国際共同調査として毎年行われているISSP調査の2016年調査は「政府の役割」をテーマとしており、その中で、治安や防衛といった当然のように政府の責任が大きいと考えられる事項以外の経済社会関係の事項について、それらが政府の責任かどうかをきいている。

 ここでは、日本人がそれらを政府の責任と考えている程度を項目間で比較し、また他国と比較したデータを掲げた。比較は評価点(政府の責任と考える程度が高いほど高い点数)と調査対象国35か国中の順位で行っている。

 まず、項目の中で、「物価安定」と「対企業環境規制」の評価点がその他の項目比べて1以上と高く、また、海外と比べ、「物価安定」だけが調査国平均を上回っている点で目立っている。日本人は過去にインフレや公害問題において非常に痛い目にあったことがあるために、この2項目についてはこのように政府に期待するところが大になっているのだと考えられる。

 このデータのもう一つの特徴は、「物価安定」以外の経済社会対策では、いずれも対象国平均を下回っている点である。

 「職業安定」と「困窮者向け住宅供給」を除く項目は0以上なので、各種の政策をどちらかというと政府の責任だと考える傾向にはあるが、それでも他国と比較すると、日本人は概して政府の責任を低く見る傾向があるといってよい。

 順位で見ると、何と「医療供給」、「高齢者生活維持」、「大学生奨学金」、「困窮者向け住宅供給」、「対企業環境規制」の5項目では世界最低の順位となっており、「失業者生活維持」、「男女平等」の2項目では33位、「貧富格差是正」では32位となっている。

 医療、高齢者生活、高等教育、住宅、環境規制などについて政府に頼らず個々人や各企業が努力すべきだという考えが日本では根強いことがうかがわれる。

 政府より民間の役割を重視することで知られる米国人でも、政府の責任と考える程度が対象国の中で最低なのは「職業安定」と「貧富格差是正」の2項目にすぎず、これと比べても、日本人の政府非依存体質は世界の中で目立っている。

 日本の公務員数や財政規模が米国以上に「小さな政府」なのは(図録5194)、基本的には、こうした日本人の政府・国家への非依存体質によるものだといってよかろう。

 そうした体質の由来については、第二次世界大戦で大失敗した戦前の富国強兵路線への反動なのか、英米型の小さな政府思想の影響なのか(朱に交われば赤くなる?)、貨幣も海外に依存した日本中世の辺境性の伝統によるものなのか(図録5194)、それとも、最近、寺西重郎氏が唱えている日本型資本主義の精神をつくった鎌倉仏教の影響による求道主義によるものなのか、いずれかであろう。

 寺西氏によれば、鎌倉仏教と江戸時代の通俗道徳によって考え方が形作られた日本人にとって、「世界は身近な他者関係の無限に広がる連続体として捉えられているだけで、個人と対立するものとしての公共世界に独自の価値を認めるという意識はなかった」(「日本型資本主義」p.196)。

 ISSP調査ではこのほか所得格差と社会保障については、それぞれが政府の責任かどうかをきいた調査を行っている。所得格差については図録4679、社会保障については図録2799を参照。いずれでも日本人は他国と比較するとそれらを政府の責任と考える程度が非常に低いことが分かる。

 最後に、2016年の結果を1996年の調査結果(男女平等の設問なし)と比較した図を以下に掲げた。両年でともに調査が行われた18か国の平均の変化を見ると、貧富格差是正を除いて、各対策を政府の責任とする考え方は後退していることが分かる。貧富格差については、この間、世界的に格差拡大が強く意識されるようになったので、課題の重要性に鑑み、格差是正についても政府の責任とする考え方が普及したからと考えられる。


 日本については、プラス(上昇)が世界的傾向の「貧富格差是正」と世界ではややマイナスの「大学生奨学金」でプラスとなっているほかは、いずれの項目もマイナスであり、しかも18か国平均より大きくマイナスとなっており、世界的な傾向以上に各経済社会対策を政府の責任と考える見方は後退している。

 理由としては、バブル期の考え方がなお払拭されていない1996年の段階から「失われた20年」が経過し、巨大な財政赤字の累積からいっても政府には頼りようがないと考える人が増えたためであろう。あるいは、社会の成熟とともに、福祉国家思想や社会主義思想など欧米流の国家観に免疫がきくようになり、古くからの日本的な考え方に復帰しつつあるのかもしれない。

 なお、参考のために、以下に、2016年調査について、各項目の調査票における表現と各国・地域の評価点順位を掲げる。

調査票における各項目についての表現
項目名 調査票の表現
職業安定 A.働く意志のあるすべての人に仕事を提供すること
物価安定 B.物価を安定させること
医療供給 C.病気の人々に必要な医療を施すこと
高齢者生活維持 D.高齢者がそれなりの生活水準を維持できるようにすること
産業振興 E.産業が成長するように援助すること
失業者生活維持 F.失業者がそれなりの生活水準を維持できるようにすること
貧富格差是正 G.富む者と貧しい者とのあいだの所得の格差を少なくすること
大学生奨学金 H.収入の少ない家庭の大学生に経済的な援助を与えること
困窮者向け住宅供給 I.家を持てない人にそれなりの住宅を提供すること
対企業環境規制 J.環境が破壊されないように、産業界を法で厳しく規制すること
男女平等 K.男女の平等を推進すること

どんな経済社会対策が政府の責任か(評価点順位)
順位 職業安定 物価安定 医療供給 高齢者生活維持 産業振興 失業者生活維持 貧富格差是正 大学生奨学金 困窮者向け住宅供給 対企業環境規制 男女平等
1 クロアチア スリナム アイスランド アイスランド ベネズエラ スペイン チリ クロアチア ベネズエラ スリナム スペイン
2 ジョージア 台湾 ノルウェー ベネズエラ ジョージア インド クロアチア チリ ジョージア チリ チリ
3 フィリピン チリ スリナム スペイン スリナム クロアチア スロベニア ベネズエラ スリナム 台湾 ベネズエラ
4 スロバキア フィリピン スロベニア ノルウェー クロアチア チリ スリナム スペイン スペイン ベネズエラ アイスランド
5 インド ロシア ベネズエラ スロベニア スロベニア フィリピン スペイン スリナム チリ スロベニア クロアチア
6 ベネズエラ ジョージア クロアチア チリ ラトビア ベネズエラ インド ジョージア クロアチア スペイン スリナム
7 スリナム インド チリ スリナム インド トルコ トルコ フィリピン 南アフリカ アイスランド フランス
8 南アフリカ タイ デンマーク クロアチア フィリピン 南アフリカ タイ スロベニア フィリピン ジョージア スロベニア
9 ロシア 南アフリカ ジョージア ラトビア スペイン ノルウェー ジョージア タイ インド クロアチア ジョージア
10 ハンガリー トルコ フィリピン スウェーデン スロバキア スリナム ハンガリー ラトビア イスラエル フランス ノルウェー
11 チリ 韓国 スロバキア ジョージア イスラエル フィンランド スロバキア トルコ スロベニア スロバキア トルコ
12 タイ クロアチア フィンランド フィンランド 南アフリカ アイスランド ロシア 南アフリカ トルコ ベルギー 英国
13 トルコ 日本 ラトビア スロバキア トルコ スロベニア 台湾 インド ロシア ハンガリー スロバキア
14 スペイン イスラエル ハンガリー フィリピン ハンガリー ロシア イスラエル イスラエル ラトビア インド ベルギー
15 スロベニア スロバキア ニュージーランド イスラエル ロシア デンマーク アイスランド フランス フィンランド タイ 台湾
16 チェコ スペイン 英国 ロシア 台湾 スロバキア リトアニア スロバキア フランス ニュージーランド スウェーデン
17 リトアニア リトアニア 南アフリカ デンマーク 英国 スウェーデン フランス ドイツ アイスランド ドイツ フィリピン
18 台湾 ベネズエラ ベルギー フランス アイスランド ハンガリー ベルギー 米国 タイ トルコ 南アフリカ
19 ラトビア ベルギー スペイン ベルギー チリ タイ ラトビア リトアニア ベルギー オーストラリア イスラエル
20 イスラエル ノルウェー スウェーデン 南アフリカ ニュージーランド ドイツ フィンランド ロシア 英国 デンマーク オーストラリア
21 ベルギー スロベニア オーストラリア チェコ フランス イスラエル ノルウェー スイス ニュージーランド 米国 ドイツ
22 ノルウェー 英国 チェコ ハンガリー タイ スイス ドイツ ベルギー スロバキア ロシア インド
23 フランス フランス リトアニア 英国 オーストラリア フランス 韓国 台湾 台湾 フィリピン ニュージーランド
24 ドイツ アイスランド イスラエル ドイツ リトアニア 台湾 南アフリカ ハンガリー ノルウェー ノルウェー 米国
25 韓国 ハンガリー ロシア ニュージーランド チェコ ラトビア ベネズエラ フィンランド ドイツ イスラエル タイ
26 フィンランド オーストラリア ドイツ リトアニア 韓国 韓国 英国 アイスランド 米国 南アフリカ スイス
27 デンマーク ラトビア タイ オーストラリア ノルウェー リトアニア スウェーデン ノルウェー 韓国 韓国 ハンガリー
28 スウェーデン スウェーデン トルコ インド 米国 ニュージーランド フィリピン 英国 スウェーデン リトアニア フィンランド
29 英国 米国 フランス トルコ 日本 ベルギー ニュージーランド オーストラリア リトアニア スウェーデン チェコ
30 スイス ニュージーランド インド タイ ベルギー 英国 スイス 韓国 ハンガリー ラトビア ラトビア
31 日本 チェコ 台湾 台湾 スウェーデン 米国 チェコ ニュージーランド オーストラリア フィンランド リトアニア
32 ニュージーランド ドイツ スイス 米国 フィンランド オーストラリア 日本 デンマーク デンマーク チェコ デンマーク
33 アイスランド フィンランド 米国 スイス ドイツ 日本 オーストラリア チェコ スイス 英国 日本
34 オーストラリア スイス 韓国 韓国 デンマーク チェコ デンマーク スウェーデン チェコ スイス ロシア
35 米国 デンマーク 日本 日本 スイス 米国 日本 日本 日本 韓国
(注)ピンクは日本、ピーチはその他G7諸国

(2015年12月11日収録、2016年2月25日評価点順位表でG7諸国にカラー、2018年10月13日1996年データから2016年データに更新、10月14日補訂)


[ 本図録と関連するコンテンツ ]



関連図録リスト
分野 金融財政
テーマ  
情報提供 図書案内
アマゾン検索

 
(ここからの購入による紹介料がサイト支援につながります。是非ご協力下さい)