1.エンゲル係数の長期推移

 最近、エンゲル係数が急上昇している点が注目されている。まず、最近の動きを長いエンゲル係数のトレンドの中に位置づけてみよう。上図には戦前からのエンゲル係数の長期推移を示した。

 2020年はコロナの影響で消費支出が-5.3%と大きく減少した半面、家庭での消費は堅調で、食費も1.6%増と前年並みに増加したのでエンゲル係数は27.5%へと急上昇した。2021年、22年とコロナの影響は弱まりつつあったが、2023年には一転して、再度上昇、27.8%とコロナ時を上回り、近年の最高値を更新した。これは、異常気象、ウクライナなどの国際情勢の悪化などによる食材価格上昇、輸送費高騰で、食料品価格が消費者物価の中で目立って上昇しているためである。2020〜23年は特殊な動きなので以下のコメントでは考慮していない。

 エンゲル係数の国際比較は図録0211、図録0212及び図録2270参照。

 戦前からのエンゲル係数の推移を見ると、明治期以降大正の1910年代まではほぼ65%前後で推移していたが、大正から昭和戦前期にかけて50%程度までに低下した。戦前でも大正時代以降には食べ物以外の消費生活のための支出が増加し、生活の向上が図られたことがうかがえる。

 現在では、インド、スリランカのエンゲル係数は3割前後であるなど途上国でも多くの国が現在は5割を切っている(図録2270)。戦前期の日本はこれをはるかに上回っており、この時代の日本人はギリギリの生活を送っていたことが分かる。

 その後、第2次世界大戦中や戦後直後の食糧難時代には再度エンゲル係数は60%程度まで上昇したが、経済復興の過程で1950年代に戦前水準まで低下したのち、その後の高度経済成長期以降に現在の20%台の水準へと急速に低下した。

 家計に占める食費の割合であるエンゲル係数は、生活水準に反比例するというエンゲルの法則が時系列でも同時点の階層別でも当てはまると考えられている。エンゲル係数の長期的な低下傾向が経済発展にともなう生活水準の上昇によるものだという理解は大きくは間違っていないだろう。戦時期の変異を除いて考えると、経済発展に対応してほぼロジスティック曲線にそったエンゲル係数の低下が認められよう。

 ところが、2000年代の後半以降は、再度、エンゲル係数が上昇しており、2016年には25.8%と1987年のレベルにまで戻し、その後3年間は25.7%となお高い水準が続いている。戦後の一貫した傾向が逆転したため、やや、おどろきをもって受け止められているといえる。

 こうした最近のエンゲル係数の上昇については、次のような要因が考えられている。

(短期的要因として)
収入の伸び悩み・減少(エンゲルの法則どおり収入が減っても食費は減らせない)
消費税アップによる実質的な生活水準の低下
円安効果(輸入が多い食料品の相対価格の上昇の影響)
(長期傾向だが最近強まった要因として)
共稼ぎ夫婦の増加(惣菜・弁当などの中食や外食の増加)
高齢者世帯の増加(教育費やマイカー費などの減。食費は減らせない)
1人世帯の増加(1人分の食料購入は割高)
安全志向・グルメ志向(高額につく安全な食品あるいは美食へのこだわり)

 エンゲルの法則からは、収入や税金の動きに伴う生活水準の低下がエンゲル係数の上昇にむすびついたとする見方が説得的である。最近アベノミクスのマイナス面が顕在化しているという見方とむすびつける理解がここから生れる。

2.エンゲル係数の最近の謎めいた動き

 しかし、生活水準の低下は今にはじまったことなのだろうか。バブル崩壊以降、生活は徐々に苦しくなってきたのではないか。そうであるなら今になってエンゲル係数が上昇しているのは何故かがむしろナゾとなる。この点を明らかにするため、時系列的な生活水準とエンゲル係数の動きを相関図を描いて確かめてみよう。

 家計の実質的な生活水準の動きを図るために「消費水準指数」が家計調査を実施している総務省統計局によって公表されている。これは、家計調査による消費支出額をもとに物価の変動による影響を取り除き、また、世帯員数の変化が実質的な生活水準に大きな影響を与えるので(例えば、2人世帯でも3人世帯でも冷蔵庫は一つ必要であり同じ消費支出額でも人数が少ないと生活が苦しい)、世帯員数の構成が不変として計算した指標である(さらに世帯主の年齢も不変として計算しているが世帯員数の構成の方の影響の方が圧倒的に大きい)。

 下図に消費水準指数をX軸、エンゲル係数をY軸にとって、毎年の動きを示した。


 生活水準が低下しはじめた(X軸を左に移動しはじめた)のはバブル崩壊の1993年以後の傾向だが、その時期、エンゲル係数が下がっており、異例な動きだった。最近、やっとエンゲルの法則に沿った動きとなっている。エンゲルの法則は、1981〜93年の期間、及び2004年以降には、消費水準指数とエンゲル係数とが傾向線に沿った動きとなっていることから、おおむね、当てはまっており、その間の1993〜2004年に約3%ポイントのエンゲル係数の下方シフトが生じたことが理解される。

 この時期に何が起ったのであろうか。実は、この時期は、情報通信革命が家計に大きな影響を与えた時期なのである。

 参考図にパソコン・携帯電話の普及率推移や家計における通信費割合の推移を掲げておいた。1990年代後半から2000年代前半にかけての時期は情報通信機器が家庭に急速に浸透し、家計支出に占める通信費割合が2%から4%へと一気に2倍となったという非常に大きな変化が生じたのである。通信費などはその後もじりじり上昇しているが、なお4%台を継続しており、一時期ほどの上昇スピードではない。この時期、生活が苦しくなっていたにもかかわらず、それまではゼロであったパソコン、インターネット、携帯電話・スマホといった新技術に要する経費が急にふくらんだため、食費を必要以上に切り詰めざるを得ず、その結果、エンゲル係数はむしろ下がっていたと考えられる。最近は、変化が一段落し、こうした新技術への家計支出が一時期ほど大きくふくらむ情勢ではないので、エンゲルの法則が再び働くようになり、生活水準の低下に応じてエンゲル係数が上昇しているのではないかと考えられる。

 すなわち、携帯電話普及の時期に、本来上がるべきエンゲル係数がむしろ下がっていたので、それが生活水準の上昇が継続しているという錯覚を生じさせることになり、その結果、最近のエンゲル係数の上昇が突然の現象に見えることになったと捉えることができる。

 なお、傾向線に沿った動きを示している時期でも、傾向線からの乖離が目立っていたケースが、2度、認められる。一つは、1980年代後半から1990年代の前半にかけての時期にエンゲル係数が傾向線よりやや上向いたケースである。これは外食費が拡大した時期に当たっており、バブル経済の影響だと考えられる。もう一つは、2015年〜17年にそれまでの傾向と比べてエンゲル係数が跳ね上がったケースであり、これは円安の進行による食料価格の相対的上昇が影響している可能性が高いといえよう。我が国における最近のエンゲル係数の急上昇が円安効果によるところが大きい点については主要国のエンゲル係数推移の比較からも裏づけられる(図録0211参照)。

(2017年2月18日図録2350のコラムを独立化し、消費水準指数との相関図を加え新設、2018年7月24日更新、8月11日長期推移資料名改訂、2020年2月7日更新、2021年10月27日更新、2022年2月21日更新)


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