創業ないし設立から100年以上経っている企業を老舗企業とすると、日本の老舗企業数は5万社(後藤俊夫)とも、10万社以上(横澤利昌)ともいわれる。帝国データバンクのデータベースによれば、老舗企業は日本に約2万社あり、企業全体の1.6%にのぼっている。そのうち200年以上経っている江戸時代以来の老舗企業は938社、300年以上の老舗企業は435社とだんだん少なくなるが、それでも結構な数にのぼる。

老舗企業数(2008年)
  企業数(社) 構成比(%)
企業総数 1,188,474 100.00
100年以上(老舗企業) 19,518 1.64
うち200年以上 938 0.08
うち300年以上 435 0.04
(注)宗教法人、学校法人、医療法人等非営利法人を除く営利企業ベース。帝国データバンク企業概要データベース「COSMOS2」による。
(資料)帝国データバンク史料館・産業調査部編「百年続く企業の条件」朝日新書(2009年)

 ここでは、業歴800年を超える「超」老舗企業をはじめとした創業年次ランキングの図録を作成した。

 日本最古であるばかりでなく世界最古とされるのは、大阪の「金剛組」であり、何と創業は大化改新以前の元号もない時代であり、2009年までに1431年も続いている。江戸時代までの金剛組は四天王寺のお抱え宮大工としてとして毎年一定の禄を得ていたが、明治維新以後の廃仏毀釈により、四天王寺が寺領を失い、戦後には、金剛組は需要の少なくなった寺社建築ばかりでなく、マンション、オフィスビルなど一般建築も手がけるようになった。金剛組もバブル崩壊の影響を受け、他のゼネコンの支援を受け、債務を切り離して従業員や宮大工を新会社に引き継ぐかたちで存続を図ったという。

 2位以下は温泉旅館が続く。また清酒製造なども目立っている。


 参考までに老舗企業数の多い業種を上に掲げた。

 温泉旅館、酒類(製造・小売・卸)、服飾などの老舗企業が多いことが分かる。

 創業年次以来に経過した時間の長さを棒グラフで示したランキング・グラフを見ると様々な企業が非常に長い業歴をたどっていることが印象的である。

 「新日鐵」、「伊藤忠商事」といった明治維新前後以降の老舗企業は長い歴史を有しているとはいっても、江戸時代前期以前からの老舗企業と比べるとまだまだ大した年月を経ていないことがうかがわれ興味深い。

 所在地をみると京都が多いほか、全国各地に及んでいる。また東京は少ない。現在は東京に本社を置いている企業でも発祥は東京以外である場合がほとんどである。

 本社を移動した老舗企業の例を上から見ていくと「虎屋」は現在東京に本社があるが、発祥は京都であり、「中興の祖である黒川円仲のころには後陽成天皇(1586〜1611年在位)への御所御用をしていたという記録が残る。...御所の東京遷都にともない、引き続き御所御用を勤めるため虎屋は東京にも出店した。御所御用の菓子司はほかにもいくつかあったが、ほかの店は京都に残った。」(帝国データバンク前掲書)

 次ぎに布団の「西川産業」であるが近江八幡から出ている。純粋東京(江戸)が発祥地であるのは白木屋に遡る「東急百貨店」、日本橋「三越」、そして「にんべん」、「東京風月堂」ぐらいである。東京は我が国の中でそれほど歴史の深い都市ではないことがこうした事実からうかがわれる。

 グラフには近江商人が起こした企業が多く含まれているが、近江の国(滋賀県)で老舗企業が多い理由については図録7465(都道府県別の老舗企業数)を参照。

 老舗企業同士で創業年次が係争の的になる場合がある。

 「八つ橋」について、2018年6月、八つ橋の大手「聖護院八ツ橋総本店」が元禄2(1689)年創業をうたうのは虚偽だとして、1805年創業とされるライバル店の老舗「井筒八ツ橋本舗」から、不正競争防止法に基づき、創業年などの表示をやめ、600万円の損害賠償を支払うよう訴えが起こったことが話題となった。

 これは、起源についての定説がない中で、自らが最古と特定の企業が積極的にPRすることで同業他社の信用が傷つけられたとされたものである。

 なお、世界的なパースペクティブで見た日本の老舗企業の特徴については図録5408(世界の老舗企業)を参照されたい。

グラフ掲載の老舗企業の概要
創業年 企業名 所在地 業種 備考
578 金剛組 大阪市天王寺区 建築工事業 聖徳太子に百済から招かれた宮大工初代金剛重光が四天王寺を建立して以来、寺院建築に携わる。2006年の経営危機で新しい金剛組が営業権の譲渡を受け、宮大工も引受けて発足し、企業存続
705 西山温泉慶雲館 山梨県早川町 温泉旅館 武田信玄や徳川家康の「隠し湯」といわれる
717 古まん 兵庫県豊岡市 温泉旅館 兵庫県城崎温泉「千年の湯 古まん」経営。湯治場として創業
718 善吾楼 石川県小松市 温泉旅館 石川県粟津温泉「法師」経営。湯治場として創業
771 源田紙業 京都市上京区 紙業 戦前まで水引を製造。現在祝儀用品、紙製品を取り扱い
889 田中伊雅佛具店 京都市下京区 仏具製造販売 主に真言宗寺院向け仏像、華鬘けまん厨子ずし、灯籠などを製造販売
1141 須藤本家 茨城県笠間市 清酒製造 現在日本で最も古い酒蔵。「郷の誉」ブランド
1160 通圓 京都府宇治市 緑茶製造販売 初代は現在も本店がある宇治橋のたもとで茶を供したといわれる
1170
〜81
五郎兵衛飴本舗 福島県会津若松市 飴菓子製造販売 前九年の役に八幡太郎義家に従い下向し土着したという長谷川家は変わらぬ味と製法を守り現在38代目。家には文治4(1189)源義経公が平泉落ちの途中に立ち寄り飴を所望した際の代金の借証文(武蔵坊弁慶自筆)が残る
1184 ホテル佐勘 仙台市太白区 温泉旅館 仙台市秋保温泉「ホテル佐勘」経営。伊達家湯浴み御殿として栄える
1189 伊藤鉄工 山形県鶴岡市 機械部品製造 鋳物師として創業。現在は空調機器用の特殊バルブなどを製造
1191 御所坊 神戸市北区 温泉旅館 神戸市有馬温泉で「陶泉 御所坊」経営
1190
〜99
白鷺湯たわらや 石川県加賀市 温泉旅館 平安〜鎌倉時代に再興された石川県山中温泉「白鷺湯 たわらや」経営
1319
〜21
三光丸本店 奈良県御所市 配置薬製造販売 三光丸の前身「紫微垣丸しびえんがん」と名付けられた薬つくられる。1336年、後醍醐天皇から「三光丸」の名を賜り、「紫微垣丸」の名に代えて使用しはじめ、越智氏の中で米田家が三光丸を継承して現在に至る
1337 まるや八丁味噌 愛知県岡崎市 味噌製造 太田弥治右エ門が元岡崎市八帖町で味噌製造をはじめる
1349 塩瀬総本家 東京都中央区 菓子製造販売 初代林浄因が中国より来日、奈良に住し日本で初めて餡入りの饅頭を作り売り出す
1428 佐久ホテル 長野県佐久市 旅館 紀伊国造三十八代末裔の望月城の望月河内守滋野朝臣光尚が現在の佐久ホテルの場所で領主として宿泊や料理を提供(当館の祖)とされる
1465 尾張屋 京都市中京区 蕎麦屋 菓子司として始まり次第に、そば処としても、京の町衆に親しまれるようになった
1487 飛良泉本舗 秋田県にかほ市 清酒製造 「飛良泉」ブランド
1504 ういろう 神奈川県小田原市 製薬・製菓 始祖である帰化中国人陳延祐が元官職名から陳外郎ういろうと称したことから家名が生じた。足利義満の招きで京都に移った二代目が両方ともに「ういろう」と呼ばれるようになったくすりとお菓子を作り出し、これらが1504年に分家し、北条早雲の招きで小田原に移った小田原外郎家により受け継がれている。お菓子のういろうと同様の蒸し菓子が名古屋、京都、山口など各地で名産品となっている。二代目市川團十郎の自作自演でヒットした「外郎売ういろううり」は去痰をはじめとして万能薬として知られたくすりのういろうの効能を言い立てる演目
1505 剣菱酒造 神戸市東灘区 清酒製造 「剣菱」ブランド
1526 虎屋 東京都港区 菓子製造販売 京都の御所御用菓子商人として創業、遷都とともに東京へ

■虎屋の歩み(朝日新聞(2017年1月9日)
室町時代後期 京都で創業
1695年 現存する虎屋最古の菓子見本帳を作成
1805年 9代当主の光利が「掟書」をまとめる
1869年 遷都にともなって東京に進出
1924年 店頭での販売を開始
1962年 東武百貨店池袋本店に出店
1980年 パリに出店
1991年 17代当主、黒川光博氏が社長就任
1992年 社員自己啓発支援制度「Egg21」を導入
2003年 トラヤカフェ
2007年 とらや東京ミッドタウン店開店。静岡県御殿場市にとらや工房を開設
2016年 トラヤカフェ・あんスタンドを出店
1532 山路酒造 滋賀県木之本町 清酒製造 「北國街道」ブランド
1548 吉乃川 新潟県長岡市 清酒製造 「吉乃川」ブランド(2016.3.29に図からは削減)
1550 小西酒造 兵庫県伊丹市 清酒製造 「白雪」ブランド
1560 鍋屋バイテック 岐阜県関市 動力伝導装置製造 岐阜市にて鋳造業として創業。本家ナベヤ(鋳物、精密治具)と同根企業
1566 西川産業 東京都中央区 寝具卸 近江商人西川仁右衛門が創業。近江の蚊帳を商って以来「睡眠」にこだわり
1579 中屋彦十郎薬舗 石川県金沢市 生薬・漢方薬販売 山城から金沢に移った中屋家の二代目創業の薬種商に由来する。江戸時代には家伝薬混元丹こんげんたんが広く常備薬として使われたのに加え、前田家伝来の加賀三味薬といわれる紫雪しせつ烏犀円うさいえん耆婆万病円きばまんびょうえんの製造販売を許可された。中屋家の旧商家は市に寄付され金沢市老舗記念館となっている
1582 印傳屋上原勇七 山梨県甲府市 かばん・袋物製造 鹿革の伝統工芸品「甲州印伝いんでん」最古参企業
1573
〜92
ヒガシマル醤油 兵庫県たつの市 しょうゆ等製造 播磨国守護大名赤松一族の家臣片岡治兵衛が、龍野で幾久屋きくやの屋号で醸造を始める。1666年、龍野でうすくち醤油誕生
1584 ヤマトインテック 長野県塩尻市 銑鉄鋳物製造業 初代濱伊右衛門清賢が松本領主により相模から招かれ鋳物師いもじとして創業。戦後もエクステリア製品、さらにターボチャージャー部品へと転身
1585 メルクロス 東京都中央区 各種商品卸 近江商人初代西川勘衛門数吉が滋賀県近江八幡で農産品を商い始めたのが原点。西川商店から改名
1586 松井建設 東京都中央区 一般土木建築工事業 初代松井角右衛門が越中守山城(富山県高岡市)の普請に従事したのが始まり、社寺建築に長い実績
1590 住友金属鉱山 東京都港区 銅一次精錬・精製 住友家の業祖、蘇我理右衛門、京都において銅製錬・銅細工を開業。1691(元禄4年)別子銅山(新居浜市)の稼行開始から住友グループ形成へ
1596 豊島屋本店 東京都千代田区 酒問屋 初代が鎌倉河岸(千代田区神田橋付近)で酒屋兼量り売りの一杯飲み屋をはじめたのが「居酒屋」のルーツとされる(図録7840)。当初は上方からの下り酒と豆腐の田楽を売っており、同じく初代が考案したひな祭りの白酒とともに江戸で絶大な人気を博した。明治中期に自社の酒を手掛け、昭和初期の「金婚」、最近の純米吟醸「羽田」など東京の地酒として人気を集める(東京新聞「ジモトのFood」2015.10.23)。
1602 養命酒製造 東京都渋谷区 蒸留酒・混成酒製造 信州塩沢家が開発製造、1603年家康から日本初のブランドともいわれる「飛龍」の印の使用許可を得る。1923年信州の株式會社天龍舘が設立され、塩沢家より養命酒の事業を継承
1610 竹中工務店 大阪市中央区 一般土木建築工事業 織田信長の元家臣、初代竹中藤兵衛正高が名古屋で創業。神社仏閣の造営を業とする。1899年 14代竹中藤右衛門神戸に進出、創立第1年とされる
1611 松坂屋 名古屋市中区 百貨店 元織田家の小姓の子孫である伊藤蘭丸祐道が名古屋本町ではじめた呉服小間物商いが最初
1616 ヒゲタ醤油 東京都中央区 しょうゆ等製造 田中玄蕃が千葉県銚子にて溜り醤油の製造販売を始めたのが嚆矢
1615
〜24
エイラクヤ 京都市中京区 手ぬぐい製造 麻や綿の着物を扱う太物問屋として創業した永楽屋細辻伊兵衛商店の名称の由来は戦国時代、織田信長から命をうけ先祖が出陣した際、直垂ひたたれに永楽通寳の紋が入っていたことからといわれる
1624 カステラ本家福砂屋 長崎県長崎市 生菓子製造 中国「福」州の「砂」糖などを扱う福砂屋がポルトガル人よりカステラ製造を伝授される
1637 月桂冠 京都市伏見区 清酒製造 京都伏見の代表的蔵元。清酒業界2位
1645 ヤマサ醤油 千葉県銚子市 しょうゆ等製造 初代・濱口儀兵衛が「山笠にキ」の暖簾を考えるが、紀州徳川家の船印と同じだったため、キを横向きにした所、サと読めることからヤマサとした
1650 タカサゴ 東京都千代田区竹橋 洋食 神田三河町にて一膳飯屋・高瀬屋七兵衛として創業、明治に入って高砂屋に屋号変更、1966年パレスサイドビル開業時に移転、カレー屋タカサゴに変更(実際は洋食屋)、現在に至る(神田学会HP)。
1658 大木製薬 東京都千代田区 製薬 近江商人大木口哲が江戸両国に創業し滋養強壮薬「大木五臓圓」を売り出したのが大木製薬などからなる健康産業の大木グループのルーツ
1661 伊吹堂亀屋佐京商店 滋賀県米原市 もぐさ製造販売 近江商人松浦七兵衛創業の艾(もぐさ)専門店としてそのまま存続。広重の木曽海街道六拾九次之内柏原に店頭風景。福助人形発祥の店。司馬遼太郎「街道をゆく/近江道散歩」に記述。
1662 東急百貨店 東京都渋谷区 百貨店 日本橋呉服店・百貨店白木屋しろきやが1958年電鉄系東横百貨店と合併し現在に至る
1669 岡谷鋼機 名古屋市中区 鉄鋼商社 金物商として創業。現在中部地方最大の独立系鉄鋼商社
1673 三越 東京都中央区 百貨店 1683年店頭現金掛け値なし(正札販売)方式をはじめて採用、庶民層まで顧客層を広げる
1699 にんべん 東京都中央区 水産食料品製造 初代高津伊兵衛が日本橋で、戸板を並べて鰹節と塩干類の商いを始めた年を創業年としている
1700 外與(とのよ) 大阪市中央区 婦人・子供服卸 近江商人外村与左衛門が創業。当初、麻を商う
1700 福田金属箔粉工業 京都市山科区 非鉄金属製造 俳諧師の福田鞭石が京都室町で金銀箔粉商井筒屋を創業
1707 赤福 三重県伊勢市 生菓子製造 伊勢神宮参拝者向けに「赤福餅」を販売
1717 大丸 大阪市中央区 百貨店 下村彦右衛門正啓が京都で呉服商を出発点として両替商を兼営
1721 ホワイトローズ 東京都台東区 ビニール傘製造 甲州武田家の血を引く初代武田勝政が江戸に出て「武田長五郎商店」として刻みたばこ卸を創業。4代目から使っていた油紙を使い武士向けカッパの雨具商に進出。油紙と同じ用途として戦後取り組んだビニール製傘カバー製造から1958年頃ビニール傘開発。1964東京五輪の際に米国バイヤーが持ち帰りビニール傘が世界的普及。50社あった国内ビニール傘メーカーは撤退、現在唯一の国産ビニール傘製造メーカー
1726 中北薬品 名古屋市中区 医薬品卸 初代中北伊助により創業
1753 東京風月堂 東京都中央区 生菓子製造 初代大住喜右衛門が“大阪屋”を屋号として菓子屋を営んだのがはじまり
1758 イオン 千葉市美浜区 スーパーストア 初代岡田惣左衛門が太物・小間物商「篠原屋」を開業、岡田屋、ジャスコを経て現在へ
1781 武田薬品工業 大阪市中央区 医薬品製剤製造 道修町に出てきた長兵衛が薬種仲買商の近江屋喜助の下で奉公したあと「のれん分け」によって独立し薬種商「近江屋」を開いたのが始まり
1801 鈴与 静岡市清水区 港湾運送 初代鈴木與平(現社名はこの名前が由来)が駿河国清水湊で船舶を利用した物流業「播磨屋」を創業
1804 ミツカン 愛知県半田市 食料飲料卸 中野又左衛門により尾張国半田村で酒造業としてはじまる。創業年は分家して新たな家業として酢の醸造を始めた年。酒かすを使った酢が評判になり、江戸で流行していた握りずしの店に供給するようになった(毎日新聞「もとをたどれば」2016.12.4)。図録0354(すしの歴史)参照。
1815 ナイカイ塩業 岡山県玉野市 塩製造 創業者野ア武左衛門が倉敷市児島において塩田事業を始めたのが発祥。もと内海塩業
1830 そごう 大阪市中央区 百貨店 十合伊兵衛そごういへえが、大阪の坐摩神社(陶器神社)近くに古手屋(古着屋)「大和屋」を開業。1877年大阪の心斎橋筋に大和屋を移転。十合呉服店と名付けたのがはじまり。
1831 高島屋 大阪市中央区 百貨店 近江の飯田新七が創業。商号は、創業者本家出身地の高島郡(現在の高島市)から
1854 尾崎商事 岡山市北区 学生服製造 綿糸卸として創業。1923年に学生服・作業服の大量生産を開始
1857 新日本製鐵 東京都千代田区 高炉製鉄 釜石で、日本初の洋式溶鉱炉の出銑に成功したのがはじまり
1858 伊藤忠商事 東京都港区 総合商社 近江商人伊藤忠兵衛が創業。麻布の持ち下りから
1868 マルハチ村松 静岡県大井川町 調味料製造 村松善八商店が発足し鰹節製造法の改良に専念したのがはじまり
(注)(資料)グラフと同じ

(2009年10月14日収録、別ソースにより、中抜けとなっていた14〜15世紀創業の5企業追加、2015年10月24日豊島屋本店追加、12月26日五郎兵衛飴本舗追加、2016年3月29日ういろう、大木製薬追加、2017年1月9日虎屋年表、2018年6月7日八つ橋事例、2019年3月5日ミツカン補訂、7月10日中屋彦十郎薬舗追加、2023年11月10日伊吹堂亀屋佐京商店追加、2024年6月28日ホワイトローズ追加、11月30日タカサゴ追加)


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