少しデータは古いがアジア7か国の国民の好きな食べものについての調査結果が興味深いので図録にした。 トップの回答率の食べものを見ると各国とも異なっており(共通は中国と台湾の北京ダックのみ)、それぞれの国が自国特有の食べものにこだわっている様子が明かである。 ただ、トップ回答の食べものの回答率のレベルにはかなりの差がある。 最もトップ回答率の高いのは、日本の寿司の86.5%であり、これにベトナムのフォー、80.5%が続いている。国民の8割以上が好きだと言っているわけであるので、国民食的な性格が濃厚である。 他方、トップであったもそれほど回答率自体は高くないケースとしては、中国、台湾の北京ダックが50%程度である。中国では2位の飲茶(点心)、台湾では2位の寿司との差は余り大きくない。これは選択肢として選ばれた北京ダックが中国料理の代表としては少し弱いせいがあろう。北京ダックと棒棒鶏、マーボー豆腐、ピータン、フカヒレ、上海蟹などとの差は大きくない。そのためか、中国、台湾では「どれでもない」がそれぞれ、22.1%、13.6%とその他の国に比べ格段に多くなっている。 その他の国は、トップ食べものが60%台となっている。香港の飲茶(68.9%)、韓国のキムチ(67.3%)、シンガポールのカレー(63.6%)である。 香港における上位2品目、すなわち飲茶(点心)対寿司の値は、未婚では、52%対67%であるのに対して、既婚者では、76%対37%と大きく異なっている(下の方の図参照)。「年配の人や既婚者はより家族指向的であるため、点心を好むようである。中国の家庭では点心は公の集いのメイン料理である。若い世代や、教育水準が中間以上の人々のあいだでは寿司、ピザ、ハンバーガーを好む割合が増えている。これらの層は西洋の文化をより受け入れ、効率性に価値を置くためである」(シン・ミン「香港における生活の質」(猪口孝、ドー・チュル・シン編「東アジアのクオリティ・オブ・ライフ」東洋書林、2011年)、p.199〜200)。 カレーが1位あるいは2位になっているのは、日本とシンガポールであり、両国でのカレー人気がうかがわれる(日本カレー人気については図録0332、カレーの歴史については図録0417参照)。 シンガポールでは、マレーシアと同様にエステート労働者出身の南インド系住民が多く、南インド風カレー料理が自国料理の1つとして定着している(図録8130参照)。より具体的にこの調査結果についてふれた論述によれば「シンガポールでは主要な民族グループ(華人、マレー人、インド人、ユーラシア人、プラナカン〔中国系とマレー系が融合した家族〕ごとに固有の料理があるが、それぞれに多彩なカレー料理が存在しているために、カレーが人気料理としてあげられたことは驚くに値しない」といわれる(タンビャー・シオク・クアン他「シンガポールにおける生活の質」(猪口孝、ドー・チュル・シン編「東アジアのクオリティ・オブ・ライフ」東洋書林、2011年)、p.257)。 中国人の妻となった現地マレー系の女性はニョニャと呼ばれる(インドネシアのオランダ人のマレー系や中国系の現地妻もそう呼ばれる)。シンガポールのカレー料理としては、中華料理にココナッツミルクやレモングラス、発酵エビなどの現地食材を融合させたニョニャ料理のカレーチキン・カピタン、あるいは二人のインド人コックが考案したといわれる人気屋台食のフィッシュヘッドカレーなどがある(コリーン・テイラー・セン「カレーの歴史」原書房、原著2009年)。 シンガポール料理の成立事情については【コラム2】参照。シンガポール料理が世界一の屋台文化の中で伝承されている面がある点については図録8038参照。 自国料理へのこだわりについては、末尾【コラム1】参照。 2.アジア・ワイドにひろがる寿司人気
このように各国には特有の食べものがあるが、それが、アジア・ワイドに受け入れられているかというと食べものにより差がある。 その国以外では余り人気のない食べものの代表はフォーである。ベトナムでの人気とそれ以外の国での回答率の低さが対照的である。 アジア・ワイドの人気は、どれだけ多くの国で2位食べものとなっているかで測れる。こうした意味での人気度ナンバーワンは寿司である。韓国、香港、台湾の3か国で寿司が2位食品となっている。他の食べもので複数の国で2位となっているものはない。 また、寿司人気の急速な広がりは、同じ国の中の若者と高齢者の寿司好きの程度のちがいとしても見て取ることができる。下図には、香港人の性別・年齢別・婚姻別・所得別の好きな食べものを示したが、上にふれた理由で高齢層では点心人気が根強いのに対して、寿司やピザ、特に寿司が若い世代ほど好まれている様子が明らかである。20歳代では寿司が点心より好まれていさえするのである。なお、性別では寿司が特に女性に好まれているが、寿司が健康食品のイメージをもっているからだと思われる。所得別にはどの階層も首位は点心であるが割合は低所得の方が高い。寿司やピザの割合は低所得で低く、中高所得で高いが、中所得が最も高い割合になっており、普及度の広がりがうかがわれる。アジア一レストラン外食が好きな香港人の年齢別・所得別の外食パターンについては図録8038参照。 3.洋風化ナンバーワンのシンガポール
調査の選択肢の中には、ヨーロッパ起源の食べものが3つ含まれている。すなわち、ハンバーガー、ピザ、サンドイッチである。これらを好きだとする回答率の平均を全部の食べものの回答率の平均で割った値を洋風化指数として算出した結果が上図である。 1を越えていれば、自国料理を含めたアジアの食べものより、洋風食べものの方をより好んでいることとなる。図を見ると、シンガポールが1.38で最も洋風趣味となっており、日本、香港がこれに次いで、1以上となっている。シンガポールではカレーに続いてピザが2番人気となっている点にもこうした傾向があらわれている。逆に、最も洋風化から遠いのは、ベトナムの0.67であり、少し意外であるが、韓国が0.80でこれに次いでいる。西洋料理や東南アジア・南アジア料理よりも韓国料理のほか「日本料理や中華料理のほうが、韓国人の味覚に適している(中略)つまり、韓国人の味覚は、まだ東アジアの料理文化に狭く限定されているということである」(パク・チョンミン「韓国における生活の質」(猪口孝、ドー・チュル・シン編「東アジアのクオリティ・オブ・ライフ」東洋書林、2011年)、p133〜4)。 4.インスタント・ラーメン
日本で生まれたインスタント・ラーメンは、結構、アジア・ワイドで人気がある。日本でインスタント・ラーメンが好きと答えた者は25.8%と4分の1に過ぎないが、最も回答率が高いベトナムでは43.2%とフォーに次ぐ地位を占めている。また日本以上にインスタント・ラーメンが好きと言っている国には、ベトナムの他、シンガポール、台湾、中国と4か国にのぼっている。図録0445には、人口当たりのインスタント麺の消費量を示したので参照されたい。 5.周辺地域への食文化の影響
キムチは、韓国の他、日本や台湾で人気が高い。また、調査対象国に入っていないのでトップ食べものにはなっていないが、タイのトム・ヤン・クン(フランスのブイヤベース、中国のスーラータン(酸辣湯)とともに世界3大スープの1つとされることもある)は、シンガポール、ベトナムで人気が高い。やはり、隣接する地域には食文化が染み出す傾向があると考えられる。
(2011年10月24日収録、10月25日コラム追加、2012年3月13日図の日本と韓国の位置を入れ替え、2013年8月22日コラム2シンガポール料理追加、2014年7月22日「東アジアのクオリティ・オブ・ライフ」からの引用追加、同24日「香港人の好きな食べもの」図追加、2019年12月21日シンガポールのカレー料理、2021年9月11日同出だしNetflixからの引用)
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