ジニ係数は0〜1の値をとり、1に近いほど不平等な格差の大きい状況をあらわす。税や保険料を払う前の「当初所得」のジニ係数と、税や社会保険料を払い、年金や健康保険の給付を受けた後の「再分配後所得」のジニ係数を比較すると、どれだけ所得再配分によって格差が是正されているかが分かる。

 すでに、このような分析による日本の再分配の状況の推移については、図録4667でふれ、年齢別、地域別の再分配の状況については、図録46684669でふれた。

 ここでは、所得再配分の状況をOECD諸国間で比較したグラフを掲げた。原データはネット公開資料による。対象国は、38カ国、具体的には、再配分所得の格差の大きい順に、コロンビア、コスタリカ、チリ、メキシコ、トルコ、米国、リトアニア、ラトビア、イスラエル、韓国、イタリア、オーストラリア、日本、スペイン、ニュージーランド、ポルトガル、英国、ギリシャ、エストニア、スイス、カナダ、フランス、ドイツ、ポーランド、ルクセンブルク、アイルランド、スウェーデン、オーストリア、ハンガリー、オランダ、デンマーク、フィンランド、ベルギー、ノルウェー、アイスランド、チェコ、スロベニア、スロバキアである。

 日本の当初所得のジニ係数、再配分所得のジニ係数、再配分による格差是正効果の順位は、それぞれ、対象38国中、18位、12位、20位である。

 比較的小さかった日本の再配分前のジニ係数は高齢化が進んだため一定程度大きくなっているが、格差是正効果はあまり高くなく、その結果、再配分後の格差を示すジニ係数は12位と先進国の中でも高い方になっている。

 最近は途上国に分類される国もOECDに加盟していてOECD比較は必ずしも先進国比較とは言い切れなくなっている。主要先進国のG7諸国の中で比較すると、日本の再配分後ジニ係数は米国、イタリアに次ぐ第3位となっており、英国、カナダ、フランス、ドイツを上回っている(図録4652参照)。イタリアとともに高齢化の進展で生じる当初所得の格差拡大をなかなか再配分で是正しきれない状況となっていると考えられる。

 ここでの新たな知見は、日本の場合、当初所得の格差は小さく(30位)、また、当初所得から再分配所得への格差是正効果が小さい(28位)という2点である。

 図録4668でも見たように、所得税や相続税の累進度を低め(所得税の最高税率70%→37%)、逆進性を持つ消費税への依存度を高めた結果、税による再配分効果は低まり、社会保険による再配分効果が大きくなっている。社会保険は、国民年金のような定額負担、あるいは健康保険料のような所得比例負担は、累進税制に比べれば、逆進性をもっている。このため、再分配による格差是正効果の最も高い北欧諸国に比べてばかりでなく、米国のような自力救済型国家と比べても、日本の再分配による格差是正効果は大きくないのだということができる。

 これまでのように当初所得の格差が小さいうちは、矛盾が大きくあらわれないかも知れないが、高齢化が進む一方で、グローバリゼーションの中で市場経済が果たす役割が大きくなり当初所得の格差が大きくなっていったとき、このような再分配状況では、格差社会の矛盾が大きく浮上する可能性があるといえる。実際には格差は拡大しているわけではないが、再配分効果をもつ社会保障制度の持続性に疑問が呈されている中で、こうした点の可能性が国民の間に格差拡大に対する恐れとそれへの是正を促す意識を高めているのだといえる(コラム参照)。

 日本の所得再配分状況とちょうど逆のパターンとなっているのはスウェーデンやデンマーク、そしてドイツである。これらの国は市場競争が激しいためか、当初所得ではかなり格差が大きいが、所得再配分の制度が充実していることから再分配所得での格差はスウェーデン、デンマークでは下位、ドイツでも日本より下位となっており、格差は大きく是正されている。

 所得是正効果の高低については、人口規模や高齢化比率、あるいは民族性が関係していると思われる。

 所得是正効果が高い国と低い国とを比較するとスウェーデン、デンマークといった人口規模の小さな国は所得是正効果が高く、米国や日本など人口規模の大きな国は所得税制効果が小さくなっている。

 どうして人口規模によってこうした差が生じるかといえば、人口小国は日本でいえば県レベルの自治体のようなものであるから、誰が誰に所得移転を行っているかも比較的分かりやすく、制度の再改訂も難しくないので、ともかくやってみようということで所得再配分にむすびつく種々の社会政策の決定が比較的容易であるのに対して、人口大国では、訳のわからないまま困っている人に所得を再配分するのはためらわれるということからそうした社会政策も容易でないのではないかと思われる。

 従って、大きな国レベルは、弾力的な社会保障制度やその他の社会政策の実施には向いていないことになる。日本でいえば、最低限、東京都や大阪府程度のレベルで実施するのが良いということになる。例えば、生活保護の不正受給などを国レベルでコントロールするのは容易ではないが、住民の顔が見える地方自治体レベルではこうしたことも容易になる。地方分権の強化や道州制の導入は、こうした所得再配分の観点から、再度検討し直す必要があると考えられる。

 次に、高齢化の影響を見るため、高齢化率との相関を示した図を以下に掲げる。高齢化率の高い国ほど一般的には格差是正効果が高くなっているといえよう。再配分の主な目的は社会保障であり、社会保障の出番が高齢化に伴って多くなることは確かであるから(図録2798相関図参照)、当然、格差是正効果も高齢化の高い国ほど大きくならざる得ないといえる。


 この一般傾向から上方あるいは下方に乖離していれば、所得再配分機能が強い、弱いと判定することができよう。

 日本は、韓国、台湾、香港、タイ、インドネシアといった儒教国を含む他のアジア諸国とともに、こうした傾向からは下方に乖離している。すなわち高齢化の割には格差是正効果が大きくない。すなわち、所得再配分、言い換えれば公助の機能が弱い。これは、いずれにせよ必要な所得再配分を、自助、共助、公助のうち公助を除く自助、共助に依存している割合が高いというアジア的性格によるものではなかろうか。関連して社会保障のアジア的特色については図録8034、タイの格差の背景にある自助思想については図録8120参照。

【コラム】格差是正の2つの道:当初分配か再分配か

 ピケティ・パリ経済学校教授の「21世紀の資本」が世界的ベストセラーとなり、日本語版が出版されたのをキッカケに2015年の年初には教授が来日し、講演会やテレビ出演など、あちこちでひっぱりだこだった。世界で格差が拡大しているので日本も例外ではないという論調が主流であるが、世界的に格差が拡大しているので、日本でそれほど格差が広がらない理由を突き止めて世界に広げようという論調にならないのが私には不満である。

 ピケティ教授の見解では、経済の発展が進むと、一時期広がる格差が再度縮小するというクズネッツの逆U字カーブ(図録4650参照)は、第二次世界大戦後の特殊な時期だけの現象が普遍的な法則のように見えただけで、実際は、資本所有者が富を独占していく傾向は止めがたい。それゆえ、格差の拡大によって社会秩序ばかりでなく経済成長すら阻害される状況を食い止めるためには、社会が持つ所得再分配の機能を強めるために富への課税を国際協力の下で抜け駆けを防ぎながら強化することが重要だとする。

 この考え方は、本文の図で、再分配所得のジニ係数が低い右方向に国を持っていくため、再分分配による是正効果を高めるという対策といえよう。しかし、当初所得のジニ係数を低めて右方向に持っていくという対策の方がより重要だとする考え方もあらわれているらしい。この点をスウェーデン経済に詳しいことで知られる宮本太郎教授(中央大)が次のように紹介している(「経済観測:「ピケティ・ブーム」に求められる視点」毎日新聞2015年2月7日)。

「日本がこれまで格差を相対的に抑えてきた仕組みは、再分配による福祉給付ではなかった、ということである。終身雇用や公共事業、業界保護などで、皆が仕事に就いて一定の所得を得ることができたことが、この国の安定を支えてきた。だがこうした仕組みは、成長を阻害する既得権益として、否定的に評価され解体されてきた。」本文の図に見られるとおり日本の当初所得の格差は相対的に小さい(34か国中下から5番目)。これは、解体されてきたとはいえ、雇用面などで日本的システムがなお残っているからであろう。経済が余り成長していないにもかかわらず日本の失業率が低く保たれているのも同じ理由だろう(図録3080)。

「米エール大のハッカー教授は、こうした仕組みを「当初分配」(プレ・ディストリビューション)と呼び、格差の拡大を防ぐ上では、むしろ再分配より重要と主張する。皆が働ける条件が確保されず、社会が二極分解しているなら、再分配への合意も生まれないと言う。

 もちろん、日本の旧来の仕組みでよいということではない。これからの当初分配は、男性稼ぎ主だけではなく老若男女が対象でなければならない。政治家による保護ではなく、地域で真に必要な公共事業や介護・医療での雇用などが確保される必要がある。こうした雇用機会を広げることを一定のコストがかかる「分配」ととらえるところが、当初分配論の特徴だ。地方創生とも直接に関わる提起である。」

 当初分配のシステムの解体を促進しながら、再配分の強化はしないとしたら、まさに格差拡大の懸念は現実となるだろうと予想される。

 ピケティ理論については図録4655コラム「ピケティ理論は日本経済に正しく適用されているか」も参照されたい。

(2007年2月14日収録、2012年12月10日コメント改訂、2014年3月14日原資料を橘木俊詔(2006)引用データからネット公開のデータベースに転換、高齢化率との相関図追加、2015年2月7日コラム追加、2023年7月15日更新)


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