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 自殺者数が3万人レベルであることは知られているが、それでは、他殺による死亡者数は何人位なのであろうか。報道では親族殺人や見境のない殺人が多くなっている印象があるが、他殺による死亡は増加しているのであろうか。

 米国ではコロナ禍で銃犯罪が増えており、2022年2月3日にバイデン米大統領は「この国では毎日316人が撃たれ、106人が殺されている。もうたくさんだ」と止まらぬ犠牲に憤りを見せたという(東京新聞2022.2.6)。日本はどうなのだろうか。

 厚生労働省の人口動態統計によると、他殺による死亡者数は2013年に342人と1日1人をついに下回り、2003年の705人の半分以下となっている。また他殺者数は自殺者数の70分の1のレベルとなっている。それでも1日に約1人が殺されているというのは重い事実である。2014年は他殺者数が対前年で増となったが、2015〜18年は、再び、314人、290人、288人、272人と4年連続で過去最少を更新した。2016年は、(多分、日本史上)はじめて、他殺者数が300人を切った。

 こうした他殺者数の減少は治安状態の改善傾向をあらわしていると率直に認めてよいと思う。犯罪の被害率や犯罪の認知件数のデータも他殺者数と同様に大きく低下してきている点については図録2786参照。

 以下に治安の改善を示す事例として兵庫県警の捜査本部の設置件数の推移を掲げた。


 これを報じた東京新聞によれば、「殺人など重大事件の解決のために設置される兵庫県警の捜査本部が2022年にはじめてゼロ件だった。背景には、大きな事件に発展する前段階での予防強化のほか、防犯カメラの普及などがある」としている(東京新聞2023.3.24)。当局による広い意味での防犯対策が効果をあらわしたというまとめ方であるが、むしろ社会がそもそも平和になっているというまとめ方もあると思う。

 表示選択で戦後の主要国の推移と比較した図を掲載した。一貫して減少してきている日本の推移は特異であることが分かる。一般傾向は、戦後、かなり増加したが、1990年ごろから減少に転じたというものである。もっとも米国と英国は2010年代後半になって、再度、増加に転じている。

 他殺死亡者数の実数ではなく、他殺率(人口10万人当たりの他殺死亡者数)について、1970年以降であるが、さらに多い主要国間の比較を図録2774cで行っているので参照されたい。

 殺人事件は親族等や面識のある人間同士で起こるケースがほとんどである(図録2793参照)。従って、他殺が半減しているということは、親しい者同士以外の事件が減少している、あるいはそうした親しい者同士の関係が平和になってきているということであり、社会の改善傾向を示すものといえる。

 こうした他殺者数の傾向的な減少が人類史的な暴力の減少の傾向に沿っている点、およびこの傾向について日本だけでなく世界中で意外に思う人が多い点については、図録2776aとそのコラム参照。

 下には、米国でも2000年代〜2010年代にはやはり事実と意識は乖離していたことを示した。この図の初出は2016年米国大統領選でのトランプ候補の「インナーシティでの犯罪は記録的な水準に達している」というウソについて論評した英国エコノミスト誌の記事(2016年9月10日号)によるものだった。そして、その後、事実と意識は再度一致してきていることが分かる。


 なお、殺人事件は他殺数より多い。警察庁の「平成26・27年の犯罪情勢」によると2015年に殺人事件は認知件数で933件、検挙件数で938件起こっている。しかし殺人事件の被害者のうち重軽傷者を除いて死者のみでは363人となっており、殺人事件の被害者が総て死亡に至るわけではないことが分かる。下図に人口動態統計の他殺数と警察統計の殺人事件被害(死亡)者数の動きを比較した。微妙にずれているが、ほぼ平行して推移していることが分かる。ただし1965〜90年にだんだんと乖離幅が縮小してきている理由は分からない(理論的には両者の差分をなす傷害致死の犠牲者の動きを見てみても特段に減っているわけではない)。


 戦後を通じた長期の動向を見ると、他殺数は、自殺数とは対照的に減少傾向が目立っている。1950年の2,119人から8割以上の減少である。

 戦後1960年代前半までは、ほぼ、失業率の動きと平行して増減しており、景気の動きと連動していた。しかし、1973年のオイルショックの後の不況時には他殺数はほとんど増加することがなく、その後も、景気との連動は基本的に認められなくなった。1980年代後半から1997年にかけてのバブル景気とバブル崩壊の時期には若干失業率の変動との連動が、若干認められたが、その後は、失業率の上昇とは無関係に他殺数は減り続けている。

 自殺数は、他殺数とは異なり、1973年のオイルショック以降も、おおまかには、景気との連動が認められており、その点で、両者は性格を異にすることになったといえよう。

 日本の他殺率(人口10万人当たりの他殺者数)が世界の中でも最も低い水準である点については図録2775参照。食中毒死、労災死が同様に大きく減少している状況については、それぞれ、図録1964、図録3290参照。

 他殺率の19世紀からの長期推移を主要国と比較したデータを以下に掲げる(図録2776dから再掲)。日本の他殺の水準をこれほど明確にあらわしているグラフもないだろう。日本における他殺率水準は戦後ばかりでなく、戦前から戦後にかけても低下傾向をたどったことが分かる。戦前は戦後直後にもまして物騒な国だったのだ。他国との比較では、戦前から戦後直後の段階では、ほぼ、イタリアと同程度の水準であり、英国やドイツなど西欧主要国と比べれば他殺率が高い、殺人の多い国であった。戦後の日本は、上掲の通り、他殺数が激減し、他殺率もイタリアを大きく下回り、ドイツや英国をも下回った結果、世界の中でも最も殺人の少ない安全な国となっている。


 2016年7月には戦後最悪の19人が犠牲となった障害者施設襲撃事件が起こった。最後に、我が国で起こった犠牲者数の多い大量殺人事件を以下に掲げる。

犠牲者が多数の主な事件
1938年5月 岡山県の集落で男が猟銃や日本刀で村民らを襲撃。30人が死亡したとされる津山事件。溝口正史の推理小説「八つ墓村」のモデルになった
1948年1月 東京都豊島区の帝国銀行支店で、毒物を飲まされた行員ら12人が死亡(帝銀事件)
1971〜72年 連合赤軍が群馬県などのアジトで仲間をリンチし12人死亡
1995年3月 オウム真理教信者らが、東京都心の地下鉄で猛毒のサリンをまき13人死亡
2001年6月 大阪府池田市の小学校に侵入した男が包丁で児童8人を刺殺
2004年8月 兵庫県加古川市で、無職男が隣人ら7人を刺殺
2004年9月 福岡県大牟田市で、元力士兄弟の一家4人が知人女性の家族ら4人を殺害
2005年2月 岐阜県中津川市で市職員の男が親族5人を殺害
2008年6月 東京・秋葉原で、派遣社員の男が通行人に切り付けるなどし、7人死亡
2008年10月 大坂・難波で、無職男が個室ビデオ店に放火、16人が死亡
2009年7月 大阪市のパチンコ店で男がガソリンをまき放火。客ら5人が死亡
2013年7月 山口県周南市で5人が頭部を殴られ死亡。近くに住む男を逮捕
2015年3月 兵庫県洲本市の住宅で男女5人が刺殺され、近所の男を逮捕
2015年9月 埼玉県熊谷市の住宅3軒で、住民の男女6人が殺害された。殺人などの疑いでペルー人の男を逮捕
2016年7月 相模原市緑区にある知的障害者らが入る施設で19人が殺害された。障害者は安楽死させた方がよいと計画的犯行に及んだ元施設職員の男を逮捕
(資料)東京新聞「こちら特報部」2017年7月27日

(2007年4月13日収録、2008年3月25日・6月4日更新、2009年9月28日更新、2010年6月4日更新、2011年9月1日更新、2012年3月16日警察庁犯罪情勢データ更新、6月6日更新、2013年6月25日更新、9月21日確報による更新、10月8日長期推移を加える、10月10日警察統計長期化、2014年6月14日更新、10月16日主要国の他殺率長期推移グラフを追加、2015年2月10日2013年確報、6月5日更新、2016年5月24日更新、7月27日犠牲者多数の主な事件、9月15日米国の事例、2017年6月6日更新、6月14日警察統計殺人事件死亡者数更新、6月17日冒頭図を2図に分離、6月18日コメント補訂、12月20日殺人事件死亡者数更新、2018年6月1日更新、2019年6月8日更新、2020年2月11日18年確定数、6月7日19年概数、2021年6月4日20年概数、2022年2月10日米国例、6月5日更新、2023年3月24日兵庫県警捜査本部設置数推移、6月2日更新、10月8日表示選択「主要国比較」、11月28日米国での事実と意識の乖離図更新、2024年6月5日更新)


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