(はじめに)

 世界各国の生活の状況は家計消費支出として何に多く費やしているかの状況からうかがうことができる。エンゲル係数として知られる食費の割合は所得水準に比例している。また、大阪の「食い倒れ」、京の「着倒れ」、江戸の「呑み倒れ」という言葉(注)があるように、消費支出の費目構成が所得水準と言うより地域の特色をあらわす場合もある。

(注)食・衣服・アルコールに傾倒するあまり倒産するというような意味。「嬉遊笑覧」(4、1830年)に「俗諺に、江戸の喰倒れといふは、もとさにあらず。「元禄曽我物語」に、実にまこと京は着てはて大坂は食て果るとかや云々、此をとりたるなり」とあり、食い倒れ、着倒れは江戸時代以来の言葉である。

 以下では、食料品支出を食費とも呼ぶ。外食は「外食・宿泊」に含まれており、ここでの食費には含まれない。

(原データについて)

 各国の家計調査は、原資料の収集の困難を別にしても、対象、定義、区分が異なるので結果を相互に比較することは難しい。他方、SNA(国民経済計算体系)は、国連の推奨する方式で比較的統一が図られている。そこで、ここでは、SNA上の家計消費支出で国際比較を行った。

 対象国は、食料品の構成比の低い順に、米国、シンガポール、英国、カナダ、オーストラリア、ドイツ、デンマーク、スウェーデン、ベルギー、スペイン、韓国、フランス、日本、イタリア、チェコ、イスラエル、ギリシャ、マレーシア、メキシコ、タイ、ロシア、インド、モンゴル、スリランカ、ブータン、アゼルバイジャン、ニジェール、カメルーンの28カ国である。資料は国連(UN)のSNAデータベースによった。

 SNA上の家計消費支出の住宅費(住宅・光熱)には、財産取得経費である住宅購入費は含まれない点では家計調査と同じであるが、家計調査と異なって帰属家賃が含まれている。帰属家賃とは持ち家に対して自ら家賃相当分を支払っているとする考え方であり、いわばすべての人が住宅ローン返済を抱え、それが支出に含まれているようなものである。各国の住宅費のおおむね4〜7割が帰属家賃である。また、SNAの場合、家計調査と異なり、自給食料などの現物消費もカウントされるが、移転に区分けされる寄付、仕送り、贈与金は含まれない。

 一応、ここでは食費比率20%未満を先進国に区分するものとする。

(食費)

 消費支出全体が家計調査より大きくなっており、他の支出項目の構成比は相対的に小さくなる。日本の食費の比率は、14.1%であり、家計調査における食費の割合(エンゲル係数)の23〜4%(図録2350参照)よりかなり小さいのは、このためと外食費が含まれていないための両方からである。なお、日本の家計調査と同じ定義でOECD諸国のエンゲル係数を図録0212で比較したので参照のこと。

 こうした点を前提に、食費比率を世界各国と比較すると英語圏を除く先進国では10〜17%程度となっている。G7諸国の中ではイタリアが14.4%と最も高くなっている。英語圏の食費比率は米国の6.7%からオーストラリアの10.0%までと図の中で最も低くなっているのが目立つ(シンガポールも英語圏と考えられる)。こうして見ると先進国の食費比率は経済発展度というよりは、それぞれの国の食の重視度と関連があるように思われる。英語圏諸国では、食い倒れ的な側面があるラテン系諸国や日韓と比べ、「食」に時間もお金もかけないライフスタイルとなっているのであろう(図録0210参照)。

 一方、途上国では、インドが30.5%、スリランカが32.1%、カメルーンが47.9%とやはり経済が発展する前には食費の比率が大きいというエンゲルの法則どおり高くなっている。なお、ロシアの食費割合も29.5%と途上国並みに高い。

(飲酒・喫煙費)

 日本は2.7%と比較的少ない。米国、シンガポール、韓国、イスラエルあるいはイスラム圏のマレーシアなどでは低いレベルとなっている(マレーシアでは2%未満と最低レベル)。上位3位は、モンゴル、チェコ、ロシアである。チェコはビールの好きな民族である。ロシアは8.1%と大きい。これは呑み倒れ的な側面もあろうが、むしろ、アルコール中毒が社会問題として尾を引いている状況がうかがえるのである(図録8985参照)。

(被服・履物費)

 先進国の中では、韓国、イタリアが6.3%、6.0%と最も高い割合を示し、日本は3.7%と、米国やオーストラリアなどと並んで、かなり低い方である。イタリアの高さはイタリア人がおしゃれ、あるいは着倒れであるためであろう。韓国も同様だろう。日本の低さは服に余りお金をかけないという面もあろうが、むしろユニクロのような一定の品質の低価格商品が普及しているためであろう。日本人のおしゃれは、衣装・装身具より、むしろ身体のスリム化や身づくろい・清潔化に時間をかける点に特徴があることが分かる(図録2329b、図録2329d)。途上国ではマレーシア、メキシコのように低い国もあれば、アゼルバイジャン、カメルーンのように高い国もある。

 食費と同様にロシアは被服・履物費が多い。ロシアの被服・履物費は8.9%と対象国中2番目に大きい構成費となっているのが目立っている。寒い気候のせいや外見を重んじる気風もあってイタリアのように服にお金をかける習慣があるのと生活が苦しいから生活必需品の割合が高くなるのと両方であろう。

 以下は子育てにかかる衣服費負担が大きいかをきいた国際比較調査の結果であるが、日韓の低さと欧米の高さが対照的である。制服制度の有無や自由や階級を衣服であらわす気風の有無が関係していよう。


(住宅費)

 次ぎに住宅費であるが、日本の住宅費は24.9%と比較的高い水準である。ヨーロッパ先進国では2割を超える国が多く、途上国の諸国が1割前後と小さい値であるのと対照的となっている。ブータンの住宅費は2割を超えており途上国の中では大きい。

 なお、米国は次に述べる医療費の高さに圧迫されていることもあって住宅費の比率は18.8%と比較的低い。シンガポール、韓国も2割未満と比較的低い水準である。

(保健・医療費)

 家計消費支出の中で特徴的な違いが目立っているのは保健・医療に関する支出である。ここで保健・医療費には、医療費の他、健康グッズや市販薬、紙おむつ、メガネなどが含まれている。(私的公的負担を含めた医療費の対GDP比は図録1900参照)

 米国の保健・医療費が21.1%と際立って高くなっているのは、社会保険としての医療保険が発達しておらず、個人による医療費の支払が多いからであり、しかも医療費の対GDPが16%程度(2013年)と10%を大きく上回っている唯一の国であるため、家計に占める負担もことさらに大きいのである。住宅費を上回る最大の支出規模となっていることからその負担感がしのばれよう。

 ここでの家計支出は93SNA(93年のSNA算出方式)あるいは2008SNAで計算しているので、税負担や社会保険負担による医療費支出は含まれていない。従って、米国以外の多くの国で保健・医療支出比率は医療費の対GDP比率の半分以下の比率となっている。

 ゆりかごから墓場までで他国に先駆けた英国では、その後、財政改革を迫られたが、なお医療サービス供給が基本的に政府によっているので家計負担は1.6%と極端に小さい。英国の医療問題は財政問題と財政緊縮からもたらされた受診待ち時間の長さであった。

(交通費)

 交通・通信費はこれまで一緒にされることが多かったが、世界的に携帯電話・スマホの費用負担が大きくなっているため、分離して表示することとした。

 交通費は、自動車の購入・維持管理費用が大きな部分を占めている。クルマの価格、ガソリン・駐車場料金などの総合コストが問題であるが、日本は11.6%と米国、オーストラリアに近い低い水準となっている。途上国は自動車普及率、ガソリン価格、公共交通機関料金などの違いにより様々である。

(通信費)

 通信費割合の比較については図録6367に詳しく掲載した。いずれの国でも近年高まってきているが、マレーシアの値が最大である。日本は3.1%とその他のG7諸国がいずれも2%台なのと比較するとやや高い水準になっている。

(娯楽・文化)

 先進国ではおおむね10%前後と他の支出項目と比べて差が小さい。一方、途上国では娯楽・文化への支出金額は概して小さい。インド、ブータンが最も低く1.0%、1.1%である。先進国の中ではギリシャ、イタリア、スペインなど南欧諸国で娯楽・文化費が5%〜7%台と小さい。お金をかけずに楽しんだり情操を育んだりする気風なのであろうか。

(教育費)

 教育費の構成費が群を抜いて高いのは、韓国の5.9%である。この他では、モンゴル、オーストラリアが高くなっている。日本も2.1%と比較的高い、これらの国では学校教育費の家計負担(対GDP比)が高い国が多く(図録3950参照)、その影響であろうと考えられる。北欧諸国などヨーロッパでは教育費の公的負担割合が高く、家計支出における教育費の構成比は非常に低い国が多い(1%未満の国も多い)。

 欧米と比較して日韓では、教育費、特に塾など学校以外の教育費の負担感が大きい点については(被服・履物費)で掲げた図を参照。

(外食・宿泊費)

 スペインが16.8%と最も高く、タイ、ギリシャがこれに続いている。これらの国の外食費比率が高いことがこうした結果にむすびついていると考えられる(図録0212参照)。

(2004年8月17日収録、8月20日改訂、2009年11月21日更新、2013年8月11・12日更新、2015年10月5日更新、2016年5月7日○○倒れ表現追加、2016年6月13日更新、2018年3月26日子育ての衣服費負担の国際比較表、2022年3月30日同左更新、グラフ化)


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