世界各国の貧富の格差(所得格差、消費・支出格差)への関心は高い。また、近年は日本の所得格差が増大している点が関心を集めている。そこで所得水準をX軸(ヨコ軸)にしてY軸(タテ軸)に貧富の格差(不平等度)をとり、なるべく多くの国を比較した図録を作成した。

 貧富の差を資産格差からみた同様の図を図録4642に掲げたので参照されたい。

 なるべく多くの国とはいっても、人口規模の小さい国は人為的に格差をコントロールできる余地が大きいと考えられるので除外し、人口3千万人以上の比較的規模の大きな国だけを対象とした。対象国は、39カ国である(データが得られる総ての国バージョンは図録4651)。

 X軸は米国ドル(PPP購買力平価換算)表示の所得水準(人口1人当たりの所得)を対数軸であらわしており、右の国ほど経済発展が進んでいるととらえられる。

 Y軸は上位10%の富裕層の所得(消費)が下位10%の貧困層の何倍かという指標で貧富の格差をあらわしている。所得格差というと不平等度を比較的厳密に表現できるジニ係数が使用されることが多いが実感には訴えにくい。

 貧富の格差を所得で取ったり消費額で取ったりしていることからも分かるとおり、ここでの指標はかなり大雑把なものである。しかし、格差が3倍と3.5倍ではどちらが大きな格差とはいえないが、5倍と10倍ではやはり差があると認められる。また多くの国を観察すればデータのバラツキはある程度克服され全体状況が見えてくる。厳密なデータでなければ意味がないわけではない。

 貧富の格差は、ブラジル、コロンビア、アルゼンチン、メキシコといったラテンアメリカ諸国(及び南ア、ナイジェリア)が20〜60倍と大きいのが目立っている。ラテンアメリカ諸国の貧富の格差は、次に述べる中所得国ゆえの格差の大きさというより、旧スペイン植民地特有の大土地所有制(注)の影響の側面が大きいといえる。アジアの諸国の中ではラテンアメリカと同様の特性を有するフィリピンで貧富の格差が大きい。

(注)大土地所有制。ラテン・アメリカ諸国やフィリピンにおける極端な所得格差や貧困の大きな原因は、大土地所有制(ラティフンディオ)の存在によっている。この大土地所有制は、バナナ農園など大規模な輸出向け商品生産を行うプランテーション・タイプとスペイン・ポルトガルによるイベリア植民地時代に形成されたアシエンダと呼ばれる伝統的農園タイプに分けられる。アシエンダは地主の家父長的支配による小社会を形成し、農地は地主直営地と小作地に分かれていた。直営地ではガニャン、ペオンなど呼ばれた農業労働者が低賃金労働を行った。アシエンダはブラジルではファゼンダ、アルゼンチンではエスタンシアと呼ばれる。

 低所得国から中所得国へと経済発展が進むにつれていったん経済格差が拡大し、さらに高所得国まで達すると再度格差が低まるというクズネッツ(経済学者)の逆U字仮説がある。これは1国の経済発展について述べられる仮説だが、図中の低所得国から中所得国、そして高所得国の韓国までは、かなりおおまかには、そうしたカーブが存在すると考えられないでもない。

 社会主義市場経済を標榜する中国では、貧富の格差がかなり大きい。上の図ではそれほど目立っていないが、以前の資料(人間開発報告書2008)では21.6倍ともっと大きかった。中国に関しては、ケ小平の「先富論」、すなわち「先に豊かになったものが、遅れたものを助けてやれば、みんなが豊かになる社会が実現する」という考え方をとっているが、クズネッツ仮説を計画として表現したものともとれる。

 韓国から米国にかけての高所得国では、むしろ、所得水準の高い国ほど貧富の格差が大きいというようなレイアウトとなっている。橘木(1998)は、高度資本主義国では再度不平等化が進むという仮説を提示している。図からはむしろ高所得国では、国によって格差構造は多様化するともいえる。この図では日本が貧富の差の大きい国とはいえない。

 所得水準(あるいは経済発展度)と貧富の格差の関係については、世界各国のデータ整備が進められつつある成果に立った分析・研究が行われている。下には、戦前、戦後、1980年以降の3つの時期で両者の相関を分析した結果をOECDの報告書から引用した。貧富の格差はジニ係数で測られている。戦後にある程度明確になったクズネッツの逆U字カーブが最近は高所得経済でU字カーブに変化している様子が描かれている。

 高所得先進国の将来については、社会保障を含めて所得格差の問題を充分に議論する必要がある。日本の所得格差については多くの研究者が厳密な方法論で指標化を試みている。また先進国については、家計調査の内容・範囲が充実しており、厳密な指標で各国比較がなされている。日本の所得格差が徐々に大きくなりつつある点、あるいは先進国相互の時系列比較については図録4652、図録4660を参照されたい。

 現在のところ、途上国にせよ、高所得国にせよ、世界全体で所得水準の上昇とともに国内格差が拡大する傾向となっている。悲観的な将来予測では、こうしてますます貧富の差が広がっていき、社会不安も世界全体で深まっていくと考えている。一方、楽観的な将来予測では、途上国は現在の高所得国がそうであったように所得水準の上昇によりクズネッツの逆U字カーブをたどって格差が縮小し、高所得国も不平等による社会矛盾の顕在化や財政危機・社会保障負担拡大への対応の必要性から、これからは富裕層への課税強化、金融規制、社会保障受給者の資産調査開始などを通じ所得格差が是正される方向に向かい、合わせて、世界的に平等な社会に向かうと考えている(英エコノミスト編集部「2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する 」2012年、文芸春秋、第13章「貧富の格差は収斂していく」)。おそらく後者の方向をたどるものと思われる。


図録原データ
国名 1人当たり所得
(PPP US$ 2010)
所得格差
(上位10%
/下位10%)
所得格差
年次
アフガニスタン 909 5.7 2008
アルジェリア 6,966 9.4 1995
アルゼンチン 15,901 22.1 2010
バングラデシュ 1,585 6.8 2010
ブラジル 11,273 55.8 2009
カナダ 39,171 9.4 2000
中国 7,544 17.9 2005
コロンビア 9,593 51.1 2010
コンゴ民主共和国 329 15.1 2006
エジプト 6,417 6.7 2008
エチオピア 1,019 6.3 2005
フランス 33,910 9.1 1995
ドイツ 36,081 6.9 2000
インド 3,408 7.5 2005
インドネシア 4,347 7.8 2005
イラン 11,883 11.3 2005
イラク 3,548 6.7 2007
イタリア 29,480 11.7 2000
ケニア 1,676 19.4 2005
韓国 29,997 7.8 1998
メキシコ 14,406 21.4 2008
モロッコ 4,794 12.5 2007
ナイジェリア 2,437 21.8 2010
パキスタン 2,721 6.0 2008
フィリピン 3,920 13.0 2009
ポーランド 18,981 8.3 2009
ロシア 15,612 11.5 2009
南アフリカ 10,518 44.2 2009
スペイン 29,830 10.4 2000
スーダン 2,380 9.8 2009
タンザニア 1,417 10.5 2007
タイ 9,221 11.3 2009
トルコ 13,577 13.9 2008
ウガンダ 1,244 15.4 2009
ウクライナ 6,698 5.2 2009
英国 35,059 13.8 1999
米国 46,860 15.9 2000
ベトナム 3,143 8.9 2008
日本 33,885 8.4 2009
(資料)世銀WDI 2012.9.5(所得格差)、IMF, World Economic Outlook Database, September 2011(所得水準)

(2004年7月28日収録、8月30日PPP基準の所得水準に変更、2009年12月11日更新、2012年9月5日更新、12月5日将来予測追加、2015年8月17日OECD報告書の時期別相関図を引用、2023年9月28日大土地所有制の(注))


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