避妊具の大手メーカーDurex社は毎年セックスに関わる調査をウェッブサイトで行い、これをホームページで公開している。調査対象者にどのような片寄りがあるか明確にされていないので、科学的な価値は低いが、いろいろ面白いデータが掲載されており、話題性は高い。ここでは、世界各国の文化上の違いをうかがうことのできる調査結果として、どこに性的魅力を感じるかという質問への回答を取り上げる。

 男女計の回答である点に注意する必要がある。身体つきやまなざし、態度・姿勢が上位な国が多いのは女性票を考えると理解できる。Durex社のコメントでも「男性が胸(乳房)にこだわるのに対し、女性は目(まなざし)を好む傾向がある。」と言及されている。西欧・北欧で「態度・姿勢」や「まなざし」への回答率が高いには、ヨーロッパでは男性の性的魅力が重視されるためである可能性が強い(図録2306参照)。回答者の属性が公開されていないのでデータの理解に不十分さが残る。アジアで胸が非常に多いのには、女性の回答が少ないせいもあるかも知れない。男女別々の集計が見たいところである。

 選択肢に上げられたのは、胸、身体つき、お尻、脚、笑顔、まなざし、顔、ユーモア、知性、お金、髪の色、背の高さ、年齢、態度・姿勢の14項目である。それぞれの英語の原語は図の(注)を参照されたい。

 原語を訳すのは難しかった。例えば、"Eyes"は、目そのものというより、目つき、まなざしと捉えて回答しているのだと思われる。代表的なものとして「まなざし」とした。

 各国種々の特徴を見てとれるが、おおまかに、民族別には、アジア諸国では、「胸」の回答率が高い。西欧・北欧諸国では、「まなざし」や「態度・姿勢」への回答率が高い。東欧・中欧・南欧では「お尻」への回答率が高い。机の下に見える女性の小足にセクシーさを感じてかつて纏足を生んだ中国では、「お金」や「髪の色」といった他国では挙げられることの少ない項目を含めて何にでもセクシーさを感じる傾向があり、なるほどと感じさせる。

 下に1位と2位で国を整理した表を掲げた。以下のような特徴がさらに見て取れる。
  • アジア諸国は「胸」が1位、あるいは少数のそうでない国(台湾、タイ)でも2位となっており、「胸」が1位でも2位でもない欧米諸国とは明らかな違い(欧米では例外的にスロバキアのみで「胸」が2位)。
  • アジアのうち、香港では、2位が「まなざし」となっておりやや欧米寄りの結果。インドは「顔」が2位で独自
  • 欧米の中でも「お尻」を1位とする東欧・中欧・南欧のグループと「まなざし」や「態度・姿勢」を1位とする西欧・北欧・英米グループとでは明確な差。
  • 東欧・中欧と南欧とでは、「お尻」がトップなのは一緒であるが、南欧はやや「態度・姿勢」を重視する分だけやや西欧寄り
  • 西欧・北欧と似ているが英米・アイルランドは「ユーモア」を2位に掲げている点でやや異なる
  • オセアニア(オーストラリア、ニュージーランド)やスペイン・ブルガリアは西欧・北欧グループと一緒


 こういう結果をみると、日本もアジアの一部であることをしみじみ感じる。

 次に、世界各国を回答率の多い方で胸派と尻派に分けたマップを作成すると以下の通りである。

 ヨーロッパが尻派、アジアが胸派と世界が2分されている様子が明かである。アジア以外の国の中でもヨーロッパ人が近代にはいって進出したオーストラリア、カナダ、ブラジル、南アは胸派である(米国は同順)であることも興味深い。ただしニュージーランドは尻派でヨーロッパ的側面が強い。

 こうした分布の原因としては、ネアンデルタール人との交配比率が関係しているのではないかというのが最近の私の仮説である。というのはお尻に対して魅力を感じる欧米人の方がネアンデルタール人との交配比率が高く、より原始的(サルに近い)と考えられるからである(下段コラムも参照。ネアンデルタール人は女性の胸が大きくなかったことが判明すれば、仮説は説得力を増すと思うが、化石に残らないので確かめるのは困難だろう)。

 似たことは、肌の白さについても当てはまると考えられる。

 ネアンデルタール人の肌の色は白かったと考えられている。つまり現代の欧米人と同じく白人だった。これは、高緯度地域に住んでいたため、紫外線の吸収不足でビタミンDが欠乏しくる病や骨軟化症を引き起こさないようにする必要があったためである。

「スペインのエル・シドロン洞窟から見つかったネアンデルタール人の骨からは、DNAが抽出されている。そして、メラニン色素の産生に関わる遺伝子(MC1R)の塩基配列が決定され、ネアンデルタール人に特有の突然変異が見つかった。その結果、ネアンデルタール人では、この遺伝子の活性が低下していることが明らかになった。これは、ネアンデルタール人がメラニン色素をほとんど作らず、肌が白かったことを示している」(更科功「絶滅の人類史」NHK出版新書、2018年、p.180)。そして、「体色や体毛に関する遺伝子は、ネアンデルタール人からホモ・サピエンスに高い頻度で受け継がれている。おそらく、寒い環境に適応させる遺伝子だ」(同、p.235)というのである。

 つまり、アフリカからヨーロッパに移住したホモ・サピエンスは独自に肌が白くなったのではなく、ネアンデルタール人と交雑することによって、その特徴を受け継いだ可能性が高いのである。

 最近では、新型コロナへの感染比率や重症化率でもセクシーさを感じるところと似たような分布が見られており、これに関しても、化石からでも検証可能なネアンデルタール人の遺伝子を色濃くもっているかどうかが関係しているようだ(注)

(注)「新型コロナウイルス感染症を重症化させる遺伝子が、ネアンデルタール人に由来する可能性も示されています。重症化する人びとのゲノムを調べると、第三番染色体のある領域が関係していることが明らかになったのですが、ヴィンデジャのネアンデルタール人が、まさにこの重症化するタイプを持っていたのです。アルタイ地方のネアンデルタール人には見られないことから、おそらくこのタイプはヨーロッパのネアンデルタール人の系統の中で生まれ、どこかの時点でホモ・サピエンスにもたらされたのだと推定されています。このタイプは、南アジア系の人が高い頻度で保有し、特にバングラデシュ人の60パーセント以上の人が保有しています。ョーロッパ系の人びとの20パーセント弱もこのタイプを保有しますが、アフリカ系と東アジア系の人で保有する人はほとんどいません」(篠田謙一「人類の起源」中公新書、2022年、p.64〜65)。

 なお、同社の過去のアンケート調査から同様に地域別、国別の傾向がうかがえる結果を図録2310、図録2314に掲げたので参照されたい。


【コラム】くちびると胸のふくらみの進化論

 粘膜で覆われた唇はほ乳類だけがもっているが、これが外にめくれて出ているのは人類のみであり、日常的には、この部分のみを「くちびる」と称している。

 女性の胸のふくらみは主に脂肪でできているが、人類以外の哺乳類のメスで胸に脂肪が多い動物は皆無に近く、また、胸は授乳期以前の思春期から大きくなることなどから「ふくらみ」そのものは授乳目的ではないと考えられている。

 二足歩行をするようになって人類が誕生したが、それにともなってこうした人類の特徴も進化したらしい。くちびると女性の胸のふくらみという人類の特徴は「四つん這いもしくはナックル・ウォーキングのときにはよく見えた生殖器が、直立することで見えなくなったのを、カバーするためだと言われています。唇は生殖器の、乳房は臀部の擬態だというのです。座った形で過ごすことが多いゲラダヒヒのメスの胸の襞の形や、マンドリルのオスの顔面の配色が生殖器に似ているのは、人類の擬態による性的な信号発信の、間接的な証拠だと考えられています」(溝口2011)。


 くちびるはキスをするためにあるのではない。D. J. モリスは、唇の薄い類人猿も上手にキスするから、人の唇の形は触覚よりも視覚信号だといっている(池沢1998)。また、アフリカ人から進化したヨーロッパ人の唇がアフリカ人より薄いのは、色の黒いアフリカ人では厚くないと目立たなかった唇が、肌の白いヨーロッパ人は赤さが目立つため薄くてもよくなったからだとされる(溝口2011)。

 女性の胸のふくらみが現在の位置にあるのは、授乳に最適な位置だからであるというより、そこが、立って向き合った時に一番男性の目に入りやすい位置だったからだろう。貧乳だからといって授乳にはそもそも支障がないことも理解される。

 本文でふれたとおり、アジア人の方が「胸」にセクシーさを感じ、ヨーロッパ人は「お尻」にセクシーさを感じるのだとしたら、もしかしたらヨーロッパ人の方が類人猿の気持がよく分かるのかもしれない(注)。「くちびる」がDurex社の調査の選択肢に入っていなかったのがうらまれる。

(注)脊椎動物は哺乳類になって、切る、裂く、砕く、磨るといった歯の機能分担が発生し、切歯、犬歯、臼歯が生れたが、草食動物では犬歯が失われるなど食料をめぐる哺乳動物の適応放散とともに特定の歯種は退化していった。ところが、樹上に棲みかを移した霊長類は、一般的に原始性を保持し、なおかつ特殊化が少ないといわれ、歯についても原始哺乳類の特徴を例外的に長く保持した。我々人類が犬歯をもっているのもそのためである。類人猿の犬歯の性差(オス対メス)については、ゴリラ、オランウータン、チンパンジーは、それぞれ、1.46、1.36、1.25となっている。ヒトは、日本人やオーストラリア原住民は1.04、白人は1.07という(歯の豆辞典)。犬歯の大きさには、オス同士の戦いや威嚇、メスへの誇示が関係し、ヒトやテナガザルなど一夫一妻制の動物は犬歯の役割が大きくないため性差も小さいのだと考えられている。この点からも日本人より白人の方が類人猿の気持がよく分かるのではなかろうか。

*参考文献

池沢康郎(1998)「唇」「乳房」(平凡社大百科事典)
溝口優司(2011)「アフリカで誕生した人類が日本人になるまで」ソフトバンク新書



 関連して、ポンチ絵(概念図)としてよく出来た性差(性的二型)に関する図を上に掲げた。以下のような点が読み取れる。

@ヒトの身体サイズ性差の小ささ
 ヒトは類人猿ほどオスとメスとで身体サイズに差がない。犬歯がヒトの場合、類人猿より小さいのと同様、一夫一妻の「つがい」が形成されているという理由によると考えられる(上記(注)参照)。

Aヒトの性的魅力器官の発達
 「ヒト男性のペニスは霊長類の中で最大である。また、ヒトの女性の著しい特徴は丸く膨らんだ乳房である。男性のペニスと女性の乳房は、いずれも生理的機能から見れば不必要に大きい。これらは、ヒトの進化の途上で、性淘汰および「つがい」形成等の集団構造の特殊性によってもたらされた「性的魅力器官」と考えられる」(尾本2016、50)。

B乱婚制と適合的なチンパンジーの特徴
 チンパンジーはメスの外部生殖器が非常に大きく、またオスの睾丸が非常に大きい。「これらの特徴は、乱婚制社会をもつチンパンジーで性交回数が非常に多いことと関係がある」(尾本2016、p.49)。

 なお図録2199にヒトの国別ペニス・サイズの比較を掲げたので参照されたい。


 なお、取り上げている41か国を図の順番に掲げるとブルガリア、デンマーク、フィンランド、フランス、ニュージーランド、スウェーデン、英国、オーストラリア、オーストリア、アイスランド、アイルランド、ノルウェイ、米国、チェコ、ハンガリー、カナダ、スロベニア、クロアチア、ドイツ、ギリシャ、イスラエル、オランダ、セルビア・モンテネグロ、ポーランド、南アフリカ、スペイン、ベルギー、イタリア、マケドニア、スイス、ブラジル、スロバキア、中国、台湾、シンガポール、香港、ベトナム、日本、マレーシア、タイ、インドである。

(2005年5月11日収録、2011年12月20日整理表・コラム追加、2012年5月9日数値つきのグラフに変更、コメント追加、5月14日胸派尻派世界マップ追加、2016年5月23日コラム犬歯の性差、2017年4月25日性的二型の概念図追加、2020.7.6ゲラダヒヒ画像、2020年10月24日ネアンデルタール人交配要因説紹介、11月3日「絶滅の人類史」引用、2022年8月29日篠田「人類の起源」引用、2023年11月26日共通コラム掲載)


[ 本図録と関連するコンテンツ ]



関連図録リスト
分野 教育・文化・スポーツ
テーマ  
情報提供 図書案内
アマゾン検索

 

(ここからの購入による紹介料がサイト支援につながります。是非ご協力下さい)