韓国における地域間対立について、百済、新羅、高句麗の時代からの経緯を含めて歴史的なものとして強調する見方がある。他方、少なくとも現代の地方対立については、軍事政権がインドの分断統治に倣って意図的に作りだしたものであるという見方がある(現在スカパーのKNTVで放映中の「第5共和国」でもこの観点からドラマがつくられているようだ)。すなわち、図録8870に掲げたように韓国では多数の犠牲者を伴う政治的な事件が多く起こっているが、地域対立は、その原因でなく結果だという見方である。

 ここでは、地域別の政党傾斜を1988年と2004年の国会議員選挙の結果で示した(文京洙「韓国現代史 」岩波新書、2005年による)。前者は当選者数構成であり、後者は得票率なので厳密には比較できないが、大体の傾向は見てとることができよう。

 1988年の結果をみると、全羅道、光州市では圧倒的に平民党、忠清南道では圧倒的に共和党など地域的傾斜が顕著である。他方、ソウルは全羅道など諸地域の出身者が流れ込んでいるためもあって、政党構成は他地域と異なり、多様である。

 2004年では、政党の変遷(下図参照)を反映して、こうした地域的な傾斜の傾向は残っている。しかし、ウリ党や左翼の民労党など、全国各地域でまんべんなく票を集める政党も出現して、かつてほど地域性は強くはなくなっていることが図からうかがわれる。また、ソウルは、かつてと異なり、全国とほぼ同等の政党構成となるに至っている。


 なお、北朝鮮においても、韓国の東海岸慶尚道と西海岸全羅道との対立のような東西の地域感情対立があると元朝鮮労働党幹部の呉小元が東京新聞に書いている(平壌ウオッチ2011.3.9)。北朝鮮の東部咸鏡道と西部平安道とでは食文化の違いなどによる婚姻の忌避傾向に加え、朝鮮王朝時代に前者が流刑地とされ、中央政府に近い西側地域に対する反感が強かったことから、もともと、東西で地域感情の対立があった。北朝鮮建国後も、解放前から共産主義運動に身を投じていた咸鏡南道のオキソプとソ連を後ろ盾とする平安道出身の金日成という両指導者の間の主導権争いがあり、その後も抗日闘争の舞台であった旧満州に近い咸鏡道出身者が幹部として重用されていたことへ絶対権力者金日成が反撥するという歴史があった。現代の脱北者の間でも相互への批判は過激だという。呉によれば、韓国の学者の中には「朝鮮半島が東西に分断されていたら、今のように統一を熱望する人は、かなり減るんじゃないか」と分析する者もいる。

(2006年3月18日収録、2011年3月9日北朝鮮東西対立コメント追加)


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