困窮層はどんな肉に食べ、どんな魚を食べているかを厚生労働省「国民健康・栄養調査」によって図録0228で明らかにしたが、ここでは同じ調査の結果から肉や魚に限らず全般的に困窮層(貧乏人)は何を食べているか(および何を食べていないか)にふれよう。

 「貧乏人は麦を食え」という言葉が有名であるが、これは後に首相となる池田勇人蔵相の1950年の国会答弁だとされる。これは、米の配給制による統制経済から脱し、価格差に応じ「所得の少い人は麦を多く食う、所得の多い人は米を食うというような、経済の原則に副つたほうへ持つて行きたい」という趣旨の発言だったのが、池田蔵相の日頃の尊大な態度に不快感を抱いていた野党、マスコミによってそう伝えられたものである。

 それでは、現代では、いったい貧乏人は何を食べているのであろうか。この点に関する統計データはありそうでなかなか得られない。厚生労働省の国民健康・栄養調査は、旧来の国民栄養調査の時代から、食事内容の調査によって食品の摂取量を調べ、その結果から栄養摂取の状況を算出している。しかし、所得階層別の結果は、たまに栄養状態への影響に着目して、野菜、果物、魚、肉の摂取量の違いが集計されるのみであり、網羅的な集計や個別品目別の集計は得られない。

 統計上、貧困をどうとらえるかは、簡単なようで難しい。すぐに考えつくのは所得の大きさによる区分であるが、家族の人数、世帯主の年齢などによって同じ所得レベルでも生活に困っているかどうかが違ってくるので単純にはいかない。国民健康・栄養調査の所得階層別の分析は、このため、年齢や家族人数の調整を行った後のデータを示しているが、今度は、それぞれの所得階層がどんな人たちなのかが分かりにくくなっている。むしろ、貧困をとらえる的確な区分は調査対象者に生活に困っているかをきいた結果を使う方法である。その場合、生活に困っているかをそのままきいてもよいが、もう少し具体的に、食料、衣服、医療費に分けて、それらの生活必需品に困っているかどうかを聞く方法が国際的に一般的になっている(そうした国際調査の例は図録4653参照)。

 こうした点を考慮したのか、2014年には、生活習慣調査票で食料を経済的な理由で購入が難しいことがあったかという問を設け、これと食べた料理を記録する栄養摂取状況調査の結果とをクロスさせた集計を行っている。所得階層別の集計ではないが、食料に困るかどうかと言う直接的な貧困現象でクロスしているので、実感的には分かりやすい集計になっている。この集計結果から、貧乏人は何を食べているかを図録化した。

 まず、摂取カロリーと動物性たんぱく質について、食料に困ることがあったかどうかの設問とのクロス集計をグラフにしたので見て欲しい。


 これを見ると食料に困ったことが「よくあった」から「まったくなかった」への4段階で、摂取カロリーはそれほど変わらないが、動物性たんぱく質の摂取量は1割以上違ってくることが分かる。

 ただし、摂取カロリーの折れ線を見れば分かる通り、「よくあった」と「ときどきあった」では全体の回帰傾向線とは逆転している。これには、実態がそうである側面とサンプル数がそう多くないので標本誤差があってそうなっている側面とがあろう。後者の誤差を少しでも避けるためには、回帰直線上の理論値で「よくあった」と「まったくなかった」と比較すればよいだろう。

 冒頭の図録の第1図は、栄養摂取量の計算の元になった食品摂取量について、同様の計算方法で、食料困窮者が何を多く食べ、何を余り食べていないかをあらわしたものである。その下の図録は、栄養素ごとに、食料困窮者にどんな栄養が足りないかを示したものである。

 大きな食品群ごとには、穀類が107と7%ほど多くなっているのに対して、野菜、魚介類、肉類は、それぞれ、91、86、91と1割ほど少なくなっている。特に、最近は肉類より価格の高い魚介類では14%も少なくなっている(図録0410参照)。その結果、摂取カロリーではそれほど差がないのに動物性たんぱく質ではかなり少なくなっているのだと理解できよう。

 さらに具体的な品目ごとに見ると困窮層の食生活の実態がうかがわれる。

 穀類の中では、「パン」や「そば」は少なくなっているが「米」や麺類は、むしろ、多くなっている。特に「即席ラーメン」や「パスタ」の多さが目立っている。これはカロリー単価の安いものの消費が多くなっているからだと理解できる(図録0219参照)。米と麦を対比させて「貧乏人は麦を食え」というような状況にはないことが分かる。

 野菜は全体的には摂取量が少ないが、「大根」と「たまねぎ」はむしろ多くなっている。

 魚介類でも、全体的には摂取量が少ないが、いわゆる大衆魚である「あじ・いわし」や「さけ・ます」は、むしろ、2〜3割摂取量が多くなっている。また「水産缶詰」や「魚肉ソーセージ」では1.5〜2倍と困窮層の消費が非常に多いことが目立っている。逆に値段の高い「貝類」では消費が半分近くまで落ち込んでしまう。高級魚をあきらめ、安価な魚介類製品で何とか栄養を摂取しようとしている姿が目に浮かぶ。

 肉類でも全体的に摂取量が少ないが、豚肉だけは例外となっている。豚肉は貧乏人の味方である。油脂ではバターは少なくマーガリンが多い。調味料ではソースは少ないがマヨネーズ、味噌は多い。

 魚介類と肉類については、図録0228に、品目別摂取量を食料に困っている程度の4区分別に掲げているので参照されたい。

 嗜好飲料では全体的には91と1割ほど少ないが、「ビール」や「洋酒」はむしろ多くなっている。嗜好品を全部あきらめるということにはならないのである。

 図録第2図で、こうした食品摂取の結果、栄養摂取の状況がどうなっているかを見てみよう。

 炭水化物は100.5と唯一プラスであり、カロリーは99とほとんど変わらないが、その他の栄養素全般では、困窮層は摂取量が少なくなっているのが目立っている。特にビタミンAが83、ビタミンCが85と少ないのが問題かもしれない。やはり、困窮層は食品摂取の偏りから栄養のバランスが取れていないと言わざるをえないであろう。こうした困窮層の平均レベル自体が医学上の問題が生じる程度なのかは専門家にききたいところである(注)

(注)困窮者と言っても食事内容を記録する調査に応じられた困窮者のデータであり、実際にはもっと極端な結果である可能性があることも頭においておいた方が良いだろう。

 こうした貧富による食の違いの背景となっている困窮度別の食品選択重視点については、図録0323を参照。

(2019年4月24日収録、2019年7月2日コメントに所得階層別の問題点について追加)


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