ここでは、日本人の好きな料理についてランキングをかかげ、また前回1983年調査の結果と比較した。資料はNHK放送文化研究所世論調査部「日本人の好きなもの」(2008年)である。日本人の好きな調味料・香辛料については図録0332a参照。紀文の調査であるが、日本人の好きな鍋料理については図録0358参照。 好きな料理トップは「すし」である。日本人の73%が「好き」と回答している。前回調査以降、回転寿司や持帰り寿司・宅配寿司のチェーン店が発達し、すしの内容も高級品から身近なイメージに変わっていると考えられるが第1位である点は変わらない。 第2位は「刺身」、第5位は「焼き魚」とやはり魚料理であり、肉料理は第6位の「焼き肉・鉄板焼き」ではじめて顔を出す。好きな料理としては魚料理が肉料理を凌駕していると言えよう。しかも「焼き魚」が回答率、順位ともに前回より上昇し、「焼き肉」と順位が逆転した。また「焼き肉」と並ぶ肉料理の代表「すき焼き」は回答率、順位ともに前回より低下した。こうした点から、魚料理の方が肉料理よりステータスを上昇させているようである(また図には掲げていないが、前回17位であった「ビフテキ」が今回20位以下へと脱落しているのも同じ傾向を示している)。やはり、健康ブームの影響と見ることができよう。実際の消費は魚の相対的な価格上昇(図録0410)もあって、肉が伸び魚が低迷している(図録0280)ので、意識や嗜好とギャップがあるといえる。 第3位は「ラーメン」であり、前回から回答率、順位ともに上昇している。バブル崩壊後、高級料亭やフランス料理店は低迷する一方で割安な高級料理として、行列が出来るラーメン店ブームが続き、また旭川、札幌、喜多方、和歌山、博多など地方の名物ラーメンも盛況をみており、結果としてラーメン店でのラーメン料理の質の上昇が図られたことが寄与していると思われる。なお、つけめんが1955年に登場し2000年に埼玉県川越市の「頑者(がんじゃ)」が大ブームを作り全国に定着していったが、スープの中に麺が入っている訳ではないつけめんは果たしてラーメンかという“つけめん論争”が長年繰り広げられてきた。横浜市港北区の新横浜ラーメン博物館はつけめんは「単なるブームではなく、ラーメンの一ジャンルを確立した」と結論づけたという(読売新聞2010年6月2日)。 第7位の「カレーライス」も回答率、順位とも上昇しているが、カレー好きの子供(図録0330、図録0328参照)の成長、カレー・ルウ、レトルト・カレーの発達やスパイス流通の普及、また各地でインド人経営の本格インド料理が手軽に利用できるようになった点などによるものと考えられる。カレー好きの地域が縄文文化と関わりがありそうな点は図録7745参照。日本人のカレー好きの実態については図録0416参照。 ラーメンやカレーは日本においてダシ(出汁)の食文化を取り入れた料理として発展をとげていることからこうした躍進がみられるという説もある(伏木亨「おいしさを科学する」ちくまプリマー新書、2006年)。ダシは日本で特別な発達を遂げた食文化の中心アイテムである(図録0214、図録0216参照)。江戸で生まれた蕎麦屋が蕎麦屋に付き物のカツオだしを使い、明治末から大正にかけて、海外から渡来した食べ物を日本化してカレー南蛮うどん・そばやカツ丼を作り出した(図録0417参照)。ラーメンは一時期背脂などを使った脂のおいしさを強調していたが、最近は、和風だしを意識したものが増えてきた。カレーもスパイスの香りに加えてダシの旨みが目立ってきているように思える。 ラーメンは中華麺ともいい、中国伝来の食品であったが、いまや中国のラーメンを味的に凌駕していると中国人も認めている。日本で評論家として活躍中である上海出身の張競はこう言っている。「1994年8月、共同研究の一環として上海に調査に行った。(中略)上海ではわずか9日間の滞在だが、途中からなぜか無性に日本料理が食べたくなった。といっても刺身でも懐石料理でもなく、ただのラーメンである。(中略)現地で本場のラーメンをいろいろ食べてみたが、日本より美味しいのは一軒もなかった。日本の中華ラーメンは中国のラーメンを確実に追い越した。上海では日本風ラーメンは日本料理屋でしか食べられない。しかも、「ラーメンセット」の名は会席料理と横並びにメニューにのっている。ラーメンのつゆを一口飲んで、もはや涙が出そうになった。あの懐かしい、かつおぶしだしの味のため、ではない。日本円にして一杯1200円もする値段のゆえである」(「日本風中華ラーメン」(「中国人の胃袋-日中食文化考 」バジリコ、2007年))。実際、いまでは、ラーメンは中国、香港、台湾などで人気のある日本料理の一つとなっている(図録0209コラム参照)。 前回は第4位〜6位と日本人が大変好む料理であった「漬物」「うどん」「天ぷら」などは、この間、料理としての質や販売法等に大きな変化はなく、食生活の変化の中で順位を上昇させてきた料理に押されて、回答率、順位を下げた格好になっている。上記のNHK放送文化研究所世論調査部「日本人の好きなもの」によれば、これらの料理は前回調査の段階で高齢者に特に好まれていた料理であり、そのため、その後の世代交代の中で地位を低下させたと理解されている。 男女別の結果を見ると、すしを除いて定番料理の刺身、ラーメン、焼き肉・鉄板焼き、カレーライスなどで男性の好きとする割合が女性を上回っている。逆に、サラダは女性の割合が高いのが目立っている。 この調査の報告書では残念ながら年齢別の結果が得られない。そこで、前年にやはりNHKによって実施された「日本人の食生活調査」から、自由回答結果の集計であるが、年齢別の順位を以下に示した。 若い層ほど、カレーライス、焼き肉・鉄板焼き、ラーメンを好む者が多く、高齢層ほど、焼き魚、煮魚を好む者が多くなることが分かる。焼き魚より煮魚の方がより高齢の者に好まれているという結果も印象的である。年齢差はかなり大きいといえよう。時代の嗜好変化と加齢にともなう嗜好変化(例えばやわらかいものが好き)のどちらの要因の方が大きいのかは不明であるが、両方の要因が働いていることは確かだろう。
(2007年1月16日収録、2010年6月2日つけめん記述追加、12月2日ダシ関連の記述追加、2011年4月7日男女別結果追加、4月18日張競引用追加、2016年4月16日カレー南蛮・カツ丼の事例紹介、2019年12月17日年齢別)
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