他殺率(殺人事件・傷害致死事件死亡者率)の動きの国際比較については、警察統計をもとにした推移グラフを図録2776aに掲げたが、ここでは、OECDのデータベースにもとづいて、人口動態統計の死因別死亡者数をもとにした推移を主要国について追った(注)

(注)さらに遡って1950年からの実数推移を日本、米国、英国、フランス、イタリアについて図録2776の表示選択で掲げたので参照されたい(こちらはWHOのデータベースによる)。

 他殺率が比較的高い5か国の推移を第1の図に、その他9か国の推移を第2の図に示した。

 体制移行国のロシアやラトビアでは共産主義体制が崩壊した1990年代から一時期、社会が混乱し、他殺率も急騰したが、最近は落ち着いてきている。開発途上国のブラジルでは、なお一層、他殺率が上昇する傾向の状況が続いている。ヨーロッパ諸国の中ではフィンランドの他殺率が高かったが、最近は低下している。

 かつて米国は欧米先進国の中ではとりわけ犯罪が多い犯罪大国として知られていた。ところが、他殺率の動きを追うと10万人当たり他殺死亡者10人を超えていた1991年をピークに他殺率は傾向的に低下し、2010年代までにはほぼ半減となり、治安の改善が数字となってあらわれている。犯罪全体の動きを米国FBIの犯罪件数データで追ってもほぼ同様の動きとなっている(図録8808参照)。

 ただし、大量殺人は減っていないので治安が改善した印象が薄い。「米国で2019年に加害者を除き4人以上が死亡した殺人事件は41件で、06年の38件を上回り少なくとも1970年代以降で最多だったことがAP通信などのまとめで明らかになった。41件のうち約8割の33件が銃撃事件だった」(東京新聞2019.12.30)。

 第2図では、1970年代初頭には、カナダ、オーストラリアといった旧英領諸国の他殺率が最も高く、日本がこれに次ぎ、西欧諸国は低い水準だった。

 その後、旧英領諸国や日本ではおおむね他殺率は長期的に下落傾向をたどったのに対して、イタリアが1990年前後にかけて大きく他殺率を上昇させ、イタリアほどではないが、フランス、スウェーデンなどその他の西欧諸国も一時期他殺率を上昇させる時期があった。しかし、その後、1990年代以降は、西欧諸国も全体的に他殺率を低下させてきている。

 韓国の他殺率は1980年代後半からの急上昇から1997〜98年をピークに大きく低下してきた動きが印象的である。

 2003年公開の韓国映画「殺人の追憶」のモチーフとなった華城(ファソン)連続殺人事件は、1986年から1991年にかけて韓国京畿道華城郡周辺という農村地帯で10代から70代までの10名の女性が被害者となった強姦殺害事件である(時効が成立してかなり経過した2019年には、1994年に発生した別件の強姦殺人事件で無期懲役の判決を受けて服役中の50代の男が犯人と特定された)。

 1988年のソウルオリンピックまでは、軍事政権下で比較的治安が保たれていたが、その後の民主化過程の中で1997年の金大中大統領誕生までの時期に、一時期、他殺率が急騰したことが図からうかがえる。華城連続殺人事件はこの体制移行期の不安感を象徴するような出来事だったといえよう。その後、1999年以降は、他の主要国と同様他殺率は傾向的に低下してきている。

 このようにして、他殺率の動きから見て、ブラジルを除く主要各国は、一時期、悪化する時期があったにせよ、近年は全体的に治安を向上させてきていることが分かる。先進国においては、環境や経済などのリスク拡大の中で犯罪リスクだけは低下している状況については図録9610参照。

 図で取り上げているのは日本、韓国、オーストラリア、米国、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、英国、ブラジル、スウェーデン、ロシア、フィンランド、ラトビアの14か国である。

(2019年12月6日収録、12月30日米国コメント補訂、2023年2月7日更新)


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