各国のSNA統計にもとづく通信費の対GDP比の推移を示している。日本のSNA統計では2015年基準となった2019年計数から通信費単独の計上がなくなり情報・通信費としてまとめられてしまったが、OECDには通信費を分離して報告しているようであり、通信費データが得られる。 どの国でも通信費の負担増大は大きな民生上の課題となっている。2017年3月の中国の全国人民代表大会において「約1時間40分にわたった李克強首相の政府活動報告で、会場が最も盛り上がったのは政治・経済運営の大方針ではなかった。「携帯電話料金とデータ通信料のうち、省などをまたぐ長距離の上乗せ料金を年内に廃止する」と宣言すると、人民大会堂は約10秒にわたって大きな拍手が起きた。国有企業の通信業界に政府が指示できる構図があるとはいえ、政府活動報告で電話料金の値下げにまで言及するのは異例。中国メディアも一斉に速報した」(朝日新聞2017年3月6日)。 日本の場合、全国消費実態調査によると2009年から14年にかけて単身世帯の携帯電話通信料は3,416円から4,438円へと29.9%増となっている(図録6365参照)。 家計調査によると家計消費に占める通信費の割合は、1990年代半ば以降、2%前後から4%を大きく超え、5%に近づいた(下図、図録6350参照)。 家計支出における通信費には、旧来の郵便代、電話料金や宅配費用などを含んでいるが、やはり、携帯電話、スマホなどの通信費用が大きいと考えられる。携帯電話やスマホの機器価格を安くして通信費に事実上これが上乗せされているのであるからなおさらであろう。 2015年9月の経済財政諮問会議における安倍首相の「携帯電話などの家計負担軽減が大きな課題だ」という発言をきっかけに、有識者による「携帯電話の料金その他の提供条件に関するタスクフォース」が同10月から総務省に設けられ、この課題についての検討がはじまった。だが、初回の会合では、日本の通信料金は海外と比較して高くないというデータが示され、その結果、重点はむしろ携帯電話端末の実質ゼロ円販売の解消に移った。 さらに、それから3年後の2018年8月に、菅義偉官房長官が、高すぎる「携帯電話料金は4割値下げできる」と突如"数値目標"にまで踏み込んだ発言をしたことで、国内の携帯電話料金に再び注目が集まった。今回も、この点について有識者会議や審議会で検討がはじまったが、議論の基礎となる通信料金の海外比較を行っている総務省の価格調査は、スマホ料金について、日本は場合によって中位、場合によって最高値という結果となり、15年の時と比べると通信会社には不利な状況にある。 しかし、本当に、携帯電話などの通信料の家計負担は海外と比べて重くないのか。あまり利用されることがないデータだが、図には、OECDのSNA(GDP統計)データベースにより、主要先進国の家計における通信費支出の対GDP比の推移を示した。 各国で、家庭における情報通信革命が進展した結果、1990年代前半までと現在とでは、通信費対GDPのレベルが0.5〜1%ポイントほど上方にシフトしている様子が如実にうかがえる。 この上方シフトには一般に2つの特徴が見て取れる。すなわち、上昇が1995〜2005年の時期に集中して起こった点、および韓国に典型的に見られるように、いったん高騰した通信費が再度低下するという逆U字カーブ的な動きが見られた点である。 通信費の上昇が1995〜2005年の時期に集中して起こった点については、図録0211で、1995〜2005年の時期に主要先進国のエンゲル係数が下がり続けていたのは家計における通信費増大の圧迫によるものではないかと指摘した点を裏づけとなる動きとなっている。 日本の場合は、全体として通信費の上昇幅が大きく、現在は2%前後と、企業負担の通信費を除いた家計の通信費負担だけで、防衛費の2倍に達し、主要先進国の中で最高となっている点が目立つほか、例外的に逆U字カーブ的な動きがなく一貫して上昇してきた点が特徴的である。 ここでは詳細な国ごとの分析はできないが、逆U字カーブ的な動きの有無や程度は、以下のような条件によって影響されていると考えられる。
日本では2006年頃から急速に通信費の家計負担が増加しているが、携帯電話会社の寡占の進行が影響していると見ざるをえない。「日本では2006年にソフトバンクがボーダフォンを買収して以来、MNO大手3社のシェアが90%程度で推移する寡占状態が続いている。(中略)かつて携帯電話の分野で競争が始まった1990年代半ば、東名阪エリアでは7社が競合したが、その後、事業者の淘汰が加速した。2012年にソフトバンクが第4の携帯会社だったイー・アクセスを買収して以降は新規事業者の参入はなく、現在の3社による寡占が出来上がってしまった」(山田明「スマホ料金はなぜ高いのか」新潮新書、2020年、p.43、p.52〜53)。 イー・アクセスの買収などを通じ、基地局の整備費用が安価な周波数帯であるプラチナバンドという「稀少な電波資源を手に入れたことで、海外に比べて割高な料金で高収益を生み出す携帯電話事業のうまみを味わうと、孫氏は固定電話の時代には口癖だった「低料金」を口にしなくなり、今は携帯電話料金高止まりを批判される寡占事業者の一角になっている」(同書、p.77)。 つまりソフトバンクの孫氏がADSL事業への参入などで通信業界の既得権益を打破していた時期には、他国と比較して高くなることが抑えられていた通信費負担が、孫氏の寡占仲間入りが実現した以降は、そうした歯止めが利かなくなり、GDPの0.5%分ぐらい(つまり防衛費の半分ぐらい)の超過負担が消費者に生じたという訳なのである。 ドイツでは2010年から通信費負担の低下がはじまっている。これは通信基地局などの設備を大手から借りて通信サービスを展開する仮想移動体通信事業者(MVNO)が増えたためと思われる。「ドイツでは政府による促進策もあり、MVNOのシェアが5割近くに達するという。このMVNO拡大の動きに対し、大手MNO(設備をもつ移動体通信事業者)も対抗策として値下げしたことから、国内シェア首位のMNOの料金は3年間で71%も値下がりしたと言われる」(前掲書、p.42)。 フランスでは2011年から通信費負担の低下がはじまっている。こちらはMNO自体の増加によるものと考えられる。「フランスでは2012年にフリー・モバイルが第4の事業者として既存事業者の半分以下の料金プランを投入して市場に参入。一気に競争が活性化した結果、シェア首位の事業者は74%も料金を値下げしたと言われる」(前掲書、p.43)。 日本ではこうした競争の効果が生じていないのが通信費負担の高止まりに結びついたと考えざるをえない。 内閣主導の取り組みにより2020年の2.10%をピークに通信費対GDP比率はやっと低下に転じた点が最新のOECDデータによって確認される。それでも、なお、韓国を除く主要国と比較して通信費は割高である。 下には各国消費者物価指数で通信費の価格指数を総合価格指数で割った通信費の相対価格の推移を掲げたが、世界的に通信費の拡大が顕著となった1996年以降、英国以外の各国では半分以下に価格が低下しているのに対して、日本の価格低下は3割減に過ぎない。家計の通信費負担が日本の場合特に重たくなっている一因がここにあることは確かであろう。日本では通信会社の寡占の弊害が大きくなっていると見るのが当然だと思うが、巨大な広告主に慮ってマスコミはこの点を余り取り上げないようである。 データを見る限り、家計における通信費負担は、日本の場合、今や、先進国の中で最も重くなっていることは否定しがたい状況となっており、安倍首相や菅官房長官の問題提起は、もっともなことだったと言わざるを得ないだろう。問題提起の翌年以降の2016〜18年にはさらに家計調査における通信費割合が減るどころかむしろかなり上昇しているのは皮肉な結果といえよう。 ここで取り上げた国以外を含む世界各国の家計通信費の対GDP比については図録6367参照。 (2017年2月22日収録、図録6367の冒頭部分を当図録へ移動、2月23日コメント補訂、3月6日中国全人代記事、12月24日更新、2018年5月25日通信費の相対価格の推移、2019年1月18日更新、2020年9月17日更新、9月26・28日山田氏著書引用、10月3日最新年の値を凡例に表示、2023年1月17日更新、日本の最近は情報通信費を掲載、2024年5月30日OECD.StatからOECD Data Explorerにデータ源を移して更新)
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