他国との比較した場合、日本人の社会保障に関する考え方には相対的に自力救済を重視する傾向がある。ここでは、国際的な継続的共同調査であるISSP(International Social Survey Program)の2016年調査(テーマ「政府の役割」)から高齢者の生活維持と医療供給に関して、政府の責任があるかをきいた設問の結果を示した。

 「政府の責任」だと断定するか、あるいは「どちらかといえば政府の責任」と答えるかは、国民性によって左右される。日本人の場合どんな設問でも「どちらかといえば」で答える傾向があるとされる。そこで、図では、どちらかといえばを含んだ政府の責任とする比率の大きい順に並べた。

 比率の大小を論じる前に、まず言っておくべきは、高齢者の生活維持と医療供給に関して、政府の責任を基本的に認める国民がいずれの国でも大半を占めているという点である。現代では社会保障の国家責任は常識となっているのである。しかし、その中でも、何か疑問を感じている人は一定程度存在しているので比率に差が出る。以下は、この差に着目しているのである。

 高齢者の生活維持に関する政府の責任は基本的には公的年金、あるいは場合によっては高齢者の生活保護を通じて実現されるものであるが、この点について、政府に責任ありとする回答率(どちらかといえばも含め)は日本の場合76.3%と35カ国・地域の中で最も低かった。低い順に第2位は韓国であり、米国、タイ、トルコ、台湾、インド、スイスがこれに次いでいた。

 医療の供給に関する政府の責任について基本的には公的医療保険、あるいは場合によっては生活保護等の医療扶助を通じて実現されるものであるが、政府の責任とする回答が最も少ないのも、やはり日本であり、これに、韓国、米国、台湾、スイス、インド、トルコが続いている。これらの国は、順番は少し違うが、ほぼ上と同じであり、高齢者の生活維持と同様に政府責任を狭く考えている者が多い国といえよう。

 社会保障に関し政府責任だと考える回答率が日本人の場合他国と比較して低いのは、政府が頼りにならないから政府の責任と考えようがないという側面がないとはいえないが、むしろ、素朴に、政府に頼りたくないという気持ちが強いからだといえよう。社会保障に関しては、自助、共助、公助の3つからなるとされるが、公助より自助や共助、すなわち自力救済を重視する姿勢のあらわれといえよう。

 調査対象国のうちアジア諸国は日本、韓国、台湾、タイ、フィリピン、インドの6国であるが、フィリピンを除くと自力救済を重視している。国ばかりでなく、個人、家族や共同体の責任を重視する傾向があるためと考えられる。他のデータと考え合わせても、政府の責任より自力救済を重視する考え方はアジアに共通の傾向ではないかと思われる(世界やアジアの社会保障に関する図録2798、図録8034などを参照)。

 自助か公助かという考え方の違いを生む根拠として、近代以前からの家族制度のパターンの違いを指摘する論者も多い。英国など近代以前から核家族が通常の形態だった国では社会、そして社会を代表する政府の役割を重んじるのに対して、直系家族形態が長かったアジアでは西欧化したとはいえ、なかなかそういう風には考えられないと言うわけである(図録1309参照)。ここで直系家族とは子ども一人が成人し結婚した後も親と住み続ける家族形態をいう。

 歴史人口学の速水融はエマニュエル・トッドの研究を引き合いに出しながら、こういっている。「われわれアジアに住むものからみれば、日本のように、アジアの中で、最も西欧化が進んだといわれる社会でさえ、アングロ・アメリカ的価値観やヨーロッパ大陸の価値観ですべてを方向づけてしまうことには危惧や抵抗を感じる。日本では、年老いた親の面倒を誰がみるかは大きな問題であり、社会的組織の整備も十分ではない。結局それは子どもたちの手に委ねられるのが多いが、絶対的核家族社会の論理では、当然社会が面倒をみるのであって、子どもたちではない。

 日本では、子どもたちが成人しても親と同居することは何ら不思議でないし、そういった親と同居する若い世代の人々の購買力は、住居費が要らないので非常に大きい。海外旅行、高価なブランドものなどの需要はそこから来ている。男子も女子も、こういう生活パターンが気楽なので、結婚が遅れ、未婚・非婚者が増え、出生率(TFR)は、ヨーロッパ最低国並みになっている。これは日本が、二世代世帯、単身世帯の占める割合が増えたとはいえ、直系家族の伝統を維持しているからに他ならない。「しばしば日本の家族は核家族化した、といわれているが、外に現れた形はそうでも、中身の行動は直系家族の様式なのである」(速水融(2002)「歴史人口学と家族史」同編著『近代移行期の家族と歴史』ミネルヴァ書房序章p.6〜7)

 OECD諸国の中で実質上日本は最も「小さな政府」である点を図録5194でふれたが、ここでふれた政府に頼りたくないとする国民傾向のあらわれとみなすことができよう。いわば先進国の中で日本人ほど無政府主義的な国民はいないといってもよいのではなかろうか。

 そうである理由としては、上記のような家族制度によるものなのか、儒教圏で共通ということは儒教道徳によるものなのか、貨幣も中国貨幣に依存したような中世以来の辺境型脱国家伝統によるものなのか(図録5194参照)、それとも第2次世界大戦で国家不信が植え付けられたからなのか(図録5223参照)、はたまた、戦後日本に強い影響力をもった米国をはじめとする英語圏諸国特有の自由主義的思想の影響なのか。

 関連して、同じISSP調査が調べた格差是正に対する政府責任については、図録4679参照、また、老人の家事支援についての行政関与については図録1238参照。これまでの政府責任に関するISSP調査の結果を日本についてまとめると以下の通り。社会保障や所得格差是正について日本国民は概して余り国に期待していないことが分る。

政府責任かどうかの評価点順位
項目 調査年次 国数 日本の評価点の低さ順位 評価点(-2〜+2)
日本 対象国計
所得格差是正 1996 26 8 0.30 0.54
高齢者生活維持 1996 26 7 1.28 1.50
医療供給 1996 26 4 1.27 1.54
困窮者向け住宅提供 1996 26 2 0.20 0.92
所得格差是正 1999 27 6 0.46 0.79
高齢者生活維持 2001 30 1 1.02 1.60
子どもの保育 2001 30 11 0.77 0.93
高齢者生活維持 2006 33 3 1.18 1.54
医療供給 2006 33 2 1.12 1.60
所得格差是正 2009 38 9 0.55 0.86
高齢者生活維持 2016 35 1 0.80 1.50
医療供給 2016 35 1 0.82 1.57
所得格差是正 2019 29 7 0.43 0.75
(注)4段階評価(格差解消は「どちらともいえない」を含む5段階評価)を-2〜+2で採点した結果。評価点が高いほど政府責任だとする程度が大きい。
(資料)ISSP調査

  2016年調査における上表2項目を含む全11項目の経済社会対策についての結果については図録5184参照。

 なお、以下には、調査国・地域のすべてを掲げたランキング表を掲げておく。


(2014年8月18日収録、9月1日コメント追加、2015年4月27日政府責任関係ISSP調査まとめ表追加、5月14日1996・1999年調査結果を追加、5月15日ランキング表追加、5月18日コメント補訂、2024年12月20日更新)


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