また、全国各地に地元名物の寿司が存在している。参考までにその一覧表を以下に掲げた。
そこで、日本の中でも、どの地域で「すし」が多く食べられているかを図録にした。元データとした家計調査では、すし(外食)とすし(弁当)の2項目の家計支出額(消費額)が計上されているので、両者の都道府県所在都市別の集計をグラフにした。寿司の都市別の消費額(特に外食)については他の食品より毎年の変動が激しい。これは回転寿司チェーンの地域展開の影響などによるものだと思われる(ページ後段の表参照)。 すし消費の地域性を理解するには、すしの歴史を簡単に振り返っておく必要がある。として以前は、ここにすしの歴史を記述していたのであるが、その部分は図録0354「すし(寿司、鮨)の歴史」として独立化させたので、そちらを参照されたい。 それによると、すしの歴史は、米の乳酸発酵を利用した魚の保存食であるナレズシから飯を食べるナマナレへの発展が「すしの第一革命」、箱すし、押しずしに代表される、酢の使用による早ズシの登場が「すしの第二革命」、そして、こうして各地に根づいたスシ文化の中へ握りずしが全国展開したのが「すしの第三革命」と呼ばれている(日比野光敏「すしの歴史を訪ねる 」1999年による)。 こうしたすしの歴史を踏まえると現在のすしの地域分布がよく理解できる。「すし外食」は、回転寿司をふくむ握りずしの消費が中心であるため、「すしの第三革命」で全国展開したとはいえ、握りずしが開発された関東以東でなお消費量が多い。明らかに東高西低の傾向が見て取れる。第1位都市は、関西文化圏に属する金沢であるが、これは石川県民がそもそも魚が好きであり(図録7239)、金沢では高い消費水準を背景に日本料理店が発達しているからだと考えられる(図録7805)。 一方、持ち帰り寿司を含む「すし(弁当)」の方はというと、京阪神が最も多く、以東、以西に離れるにつれて、山のすそ野のように消費額が少なくなる傾向が明らかである。箱すし(押しずし)の文化中心が京阪神地方にあったことがすし弁当の消費パターンに大きく影響しているといえよう。 この点をさらに分かりやすく理解するため、以下に、すしの外食と弁当の消費額の散布図を作成した。これを見れば、すし(外食)がすし(弁当)に対して相対的に多い都市が関東以東と札幌、仙台といった転勤族が多い地方拠点都市に多く、逆に、すし(弁当)がすし(外食)に対して相対的に多い都市が、関西の諸都市に多いことが分かる。前者は「握りずし文化圏」、後者は「箱ずし文化圏」と呼ぶこともできよう。扇の要の位置にあるのが金沢市であり、両者の性格をあわせもっている点に特徴が求められる。
上には、3カ年平均の上位消費都市がどう移り変わってきたかを示す表を掲げた。順位の変動がかなり激しいことが分かる。すし(外食)の方で5期連続10位以内は1市(金沢市)だけであり、すし(弁当)の方で5期連続10位以内は2市(高知市、金沢市)だけとなっている。回転寿司チェーンやすし弁当チェーンの地域展開の影響があるのであろうが、その他、偶然や地域的ブームなども関係しているのであろう。
寿司好きは、しばしば、新聞等が話題として記事にするが、かつては山梨(甲府)が取り上げられ、最近は岐阜が取り上げられた(コラム参照)。いずれも内陸部である点、また突如1位にのし上がる点で共通性が感じられる。 こうした内陸部の県民のすし好きは、魚を海側から運べる限界点をあらわす魚尻線から理解することができる点については図録7405参照。
(2012年6月18・19日収録、6月25日コメント改訂、2015年1月5日寿司好き都市の変遷の表、及びコラム2追加、9月3日コラム3追加、2018年6月3日石毛引用、2021年2月22日チェンマイでも魚醤が親しまれているエピソード、2022年10月30日更新、2023年4月2日地元名物寿司一覧表、5月8日篠田統(1975)「大陸のすし」、2023年9月20日すしの歴史記述の部分を図録0354「すし(寿司、鮨)の歴史」として独立化)
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