1.世相を反映した職業別就業者の動向 大分類でも小分類でもなく中分類で就業者数の増加率の高い職業を上位5位並べてみると国勢調査の各5年ごとに時代を反映した動きとなっていることがうかがえる。
(1)産業構造の高度化と爛熟(1950〜1990年代) 1)モノづくりとそのサポート体制整備の時期(1955年〜70年)
わが国の高度経済成長期に当たるこの時期は、繊維関連に代わって、家電、自動車などの生産工程職が急増するとともに、工業デザインや技術関連の職業、そして事務職や管理職といったモノづくりを様々な面からサポートする人材を抱える企業組織の体制が整っていく時代であった。1965〜70年には一般管理職が最大の増加率を示していた。その後、ピラミッド型組織からフラット型組織への転換やリストラの実施で管理職が大きく削減されてきた状況を思うと時代の差が印象的である。またこの高度成長期の一部である1960年代前半はモータリゼーションが特に進み、ドライバーや自動車修理工が増えた時代であった。 2)余暇と専門職化の時代(1970年代) 1969年にGDP世界第2位に浮上したわが国は、オイルショックを挟む1970年代に、音楽家、個人教師といった生活を充実させるための専門職が事務の専門職である会計士等と並んで増加した。いわゆる余暇時代の到来を告げた動きである。この期を象徴する人物は大橋巨泉(2016年7月12日逝去)ではなかろうか。早稲田大学俳句研究会の一員として「浴衣着ていくさの記憶うするるか」と詠んだこのジャズ評論家、放送作家は、11PMなどのテレビ司会者として有名になり、「ボイン」、「はっぱふみふみ」といった流行語も作り出した。「戦後の復興期から高度成長期。懸命に働く日本人に背広や作業服から浴衣に着替えさせて「たまには遊びませんか」と健全にそそのかしてくれた方ではなかったか」と評される(東京新聞2016.7.10「筆洗」)。 この時期には「つくる」から「うる」へのシフトの結果、営業職が花形職業となり80年代へと続く長い拡大期に入っている。藤子不二雄A自身によれば大橋巨泉について「「笑ゥせぇるすまん」の喪黒福造のモデルは彼。あの体形と独特な顔ね。性格はまったく違うけど」(東京新聞2016.7.10)と言っている。この点からも大橋巨泉がこの期の象徴といえよう。 3)ハイテク化・IT化の時代(1980年代以降) 沈滞していたモノづくりは1980年代に入ってハイテク化とともに、再度、高度な形で大きく浮上した。1980年代前半には、技術者と科学研究者が職業別増加率の1位〜2位を占めるという大変なブームに突入した。電子工業、コンピュータ・オペレータ、そしてハイテクを利用した新システムとして宅配ネットワーク、通信ネットワークに対応した職業が拡大した(各分野の技術者数の動向については図録3597参照)。 4)バブルの残映(1990年代) 1990年代前半に「建物管理人」の増加率が21.2%と第2位に浮上した。これはバブル経済期の建築ラッシュの影響も大きいと見られたが、90年代後半も20.8%増で第5位と依然増加率が高い。この他、90年代後半に清掃人を中心に「その他の労務作業者」が5位に入っている。合わせて施設管理の職が増加しているといえる。 また、食料品製造作業者が90年代後半に13.8%増、第6位と次点につけている。90年代前半の9位からの上昇である。製造業のブルーカラーの中では唯一といって良い高い伸びである。中食(なかしょく、調理済食品)の急増が影響していると考えられる(図録2350参照)。 (2)ケアの時代の到来(1985〜2000年) ハイテクの時代と重なりながら、高齢化の進展の中で、福祉関連のケア関連職業の増加が目立つようになってきた。
ケア関係の職業は、1970年代にも、当時の呼称で看護婦、保母といった専門職として最初に拡大した。1985年以降の特徴は、専門職・技術職というより非専門職(サービス職と呼ばれる)の増加率の高さが目立っている点にある。これには供給面と需要面の2通りの背景が存在している。 供給面では女性パートタイマーの増加が背景として指摘できよう。特に子育て後の主婦の労働市場への登場は、非専門的なサービス職の拡大と整合的な現象である。 需要面では、高齢化とともに障害を抱えたまま生きていく必要が増大している点をあげることができる。病気に関しても「治る病気」より「治らない病気」が増えている。健常に戻れなくともそれが普通のこととして生きるライフスタイルを確立する必要が重要になっているのであり(ノーマライゼーション、QOLの重視)、それに対応するためには非専門的なサービス提供者(ボランティアを含めて)が多く望まれるに至ったのである。 1)施設福祉の拡大(1985〜1995年) 1980年代後半、及び1990年代の前半は「その他のサービス職業」の拡大が第1位となった。この中分類の内訳では「他に分類されないサービス職業」という小分類の拡大の寄与度が大きかった。産業分類とのクロスを調べるとこうした職業の勤める事業所は福祉施設や医療施設が多いことから、施設所属の介護関連職の拡大が進んでいたと解釈することが出来る。「その他」としてしかとらえられていなかったことに、この職業の非専門性、あるいは職業としての地位の未確立(社会としての認知の遅れ)がうかがえる。 2)在宅福祉へのシフト(1995〜2005年) 1995年から2005年にかけては、ホームヘルパー(家庭生活支援サービス職業)の拡大が1位に浮上した。これは、福祉の内容を施設福祉から在宅福祉へシフトさせようとする動きに対応している。新ゴールドプラン(94年12月策定)、ゴールドプラン21(2001年度から)と高齢者保健福祉計画が改定され、ホームヘルパーの目標数値も17万人から35万人へと拡大したのである。 (3)ケアの質的充実とネット時代の到来(2000年以降) 1)ケアの質的充実
2000〜2005年の動きを見ると、@高齢者介護に対応したホームヘルパーや施設介護職員の増加、A女性の社会進出に対応した保育士の増加、B医療のシステム化に対応した栄養士、薬剤師、看護師など保健医療職の増加が目立っている。 2005〜10年、10〜15年には、いずれも、社会福祉専門職の増加率がトップとなり、量的だけではなく質的な充実を目指すケアの潮流がうかがわれる。 2010年国調ではケア関係で2つの新たな職業中分類が設けられた。すなわち、ホームヘルパーと施設介護サービス職を合わせた「介護サービス職」と保健医療専門職を補助する「保健医療サービス職」である。2005〜2010年には、この2つの職業の増加率が第4位と第3位、2010〜15年には「介護サービス職」が第3位ととなっており、依然として、量的にも、高齢化に伴うサービス需要の拡大が大きいことがうかがわれる。 増えたとはいえ介護職の人数が65歳以上人口対比ではなお多いとは言えない点については図録2062参照。 2)金融バブルとその後のリストラ 2000〜05年の会計士・税理士・社労士等の増加は、ホリエモン、村上ファンドに象徴される金融バブル時代を象徴しているともいえる。2000年以降、ハイテク関連の技術職・研究職の増加が目立たなくなったが、代わって、2005年以降には、ハイテク・IT化が進んだ職場の末端作業を担う生産関連事務職やコンピューターオペレーターが、それぞれ、増加率第2位、5位の職業となった。これは、インターネット取引が増えているなどの理由のほか、世界的に金融バブルが崩壊したリーマンショック(2008年9月)後の不況を受け、企業等がリストラに取り組み、オフィスや生産現場のIT化・自動化・ロボット化と職員の非正規化を進めたためだと考えられよう。 3)ネット社会の本格化(2010年以降) 2010〜15年には新たに「営業・販売事務従事者」が増加率第2位となり、2015〜20年にはついに首位に躍り出ている。これは、営業職をはじめ販売関係職業従事者の多くの分類で減少が目立っているのと対応しており、合わせてネット時代の本格化を示していると考えられる。 1995年から2005年にかけてパソコンや携帯電話が一般家庭にまで普及したが、その後、パソコンのタブレット化や携帯電話のスマホ化が進み、ネット利用があらゆる側面にひろがりつつある。こうした流れに対応して、SNSなどネットを通じたコミュニケーション、あるいはインターネット通販などネットを通じた流通取引が、既存のコミュニケーションや流通に代わって大勢を占めつつある。このため、全国チェーン店化などの流通合理化でただでさえ減少傾向にあった営業職(営業マン、セールスマン)が、アマゾンや楽天などネットを利用した流通経路短縮化により、さらに仕事の領分を侵され、これに代わって、「事務的に」営業・販売活動を行う事務職が急増しているのだと考えられるのである(職種別の労働力不足動向からも同じことがうかがえる−図録3150参照)。 営業職の就業者数の長期推移については図録3520に示したので参照されたい。 2.職業構造変化のインプリケーション ・多様なビジネスモデルの必要性
ネット社会の発達と平行して生活ニーズへ対応するサービスがますます重要となる中で生じているこうした職業構造の変化を受け止めるには、組織の形も、大企業をピラミッドの頂点としたビジネス・モデルからマイクロビジネスやNPOなど多様な就業形態を組み合わせることのできる柔軟なビジネス・モデルによってのみ可能であろう。 ・教育投資の高度成長の終焉 日本の経済社会の発展は常に高度な職業構造をもたらしてきた。しかし、1990年代に入って、上述のように非専門職系サービス職が伸びるとともに、専門職の伸びが緩やかとなり、また、管理職・総合事務職が伸びなくなった。このため高学歴化に代表される高いレベルの教育投資は深刻な過剰傾向に向かいつつある。例えば、大卒以上の失業率は、一般の上昇傾向にも関わらず1990年までは低いレベルに止まっていたが、2000年にかけて、高卒以下と同様の上昇を見るようになった(図録3900参照)。 ・多様化・グローバル化・リストラ・ネット社会化・ポスト大震災の下での職業意識 より高度な職業を求めても、そういう職場がない中で、フリーター・ニートが増加し(図録3450参照)、またリストラの進行の中で非正規雇用者が増えている(図録3240、3250参照)。上海など海外に職を求める若者も増加している。ケア職業は、需要があるから供給するというのとは少し異なる精神が必要である(ボランティア的な出前型職業の側面)。 2002年の9月に放映された「北の国から」の最終回では純のセリフで人生の目標を「成長」というより「ケア」におこうとする新しい時代環境を示していたと思われる。 さらに2011年3月には東日本大震災と福島第一原発事故がおこり日本人の精神に多大な影響をもたらしている。専門家に任せることによって技術の一層の高度化や経済の発展を求めるより、生活水準は下がっても、素人でも分かる技術、誰にでも参加できるシステムにもとづく安心できる社会が求められているといえよう。 社会構想の抜本的な変革が求められている。 3.補遺 この図録を引用した「[眼光紙背]「心のケアの時代」到来?」というコラムが日経産業新聞2006年7月7日に掲載された。簡潔にこの図録を要約してもらっているが、記事とは異なり、国調の抽出速報集計結果が出たから早速分析したのではなく、以前からの分析を更新しただけである。また、速報の1%抽出結果では5位であった宗教家がランク外となったため「この他、心のケアの一環と言うべきか、宗教家の増加率が第5位に登場している」を削除するなどコメントを変更した。ところが2010年国調の速報では再度宗教家が大きく増加した。心のケアの時代の到来を取り下げる必要はなかったといえよう。
ところがもう一度予想は裏切られた。すなわち2010年国調の集計速報(1%抽出)では宗教家の増加率が第4位となっていたのだが、詳細集計(10%抽出)ではむしろ減少という結果となったのだ(図録3971参照)。 速報結果に依拠して、1.(3)1)では次のようにコメントしていたが、削除した。記録だけ残しておく。「2005年以降になると宗教家の増加が目立つようになり、心のケアも重視されるようになって来たのではないかと思われる。増加率第5位の保健医療サービス職は2010年国調で新設された職業分類で、内容として看護助手、はり・灸助手、歯科助手、動物看護師・助手が例示されているが、ペット関連の動物病院従業者、リラクゼーション・サロン従事者などを含めて心のケアに近い職種が多く含まれていると思われる。」 そして2015年の1%抽出速報で、再度、宗教家が5位以内にエントリーした。まさに「三度目の正直」である。今度は「心のケア」の時代の到来と考えてもまちがいないだろう。オウム真理教の影響はやっと薄まったのであろう(図録3971参照)。と思っていたら、宗教家は速報の140,400人から抽出詳細集計の115,840人へと再度大幅下方修正が行われ、増加率も23.8%(4位)から2.2%(18位)と大幅ダウン。心のケアの事例という仮説はまたまた崩れた。 なお、2020年国勢調査から1%抽出速報はなくなり、抽出詳細集計(10%抽出)のみとなったので、こうした心配はいらなくなった。20年国調の宗教家の対前期増減率は-13.3%と大きくマイナスとなった。 (バックデータ) 国勢調査毎5年の増加率上位職業
(注2)「営業・販売事務従事者」も注1と同じように2010年国調で一般事務員から独立・新設されたものであるが、2015年の対前期増減率については注1のような問題はない。 (資料)国勢調査(各職業分類は各期間の末尾年国勢調査の分類である) (2004年6月24日データ更新・コメント改訂:国勢調査詳細集計結果の公表に伴い、1%抽出集計速報と異なり、職業中分類別就業者の増加率第5位が「福祉専門職」でなく「建物管理人」であることが判明。2005年4月11日データ改訂:国勢調査最終報告書で職業分類組み替え済み集計公表、「経営専門職業従事者」が2位から5位以下に変更。バックデータも掲載。2006年7月2日更新、2010年3月4日2005年結果を1%抽出結果から詳細抽出結果へ、2011年6月29〜30日更新、2013年10月30日国調抽出詳細集計結果による補正、2016年6月30日2015年国調1%抽出結果、7月18日図表補訂、7月19日注1最初の文の後の一部削除、7月21日コメント補訂、12月15日国調抽出詳細集計結果による補正、2022年12月28日更新)
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