新、2016年8月25日更新、9月28日国民医療費更新、12月28日オバマケア追補、2017年5月24日2016年の米国人健康保険加入状況、7月7日更新、7月8日相関図更新、9月14日国民医療費更新、9月16日概算医療費、2018年8月7日更新、2019年7月30日更新、2020年8月16日更新、2021年11月10日更新、11月12日国民医療費見込み、2022年8月8日更新)


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