エンゲル係数が上昇しているという動きが注目されている(図録2355参照)。

 日本において経済成長とともに戦後を通じ長らく低下し続けていたエンゲル係数が、2005年頃を境に、反転上昇していることが明らかになった時、日本のメディアや有識者は、政府が改善に向け真剣に取り組まないため顕在化した格差拡大のせいだと何の疑問もなく報じたり論じたりした。

 私は、日本の動きだけが取り上げられ、エンゲル係数の動きについて国際比較したデータが何故、参照されないのかが不思議でならなかった。世界共通の現象なら、わが国の局所的な社会現象の観点からではなく、もっと広い視野からそれが示す課題を明らかにできるはずだからである。そこでここでは主要国のエンゲル係数の動きを比較した。

 わが国以外では家計調査は本格的・継続的に行われてはおらず、行われているとしても基準が同一だとは限らないので、諸外国の家計調査を使うわけには行かない。そこで、作成基準が統一されているGDP統計(SNA)の国内最終家計消費の内訳から算出したエンゲル係数で各国の動きを比較してみた。

 コロナ禍が襲った2020年にレジャーや旅行など外出関連の消費支出が落ち込んだのに食費支出は巣ごもり消費で比較的堅調だったため日本のエンゲル係数は、前年の25.7%から27.5%へと急上昇した。

 2020年のデータが得られる国のうち、日本、イタリア、フランス、スウェーデン、米国では同様の動きが見られた(外食費が大きく落ち込んだ英国では20年はむしろ低下したが21年には上昇している)。2021年に入ると日本はやや低下、フランスは大きく低下し、通常年に向かう動きが見られる。2020〜21年の動きはコロナの影響でやや特殊なので、それを除いて、エンゲル係数の動きをたどって見ると以下のようにとらえられる。

 まず、エンゲル係数の各国の相対レベルは、余り、変わっていない。かねてより、米国が特別低く、日本、イタリア、フランスで高くなっている。スウェーデン、英国、ドイツは、両者の中間のレベルである。

 料理や食文化にそれぞれ特徴のある日本、イタリア、フランスで高く、ファーストフードの米国で特別低くなっている点が印象的である。料理が名物とされているかのランキングとエンゲル係数の高さがほぼ一致しているのが興味深い。すなわち、先進国だけ取ってみると、エンゲル係数は所得水準の差と言うよりは、各国の国民が食べ物にだれだけこだわるかの指標の側面が大きいといえよう。この点を示すデータを図録0212dから以下に再録する。


 欧米主要国の動きを見る限り、米国を除いて、反転の時期は異なるが、日本と同様に、下がり続けていたエンゲル係数が最近になって上昇に転じている。明確に反転とは言えない米国も横ばいか微増には転じている。

 ただし、反転上昇のカーブについて日本がもっとも鋭角的だとは言えよう。

 エンゲル係数の反転上昇の動きがこのように世界共通であるということは、日本のエンゲル係数の上昇が意味するものとして指摘されることが多い生活苦の拡大というよりは、先進国でおこっている共通の社会の構造変化を想定する必要がある。

 グルメ国かどうかは図録0210、韓国を含めOECD諸国のエンゲル係数比較は図録0212、世界各国の食料費割合比較は図録2270をそれぞれ参照されたい。

高齢化、共働き世帯増、食料価格高騰がエンゲル係数反転上昇の3大要因

 エコノミストらの分析を参考にすると、エンゲル係数の反転上昇の要因としては、主として以下の3つが想定される。

 第1に、高齢化である。先進国では高齢化に伴って、退職後の高齢世帯やひとり暮らし高齢世帯が増加している。食費以外の教育費などの負担が減る高齢世帯や食べ残しが多かったりするため食費が割高になりがちなひとり暮らし高齢世帯ではエンゲル係数が高くなるという特徴がある。従って、高齢世帯の割合が増えればエンゲル係数を押し上げる効果が働くのである。また、高齢化にともない生産年齢人口が減れば経済成長率が低下するのでエンゲル係数の下落を遅らせる効果もあろう。

 第2に、女性の社会進出や女性就業率の上昇にともなって、ますます共働き家庭が増え、各国で食費に占める調理食品や外食の割合が増えている。調理食品や外食は加工やサービスの費用が加わっているので、同じ栄養価を得るための費用は家庭内で調理する場合に比べると高くなるはずであり、食費を全体として拡大させる要因となっているのは間違いなかろう。

 第3に、食料価格の高騰が挙げられる。図を見ると、2009年には、日本、ドイツ以外の国でエンゲル係数が短期的に跳ね上がっているが、これは、2008年の穀物価格の急上昇の影響と見られよう。日本がその時期にエンゲル係数に大きな変化が見られなかったのは円高傾向が相殺要因として働いていたからである。

 その後も国際的な穀物価格は以前と比較して高値を続けており、これが各国の食料価格を上昇させ、結果としてエンゲル係数を押し上げる要因となっている。

 日本の場合は円安傾向や消費税引き上げがこれに拍車をかけている。2015〜16年の円安は日本のエンゲル係数を特異に上昇させる要因となった。また、2014年4月に消費税率が5%から8%に引き上げられた影響も加わっている。医療費や学校の授業料など非課税品目を含む消費全体に対して消費税が引き上げられた食料品価格は相対的に上昇したのである。報道によれば「総務省が14〜16年のエンゲル係数の上昇要因を分析したところ、上昇幅1.8ポイントのうち、円安進行などを受けた食料品の価格上昇が半分の0.9ポイント分を占めた」という(毎日新聞2017.2.18)。

 こうした高齢化、共働き世帯の拡大、食料価格上昇という3つの要因が世界の中でも特に日本で大きく作用していることが、エンゲル係数の反転上昇カーブが特に日本で鋭角であることにむすびついていると考えられよう。

 さらに私はもう1つの要因がエンゲル係数の反転上昇を目立たせる方向に作用したと考えている。

 日本で情報通信革命が通信費を上昇させた1995〜2005年の時期には、生活水準が上昇していなかったにもかかわらず、エンゲルの法則に反して、エンゲル係数が低下した(図録2355参照)。世界的に情報通信革命が進展していた同時期に、米国と英国を含めて、すべての国でエンゲル係数が下がり続けていた状況が認められる。

 すなわち、日本と同様に情報通信革命が大きく進行した時期にエンゲル係数が下方シフトし、それが落ち着いて来て、上記3要因によるエンゲル係数の上昇傾向が目立つようになったというのが、先進国共通の動きだと推測できよう(先進国の家計通信費の動きは図録6366参照)。

 エンゲル係数の今後の見通しについては、世界の潮流として、高齢化や共働き世帯の増加は、なお続くであろうし、世界的な食料価格の上昇も地球規模で極貧人口、飢餓人口が大きく減少しているのに伴う食料需要の増加のあらわれだとも考えられるので、なお解消していく可能性は低い。そうだとすると、エンゲル係数の上昇という先進国共通の動きは今後も、すなわちコロナの流行が収まったとしてもなお続いて行くと考えられよう。いな、むしろ、コロナの流行下で経験した家庭内で食事や料理を楽しむ生活態度が今後も定着し、エンゲル係数を高止まりさせる可能性さえあろう。

(2017年2月21日収録、12月24日日本以外更新、2018年2月3日韓国を参考データとして掲載、10月30日更新、2020年9月19日更新、2021年10月27日更新、2022年7月1日更新、7月16日プレジデントオンライン記事化に伴いコメント全面見直し、2023年1月20日更新)


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