父親の権威を認め、人の和を重視し、個人主義を強く出さず、上意下達式の組織的行動をするといった旧来からの考え方は東アジアの国民に共通した価値観なのであろうか。

 米国のマスコミによると、東日本大震災に際して日本人が冷静で取り乱したりせず、2005年に米国で起きたハリケーン・カトリーナ災害や10年のハイチ大地震を例に「災害に付き物の略奪と無法状態、便乗値上げ等が日本で見られない」点に米国人の間では賞賛の声が挙がったという(時事ドットコム2011.3.16)。NHKでは米国、日本、中国の学生等が参加した世界同時授業「マイケル・サンデル ハーバード白熱教室」大震災特別講義を放映したが(4月16日)、この点が同じ観点から取り上げられた。このとき、中国人の女子学生が、日本人の統率のとれた行動に米国人は驚くかも知れないが、同じアジア人の我々にとっては不思議なことではない、と発言していたのが印象的であった。

 東アジア4カ国の大学・研究機関が共通の質問票を使用して共同で行った各国の全国レベルのアンケート調査の結果から、アジア的価値観への賛否を問う9設問への回答結果をまとめてグラフにした。元資料の「まえがき」には、EASSプロジェクトは「東アジアに特徴的な価値観や習慣をより深く分析したいという、共通の願いの中から生まれました。」とあるが、これらの設問はまさにこうした観点から設計されているといえよう。EASSというこの共同調査の概要と中国調査の回答者属性はページ末尾に掲載した。資料出所は日本側の担当機関の1つである大阪商業大学JGSS研究センターのHPである。

 結果の解釈について誤解のないようにするため、各設問の原文をコメントの最後に掲げておいた。

 まず、第一に、日本人の「あいまいさ」が目立っている。価値観自体が曖昧なのか、あるいは価値観の明確な表明を嫌うのかは不明であるが、日本人の「どちらともいえない」がすべての設問において、他の3カ国国民に比べて大きな割合を占めている点が目立っている(無回答はいずれも1%未満と小さく、日本人の割合が多いという傾向もないので「どちらともいえない・無回答」は「どちらともいえない」とほぼ同じ)。

 日本人の回答は曖昧なのに対して韓国人は曖昧回答は嫌い、イエスかノーでこたえ勝ち、ということを図録8598で明らかにしたが、4カ国比較では、韓国人より台湾人、中国人の方が「どちらともいえない」の割合が少なくなっている傾向にある点は興味深い。インタビューワーの調査態度の影響もあるかも知れない(日本人の中間的回答好みについては図録9520コラム参照)。

 日本人は「あいまい」回答が多いため、賛成の割合、あるいは評価点での評価からするとアジア的価値観へのコミットメントが低いようにも見受けられるが、各設問に対する反対の割合を見てみると決して他の3カ国と比べて反対が多いわけではないので、「隠れアジア人」として十分にアジア人の資格があるともいえる。例えば、父親の権威を尊重するかの設問に関して、賛成が少ないので、尊重していないのかとも見えるが、反対の割合を見ると決して高くなく、実は、尊重しているともいえる。

 こうした日本人的精神性から一体どっちなんだと欧米人からもアジア人からも批判の的となりがちである。日本人はよく言えば西洋と東洋の架け橋として双方の友であり続けたいと思っているのであり、悪く言えば単にコウモリ的判断停止民族なのであろう(神や死後の存在について世界で最も「わからない」とする回答が多いのが日本人であることについては図録9520でふれた)。

 次ぎに、各設問に対する各国民の回答結果の評価点から、各設問の回答結果は以下の5つのパターンに分けられると考えられる。各パターンについてコメントする。

パターン分け
1.ほぼ日本<韓国<台湾<中国の順 該当する設問:「父親の権威を尊重」、「同郷人の活躍は誇らしい」、「余分なお金はリスクがあっても投資」
1人当たりのGDPはこの順に高い(図録4540参照。韓国と台湾はほとんど同じだが)。従って、社会経済の発展度に沿って変化する価値観と思われる。父親の権威に代表される家族機能、あるいは同郷人の相互扶助機能は、社会保障の充実や都市化の進展等にともなって衰え、また経済の安定にともなって一攫千金への誘惑は減退するのだと捉えられる。図録8860、図録8862では韓国の地域感情の根強さについてふれたが、その弊害を憂う気持ちからか愛郷心への反対の意見が最も多くなっており、愛郷心の程度は、台湾、中国よりもむしろ日本と近くなっている(韓国で愛郷心についてさめた見方に変化している点については図録9468参照)。
2.日本以外に共通の価値観 該当する設問:「多数派意見には従うのが無難」、「人間関係のため不満は口にしない」
日本人の特性として和を重んじ、集団の中で言いたいこともいわない傾向があるとされるが、この2設問への回答結果は、集団の調和を崩すぐらいなら自分を殺すことに価値を見出しているのは、むしろ韓国人、台湾人、中国人であり、日本人だけはそんなことはないという意見を示しており、興味深い。日本人はそうだといわれ続けたので、調和重視の価値観を客観視するようになっているだけなのかも知れない。(注)
3.日本・韓国と台湾・中国で異なる価値観 該当する設問:「意見が合わなくても上司には従う」、「有能なリーダーにすべて任せる」
上意下達の規律に従うという価値観は、日本と韓国では弱く、台湾と中国では強い。この通りであれば、また「人間関係のため不満は口にしない」の評価点が日本だけ低い点を考慮すると、冒頭でふれた東日本大震災の際の統率のとれた日本人の行動は価値観的には理解できない。中国、台湾の方が統率のとれた行動をとれる筈だということになる。実際の行動パターンは多分逆であり、その場合は価値観ではなく、法治主義の徹底、公正(フェア)の確保、治安のよさといった社会の成熟度が理由ということになる。中国人の女子学生の意見は価値観だけで判断したのだろう。(注)
4.日本・台湾と韓国・中国で異なる価値観 該当する設問:「人生は平凡より可能性追求」
韓国人と中国人はチャレンジングな人生を好み、日本人と台湾人は安定的な人生を好んでいる。
5.中国だけ特異な価値観 該当する設問:「雇うときは親族・友人を優先」
人材の登用において適材適所というより親族・友人優先という考え方は東アジアの中で中国人だけが価値をおいている価値観である。中国では汚職や組織の腐敗が克服すべき課題の第一にあげられているが、一般の中国人がこうした考えでいるとすれば、課題の解決は難しいだろうと想像される。賛成、反対の割合を見ると、日本人はなおあいまいさを残しているが、韓国人と台湾人はキッパリとこれを否定する者が多い(図録8060参照)。
(注)アジアバロメーター調査によると、日本人が重視する精神態度として「思いやり」が他の東アジア諸国と比較して、特段、重要性が大きくなっている(図録8068)。これと考え合わせると日本の集団主義は中国などの集団主義とはかなり異なっていると考えざるを得ない。この点を私は次のように述べた。「日本人の集団主義は、集団や上位者の意思に対して無原則、無批判に従うことによる規範的な集団主義ではなく、子どもの頃から自らが属する集団の各構成員が置かれている状況に対して充分に配慮し、自己主張の余り彼らを傷つけることのないようにする訓練がなされることによる機能的な集団主義なのだと考えてもよいのではなかろうか」(本川裕(2014)「似ているようで似ていない東アジア人」(公財)統計情報研究開発センター「エストレーラ」12月号)。礼と和のどちらを重視するかの日韓比較で同様なことがいえる点について論語の関係条を引用して言及した図録9464も参照されたい。

 欧米人と比較して見ないと4カ国でアジア的な価値観を共有しているといってよいかどうかはっきりとは分からないが、これまで見てきた限りは、日本人、韓国人、台湾人、中国人は、地理的に隣接し、長く中国からの影響下にあり、儒教や仏教の影響が強く、また漢字を使ってきたなどという点など、歴史的に文化を一にして来た民族であるにもかかわらず、かなり価値観を異にしている。ヨーロッパで同様な価値観アンケートを実施したなら、欧州諸国間でこのような意見の違いは見出せるのだろうか。

 さらに、設問によって考え方の近い国民の組み合わせはかわるので、一意的なグループ化も難しいという点にも留意が必要であろう。

 なお、アジア的価値観とされるものには「父親の権威」以外にも家族関係についての特定の価値観があるが、これらについては、図録2424(妻は夫の親族を優先すべきか)、図録2453(夫は妻より年上であるべきか)を参照されたい。

アジア的価値観についての設問の原文
省略形 調査票の原文(日本語)
父親の権威を尊重 どのような状況においても、父親の権威は尊重されるべきだ。
多数派意見には従うのが無難 自分の意見と違っても、多数派の人々の意見には従う方が無難である。
人間関係のため不満は口にしない よい関係を保つためには、不満があっても口に出さない方がよい。
雇うときは親族・友人を優先 人を雇うとしたら、初対面の候補者の方が適任そうに見えても、親族や友人の候補者がいれば、そちらを採用するほうがよい。
同郷人の活躍は誇らしい 同郷の人が社会で活躍すると、自分も誇らしい気持ちになる。
意見が合わなくても上司には従う 上司と意見が合わなくても、部下は上司の指示に従うべきだ。
有能なリーダーにすべて任せる 有能なリーダーには、すべての決定を委ねた方がよい。
人生は平凡より可能性追求 平凡で安定した人生よりも、不安定だが可能性に満ちた人生の方が好ましい。
余分なお金はリスクがあっても投資 余分なお金があれば、私は危険性が高くても見返りの多いものに投資をするだろう。


(2011年5月6日収録)


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