同じことは、キリスト教徒でもないのに結婚式は教会で行い、結婚指輪を交わしたり、クリスマスを祝ったり、ミッション系の学校に通ったりとキリスト教的な生き方もかなり受け入れている。さらに、仁・義・礼・智・信を信奉したり、親や師を敬い、論語に親しんだりと儒教的な生き方もするし、地元の氏神さまのお祭りに参加したり、神社に詣でたりと地元宗教や神道的な生き方もしている。 この点で、キリスト教徒は生活習慣や思想上で包括的にキリスト教的な生き方をし、イスラム教徒はすべてイスラム教的な生き方をするという欧米やイスラム圏の生活とは大いに異なっている。 ピューリサーチセンターが2023年に行った東アジアの宗教や霊的態度についての意識調査では、どんな宗教に帰属しているというだけでなく、どんな宗教的な生き方に個人的につながりを感じているかについて調べている。両者が必ずしも一致しないことが多い東アジア諸国では、帰属宗派と宗教的生き方の両面を調べないと各国民の宗教的実態を明らかにできないので、その意味で貴重な調査だったと言えよう。 帰属する宗派については、世界価値観調査による世界各国のデータを図録9460に掲げたが、以下に東アジア・東南アジアの部分を再掲した。 冒頭の図では左半分の「あなたの宗教」でピューリサーチセンター調査の結果を示したが、ほぼ同じような結果となっている。 各国で「無宗教」が最も多くなっており、ただし、日本と台湾だけは「仏教」が「無宗教」をやや上回っている。「無宗教」を除くと多くの国で「仏教」が最も多く、仏教圏としての特徴をあらわしている。ただし、韓国と香港だけは「キリスト教」が1位となっている。韓国の場合は戦後に急増したためであるが(図録9460参照)、香港の場合は英国統治下の時期が長かったせいである。この他、台湾で「道教」が「仏教」なみに信者が多い点が目立っている。 一方、右半分の「あなたの宗教的な生き方」の結果は、かなり、様相を異にしている。 日本を例にとると、「仏教的生き方」をしている人が48%と最も多いが、「地元・在来宗教」も44%と同じぐらい多く、地元の神社仏閣やお祭り、路傍のお地蔵さんを信奉する生活が根づいていることがうかがわれる。さらに「神道的生き方」、「キリスト教的生き方」、「儒教的生き方」、「道教的生き方」もそれぞれ、1〜3割あり、累積%は164%と100%を大きく越えている。種々の宗教から影響を受けていることが明らかである。 累積%は、韓国や台湾でも200%近くになっており、日本以上に複数の宗教的影響を受けていることが分かる。例外は香港やベトナムであり、累積%は100%を下回っており、むしろ唯一神信仰の欧米キリスト教圏やイスラム圏に近いパターンとなっている。 「宗教的生き方」で特徴的なのは、韓国で「儒教的生き方」が59%、台湾で「地元・在来宗教生き方」が45%、及び「道教的生き方」が38%と他の宗教的生き方を圧倒している点である。 漢民族の明から女真族の清に政権が交代したとき、李氏朝鮮は我こそが北方異民族によって支配された中国に代わって中華思想を引き継ごうと考えた。これを「小中華思想」と呼ぶが、それによって理念偏重の世界観が特徴の朱子学の影響を大きく受けた名残りで韓国では「儒教的生き方」が生活のすみずみにまで及んでいる(図録3941d参照)。 日本も大きくは儒教圏であるが、儒教的生き方の人は17%と案外少ない。日本の場合は、台湾や韓国などのように後代に理論化された儒教に影響されず、論語そのままの古代儒教をそのまま継受しているといえる。 例えば、日本人は孔子の「鬼神を敬して之れを遠ざく」の言葉そのままに、神に対し信じるのでもなく信じないのでもなく、単に距離をおいているだけだが、韓国や台湾では理念的な無神論に傾いている(図録9528参照)。 意識調査への回答で、日本人は分からないが多い曖昧なものであるのに対して韓国人は分からないがほとんどなく、イエスかノーのどちらかで答える(図録8062、図録8598参照)。意識調査への回答ばかりでなく、日本人が何事も曖昧にしたまま行動するのと対照的に、韓国人は何事も決めつけてから行動する傾向にあるのは宋学の影響によるものと考えられる。 同じピューリサーチセンター調査で行われた「自分の意見が大事か」、「他人との協調が大事か」を聞く設問への回答結果(下図)も同様な韓国と日本の対照的な違いを明らかにしている。 台湾では道教的生き方をしている人が48%と地元・在来宗教的生き方の53%とともに多い。 台湾の人々は信仰心があつく、民間信仰である道教寺院の「廟(びょう)」が無数に分布し、日常的に多くの参拝客を集めている。祭神は、道教において最も位が高い神の一つの「玉皇大帝」のほか、三国志でも有名な関羽の「関聖帝君」、航海の女神「媽祖(まそ)」など多彩である。こうした民間宗教は、大半の台湾人の祖先が暮らした中国南部に由来すると言われる。 道教は仏教や儒教と習合しており、観音菩薩が観音廟に祀られたり、儒家の創始者である孔子像が、文昌帝君と並んで文昌廟で祀られることも少なくない。 台湾での私的な経験では「廟」で願掛けくじを良い結果が出るまで引き直せたり、お供え物に霊力をうつらせて自宅に持ち帰るのが慣例となっているなど現世利益的な信仰の色彩が強いことを知って驚いたことを思い出す。 仏教については、台湾既存の仏教に加え、日本統治下に日本の仏教の影響を受け、浄土真宗、曹洞宗、浄土宗などを信仰する台湾人も多い。 下表に掲げた日本と韓国の宗派と宗教的生き方のクロス表で見る通り、帰属宗派にかかわらず、また無宗教者まで種々の宗教的生き方に個人的につながりがあると感じている。こうした点に東アジア特有の宗教的実態があらわれているのである。
(2024年10月25日収録)
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