ウクライナは2022年2月24日からプーチン大統領の命令にもとづくロシア軍の侵攻を受けている(下図参照)。

 プーチン大統領は侵攻前、ウクライナ東部のドンバス地域にあるドネツク、ルガンスク2州で親ロシア派武装勢力が実効支配する地域を「独立国家」として承認し、2つの「国家」のトップと「友好相互援助条約」も結んだ。条約には両地域にロシア軍の軍事基地を設けることができる項目が含まれている。

 プーチン大統領は、ウクライナへの軍事作戦は自らが管理下に置く「国家」の「平和維持」が目的だとして侵攻を開始した。

 侵攻の名目がウクライナ国内の地域問題であるということもあって、クリミヤ半島併合時に作成したウクライナの地域構造についての当図録へのアクセスも増えている。とりあえず、以前に作成したままの資料とコメントを以下に掲げる。

 なお、軍事侵攻を受けたウクライナのゼレンスキー大統領は、ドニプエロペトロフスク州クルィヴィーイ・リーフ市にユダヤ系ウクライナ人として生まれた。「東部出身のために母語はロシア語。元々ウクライナ語は苦手で俳優業やメディアではこれまでロシア語を使用してきた。大統領当選以降はウクライナ語の特訓を受け、会見等ではほぼウクライナ語のみでこなしている」という(ウィキペディアによる)。


 ウクライナでは、2014年2月の政権崩壊以降、首都キエフを含む親EUの西部とロシア人が多く親ロの傾向の強い東部の地域性の違いを背景に、欧米やロシアの対立を含んで国内の政治混乱が続き、クリミア半島の地方政府が行った住民投票で決まったロシアへの編入をロシアが了承したことから世界の関心を集めている。ここでは、ウクライナの地域構造について、基本的な指標(人口、民族構成、産業、所得水準)についてまとめた。

 ウクライナの地域区分は、24の州、2つの特別市、1つの自治共和国の27区分が基本になっている。公式統計上は東西に区分されていないが、多数政党の色分けから、キエフ市と16州は西部、8州とクリミア半島のクリミア自治共和国とセヴァストポリ市は東部に区分することができる。東西区分、及び西部のクリミア半島の指標を整理すると以下の通りである。

ウクライナの東西比較
時期 データ 単位 ウクライナ
西部 東部 うち
クリミア
半島
2014年当初人口 現在人口 万人 4,543 2,405 2,138 235
 人口シェア 100.0 52.9 47.1 5.2
 都市人口 万人 3,134 1,448 1,686 160
 農村人口 万人 1,409 957 452 76
 都市人口比率 69.0 60.2 78.8 67.8
2014年1月 工業製品販売額シェア 100.0 37.6 62.1 2.2
2013年 穀物(*)生産量 千トン 62,997 40,549 22,448 766
穀物(*)生産量シェア 100.0 64.4 35.6 1.2
2001年センサス ロシア人 万人 833 135 698 145
 同比率 17.3 5.4 30.3 60.4
クリミア・タタール人 万人 25 0 25 25
 同比率 0.5 0.0 1.1 10.2
1999年 1人当たりGDP PPP米ドル 3,213 3,050 3,395 2,273
(注)*豆類を含む。東西区分は上記参考図の多数派政党によった。
(資料)State Statistics Service of Ukraine、UNDPウクライナ報告書2001(所得水準)

 人口は、4,543万人のうち、西部が2,405万人、東部が2,138万人(うちクリミア半島235万人)であり、東西ほぼ同規模である。27区分別には、ドネツク州が434万人で最大となっているが、首都キエフ市とキエフ州を合計すると460万人であり、これを上回っている。中心都市としてもほぼ東西同規模と見てよいであろう。州別の人口は東部は100万人台が多く、200〜300万人台が多い西部と比べ総じて規模が小さくなっている。

 都市化の程度を都市人口比率で見ると、西部は60.2%、と東部の78.8%と比べて、かなり低く、農村部的性格は西部の方が強いことがうかがわれる。これは、下に述べる産業の地域分布の影響であろう。

 民族構成としては、ロシア人の比率がまず問題となる。西部の各地区では、首都キエフが13.1%とややロシア人比率が1割を越えているのを除くと、いずれの州も1割以下であり、ロシア人は少ない。これとは対照的に、東部諸州ではクリミア半島(クリミア自治共和国とセヴァストポリ市)の60.4%、ドネツク州の38.2%をはじめ、どの地域でもかなりロシア人が多くなっている。西部と東部のロシア人比率はそれぞれ5.4%、30.3%と大きく異なっているのである。

 次に産業配置を、工業製品の販売額分布と穀物生産量の分布とから見ると、前者は東部、特にドネツク州とドニエプロペトロフスク州に集中しているのに対して、後者は全国的に分布している点が目立っている。

 ウクライナの主要産業は農業と鉄鋼業である。

 資源立地の性格の強い鉄鋼業については、「石炭は、ドニエプロペトロフスク州、ドネツク州、ルガンスク州にまたがって広がるドネツ炭田で産出される。また、鉄鉱石は、ドニエプロペトロフスク州、ザポロジエ州、ポルタヴァ州が主たる産地である。そして、これらの資源基盤に隣接する形で、鉄鋼業が東ウクライナの各都市に集積している」(服部倫卓(2008)「ウクライナ鉄鋼産業の鳥瞰図」ロシアNIS調査月報2008年4月号)。

 ソ連の崩壊前、ロシア語で「結合」を意味するコンビナートとしてソ連の中で代表的だった2地域が、ウラル地方の鉄鉱石とクズネツク炭田が結合した「ウラル・クズネツク・コンビナート」とウクライナのドネツ炭田とクリボイログ鉄山(ドニエプロペトロフスク州)が結合した「ドニエプル工業地域」だった。

 ウクライナの粗鋼生産量は、日本鉄鋼連盟の調べでは2013年に32,824トンと、中国、日本、米国、インド、ロシア、韓国、ドイツ、トルコ、ブラジルに次ぎ、イタリア、台湾を上回る世界第10位である(2014.3.16HP)。鉄鋼・鉄鋼製品の輸出先は、ロシアとトルコが上位2位を占めており、そうした意味からもロシアとのつながりが深い。

 ウクライナ中部から南部にかけては肥沃な黒土地帯が広がっており、ウクライナは昔からヨーロッパの穀倉地帯として小麦の生産で有名だった。近年は小麦の他、とくにとうもろこしの生産拡大が目覚ましくなっている。ウクライナは消費量の割に生産量が多いため、世界の主要穀物輸出国の1つとなっている。小麦は、世界第6〜8位程度の輸出国、ともろこしは、米国、アルゼンチン、ブラジルに次ぐ主要輸出国となっている。

 こうした産業配置から、所得水準も東部が西部より1割以上高くなっている。首都キエフ市は国内で最も所得水準が高い。そこでキエフ市を除く西部の所得水準を計算すると2699米ドルとなり、これと比較すると東部の所得水準は約4分の1高い。

 州別に所得水準を見ると、ほぼ、工業シェアが高いほど所得水準も高くなっている傾向が認められる。例外として目立っているの工業シェアはそう高くないのに、所得水準はキエフ市に次ぐレベルとなっているザポロジエ州であるが、これは、欧州最大の原子力発電所といわれるザポロジエ原子力発電所が立地しているためだと思われる。なお、国内第3位の所得水準はポルタヴァ州であるが、これは、この州が石油、天然ガスの資源に恵まれ、自動車産業、石油精製業などの工業立地も進んでいるからである。そして、これら3地域に次いで所得水準が高いのが工業シェアが高いドネツク州とドニエプロペトロフスク州のドニエプル工業地域である。

 ウクライナの人口ピラミッドのロシアとの比較は図録8979参照。ウクライナ以外のロシア周辺国との比較は図録8975参照。ウクライナ人の平均寿命の推移については図録8985参照。意識や価値観の推移については図録8973、図録9458参照。

【コラム】地域差の大きい政治意識


 政治意識についてもウクライナでは地域別に大きな違いがあることを示す意識調査結果を掲げた。

 2013年6〜7月に行われたギャラップ調査(Gallup Poll)によると、理想の政治体制として、ウクライナ国民の28%は西欧スタイルの民主共和制を望んでいるが、他方、以前ののソビエト体制およびソビエトに近いが民主的市場主義的な体制が、それぞれ、19%、29%と合計して48%となっており、国内に異なる政治意識が並存していたことが分かる。

 地域別は、本文と異なり、西部、中部、東部の3区分である。所属地域は明確ではないが、中部には首都キエフを含むとされているので、本文のキエフ州からスムィ州まであたりではないかと想像される。

 地域別には、キエフ市を含む中部は、ほぼ国全体の意識に近い。西欧に近い西部では、西欧スタイルの民主的共和制を望む者が57%と多数派を占めているのに対して、ロシアに近い東部(クリミアを含む)では、以前ののソビエト体制およびソビエトに近いが民主的市場主義的な体制が、それぞれ、23%、34%と合計して同じく57%と多数派を占めており、国内が地域別に2分されていたことが明瞭である。

 こうした中では、政治運動としての親EU派と親ロシア派のいずれかが強引に自らの純化した考え方の政権を樹立するとすれば、どうしても無理が生じる状況だったことが分かる。あいまいで妥協的な政権の下で時間が経過するうちに国民意識がどちらかに大きく傾いてから純化した政治体制を決めるというのが大人の路線だったのではと思われる。親EU派が国内の民族主義的過激派と組んで純化した形の政権をかなり強引に打ち建てようとし、EU指導部がそれを黙認あるいはウラでそそのかしたところに、今回、虎の尾を踏むようなかたちで、ロシアによるクリミア編入の事態を招いた原因があるのではなかろうか。

 こうした地域的な意識差をウクライナの現政権が埋め損なっている状況を英エコノミスト誌は次のように指摘している。

「現政権はロシアのプロパガンダに対抗できていない。例えば、ヤヌコビッチの狙撃手たちに独立広場で撃ち殺された者の多くはロシア語を話す東部出身者だったという事実はあまり広く認識されていない。一般に、ソビエト連邦へのノスタルジーがなお残る産業地帯の東部地域と個人主義的でEUへのあこがれが強い農業地帯の西部地域との融和を図るのに失敗している場合が多いが、これもその一例である。首相であるアルセニー・ヤツェニュクが、テレビを通したアピールで、南部、東部でロシア語を話す人々に彼らのロシア語使用を保証し、地方政府の自治強化を約束するのに3週間もかかった。政権を成立させる交渉団に東部や南部の政治的リーダーを最初から参加させていたら事態は大きく改善されていたであろう」(The Economist March 22nd 2014)。

 ここで、ロシア語使用の保証とは、ヤヌコビッチ政権崩壊後の新しい暫定政権が2月23日にロシア語を準公用語とする言語法を廃止し、ウクライナ語のみを公用語とした結果、ロシア系住民から猛反発を受け、これがロシアの介入に大義名分を与えたことを指す。エコノミスト誌は、こうした意識の地域差の存在を指摘しながら、一方で、ウクライナの国としての独立意識も高まってきている意識変化についても強調し、国がばらばらになることはないだろうという期待の下に記事を締めくくっている。

 なお、ここで引用したような世論調査の結果は、ロシアのプーチン大統領などの政策決定者も活用しているようだ。「モスクワ郊外で支持者らとの会合に出席したプーチン大統領は、クリミアの編入について「このような成り行きは想定していなかった。住民の意向は想像できたが確信はなかった」と説明。実施時期は明かさなかったが、最初の世論調査で編入賛成がクリミアで80%、セバストポリ市ではそれ以上になったため編入を決意したという」(毎日新聞2014年4月12日)。

 ウクライナ国民は、自国民としての誇りを抱きにくい状況にある点については図録9465参照。また、ソ連崩壊を結局良くなかったと思っている者が良かったと思っている者の2倍以上にのぼっている点については図録8973参照。とはいえ価値観がヨーロッパ化している点については図録9458参照。

 2022年2月のロシア軍によるウクライナ侵攻に関しては、AERA.dotの記事(2022.2.27)によると、取材を受けたハバロフスク出身の父ウクライナ人、母ロシア人の国籍ロシアの女性(38)は、プーチン大統領がウクライナ侵攻に踏み切った理由を、彼女なりに解釈して、こう表現したという。「アメリカやヨーロッパが、お金をウクライナの玄関にわざといっぱい置いて、ウクライナとロシアの兄弟の国同士を喧嘩させようとあおっている」。案外こんなところが真実ではないかという気がしている。欧米諸国はみずからの価値観に対して自信過剰なのだ。

 図で取り上げたウクライナの地域名は、図の順番で、ザカルパチア州、リヴォフ州、ヴォルィニ州、リヴネ州、テルノポリ州、イワノフランコフスク州、チェルノフツィ州、フメリニツキー州、ジトミル州、ヴィンニツァ州、キエフ州、キエフ市、チェルニゴフ州、チェルカッスィ州、キロヴォグラード州、ポルタヴァ州、スムィ州、ハリコフ州、ルガンスク州、ドネツク州、ドニエプロペトロフスク州、ザポロジエ州、ニコラエフ州、オデッサ州、ヘルソン州、クリミア自治共和国、セヴァストポリ市である。

(2014年3月17日収録、3月22日コラム追加、3月23日所得水準追加、州並び順変更、3月25日若干コラムのコメント改訂、3月31日コラムコメントにエコノミスト記事を引用、4月3日地域並びj順及びコメント改訂、4月12日プーチン大統領の世論調査活用という記事を追加、2022年2月27日ロシアのウクライナ侵攻の頭出し、3月7日ゼレンスキー大統領の出身、4月3日戦況図更新、8月25日旧戦況図削除、半年戦況図)


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