相対的貧困度の指標がOECDで算出されて日本は先進国の中でも貧困度の高い国だとされ、日本のマスコミや識者も取り上げた。社会実情データ図録でも取り上げようかと迷ったが見合わせていた。相対的貧困度は貧困度の実感とどう関係するか分からなかったからである。しかし、余りに多く取り上げられるので当図録でも掲載しないわけには行かなくなった(図録4654参照)。 貧困については古典的な定義がある。吉田兼好は14世紀に書かれた「徒然草」の中でこう言っている(123段)。 思ふべし、人の身に止むことを得ずして営む所、第一に食ふ物、第二に着る物、第三に居る所なり。病に冒されぬれば、その愁忍び難し。医療を忘るべからず。薬を加へて、四つの事、求め得ざるを貧しとす。この四つ、欠けざるを富めりとす。この四つの外を求め営むを奢りとす。四つの事倹約ならば、誰の人か足らずとせん。 衣食住と医療に困ることを貧困としているのであるが、これこそ貧困という実感に沿うものであろう。こうした貧しさの実感に沿うようなデータが見つかったので掲載する。これは、吉田兼好の挙げる4つのうち、3つについてのデータである。すなわち、お金がなくて、食べ物や医療サービスや衣服という生活必需品(サービス)が買えなかった経験を持つ者の比率である。 原資料は、PEW Global Attitudes Projectであり、これは、「世界的に行なわれている世論調査のプロジェクト。自らの生活状況から、現在の世界情勢に対する考え方まで、あらゆる分野にわたって調査を行なっている」(平成18年版経済財政白書)というもの。 ここで取り上げている国(原資料ではもっと多数)は、日本、米国、カナダ、英国、ドイツ、フランス、イタリア、スウェーデンという主要先進国にロシア、中国、韓国、インドネシア、メキシコを加えた13カ国である。 最近のデータを見ると日本は食料、医療、衣服を買えなかったものの比率が、それぞれ、2%、3%、3%となっており、いずれも対象国中最も低い数字となっている。このデータによれば、日本ほど貧困者の少ない国はないという判断になる。 米国は日本より1人当たりのGDPの水準が高い(図録4540参照)にも関わらず、食料で24%、医療で31%、衣服で27%もの人がお金がなくて買えなかった経験を過去1年間に有している。「豊かさの中の貧困」という表現がまさに当てはまる。米国では政府によって食料不足世帯の調査が毎年行われている(結果については図録8780参照)。 特に米国は、中国、インドネシアと並んで、食料、医療、衣服という必需品の中で医療サービスを買えなかった者の比率が食料と衣服に比べて高く、医療制度に問題があると言わざるをえない。米国人の平均寿命は先進国中では最低レベルであるが(図録1610参照)、それを別の面から裏付けるデータといって良い。米国では健康保険への加入者比率の低い地域ほど平均寿命が短いというデータがあるが、これもこの点と関連している(図録1700参照)。 インドネシア、メキシコは途上国の代表的な結果を示していると考えられる。生活必需品を買えなかった者がインドネシアの場合3〜4割、メキシコの場合5割以上に達している。 そんなに生活困窮者が多かったのかということで驚くのはロシアである。貧しさ故、食料を買えなかった人が2013年には23%と少なくなったが、2002年には50%、2007年には33%もいた(下表参照)というのは何という状況だったのだろうか。ロシアでは平均寿命が縮まり、近年では男の平均寿命が60歳を切っていた(図録8985参照)。さぞかし大変な社会になっていたのだろうと推測していたが、こういうデータを見せられると想像以上の状況であったことが多少なりともうかがえる。ロシア人の心境としては、欧米先進国が環境問題や人権問題などでロシアを非難するのを聞くときれいごとを言っていると反発したくなっていたのではと推測される。 アイザック・ドイッチャーの名著「スターリン―政治的伝記」によると、共産主義世界革命を目指し後進国にも関わらず大変な苦労をして革命を成功させたロシア人が革命先進国のドイツなどヨーロッパの労働者がいつまでも助けに来てくれないのに業を煮やして心情的にナショナリズムに転換し、それに乗じるかたちでスターリンが反対派を押さえて一国社会主義の方向へ突き進んだとある。共産主義を資本主義に、ドイツを米国に置き換えて考えると、プーチン・ロシアも似たような状況にあったと捉えることが可能である。現在は資源価格の上昇からロシアの経済は改善しており、貧窮者の減少にもこれがあらわれているが、資源依存ということから、何時、もとに戻るか分からない。日本に天然ガスを安定輸出したというロシアの強い希望はこうしたところに根源があると思われる。 調査対象国が多かった年次について、図録4653dで、国が豊かになると貧困は減ずるのかどうかを調べるため国の所得水準との相関図を描いたので参照されたい。 2002年〜2013年の推移グラフは上に掲げた。そのうち3年次のデータ表を以下に掲げる。ロシアが2002年の最悪の状況からかなり改善された点が目立っている。中国、インドネシアも経済発展の成果であろうが、改善の方向にある。韓国は、2002〜07年には改善したのであるが、2013年にかけて再度かなり悪化している。朝鮮戦争以後最大の国難といわれるIMF危機(1997年)以降の韓国における貧富の格差の拡大は半端ではないようだ。また米国、フランスも特に2007〜13年にかなり悪化している。リーマンショックや欧州債務危機の影響が見てとれる。日本の幸せな状況は相変わらずである。
(比較検証) 次にこの調査の信憑性を他調査との比較で確認しておこう。
@内閣府調査 対象国は限られるが高齢者の生活困窮度についての国際比較調査の結果を図録1305に掲げた。当図録とおおむね同様の結果となっている点は興味深い。 A社会保障・人口問題研究所
Pew Research Centerの日本調査は電話調査であり、サンプル数も700(2013年)と多くないので、日本における別の調査結果も上に示した。こちらは、個人ではなく世帯に聞いた結果である点や問いも段階別に聞いている点で異なっているがサンプル数は巨大である。Pew Research Centerの設問は「Q182a Have there been times during the last year when you did not have enough money a. to buy food your family needed?」なので、そういう経験が「何回もあったか」あるいは「何回かあったか」と聞いており、社会保障・人口問題研究所調査の「よくあった」あるいは「ときどきあった」に相当していると見なせるだろう。 この調査結果の詳細な分析は図録2955参照。 B厚生労働省調査 厚生労働省の国民健康・栄養調査では、2014年に、生活習慣調査票で、「過去1年間に経済的な理由で食物の購入を控えた又は購入できなかったことがあるか」を20歳以上の個人にきいている(n=7,630)。結果を見ると、「よくあった」、「ときどきあった」、「まれにあった」、「まったくなかった」の比率は、それぞれ、4.9%、14.1%、19.2%、61.8%であった。Aよりやや困窮度が高いが、質問文の違いによると考えられる。 この調査における困窮度と食品摂取量・栄養摂取量とのクロス集計結果については図録0227(貧乏人は何を食べているか)、図録0228(困窮層はどんな肉を食べ、どんな魚を食べているか)参照。 C世界価値観調査 2010年期の世界価値観調査では、はじめて、回答者及びその家族が過去1年間に「十分な食料・飲料がない」ことがあった頻度を聞いており、ピュー研究センターの調査と比較が可能である。1次回帰式は y = 1.2546x + 7.7798(R2 = 0.5599)である。ほぼパラレルな回答結果となっていることが分かる。ピュー研究センターの方が4分の1だけ大きい値となっているが、経験の頻度が「頻繁」、「時々」以外に「少しでもあった」が含まれているからであろう。こうした傾向とは逆に日本の結果が世界価値観調査より低いのは、ピュー研究センター調査の日本語設問文がたぶん何回もあったかというニュアンスで聞いているからであろう。世界価値観調査の日本結果は、「頻繁に」が1.9%、「時々」が3.0%、あわせて5.0%であった。ピュー研究センターの結果はほぼ「頻繁に」と一致しているのである。 (2007年6月20日収録、12月26日ドイッチャー関連コメント追加、2008年5月12日インド追加、2013年3月28日更新、インドを止め、スウェーデン、インドネシアを追加、2013年7月27日更新、社会保障・人口問題研究所調査結果追加、7月28日メキシコ追加、推移グラフ追加、8月20日コメント改訂、2014年5月19日世界価値観調査との比較、2016年2月23日徒然草引用、2018年8月10日社会保障・人口問題研究所「生活と支え合いに関する調査」、2019年2月5日国民健康・栄養調査を参照、2023年社会保障・人口問題研究所調査更新)
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