20世紀は歴史上もっとも血なまぐさい世紀だったという決まり文句になっている理解は、本当なのだろうか。こうした事実については2つの錯覚が伴いがちである。すなわち、世界の人口規模との対比が評価から抜け落ちる。また、目立った事柄ほど起きる頻度が高いと思ってしまう錯覚(ノーベル賞受賞心理学者カーネマンらによって想起ヒューリスティックと名づけられたもの)である。この2点を修正しながら、実際のところを評価するため、スティーブン・ピンカーは、ここで図録化したデータを掲げている(「暴力の人類史」上巻、p.357)。

 実数では、第2次世界大戦と中国における毛沢東時代の飢饉が、それぞれ、5500万人、4000万人の死者を出し、世界史上の2大災厄となっている。

 このデータでは毛沢東の政策が原因となって発生した人災として中国の1959〜61年の飢饉による死者数が4000万人となっているが、一般にはこの飢饉による餓死者数は3000万人とされている(図録8210コラム参照)。

 20世紀に起った第一次世界大戦、ロシア内戦、スターリンの大粛清、中国の国共内戦などの惨禍をこれに加えると、確かに、20世紀は人間が引き起こした出来事によって、最も多くの人命が失われた世紀だったといってよいであろう。

 だが、19〜20世紀は人口が爆発的に増大した世紀でもある。それ以前の死亡者数は当時の世界の人口規模からすればインパクトが現在より大きかったと見積もられる。この点を明らかにするため、それぞれの出来事による死者数を20世紀中盤の人口に換算した値をグラフに同時に示した。

 すると世界史上最大の死亡者を出したのは中国の安史の乱の3600万人(換算死者数4億2900万人)ということになる。「人口比で見た史上最悪の残虐行為は、中国唐時代の8年間にわたった安禄山の乱および内乱(安史の乱)である。人口調査によればこの戦乱で唐の人口の3分の2が失われたとあり、これは当時の世界人口の6分の1にあたる」(p.358)。もっともこの死者数は過大といる見方もある。安史の乱の内容とその数字がどのように過大かについては図録8280を見よ。

 スピーディな大量殺戮の方法を駆使したことで目立っているのは、スキタイ人、フン族、モンゴル人、チュルク人、マジャール人、タタール人、ムガール人として知られるアジアのステップの騎馬集団だった。彼らの引き起こした征服・殲滅戦は、図中の「ローマ滅亡」、「モンゴル帝国の征服」、「ティムール」、「明朝滅亡」の4つもに含まれている。「13世紀のモンゴル人によるイスラム世界への侵攻では、中央アジアの都市メルブだけでも130万人が虐殺され、バグダッドでは住民80万人が犠牲になった」(p.359)。

 モンゴル人の乱暴ぶりは現代にまでしるしを残しているらしい。「モンゴル帝国初代皇帝チンギス・ハンにとって、人生の快楽とは次のようなものだった。「男にとって最大の歓びは、敵を征服し駆逐することだ。彼らの馬に乗り、財産を奪い、彼らの愛する者が涙を流すのを見ること、彼らの妻や娘を抱くことだ」(Gat,2006など)。それがただの大言壮語ではなかったことを現代の遺伝学が証明している。今日、かつてのモンゴル帝国の版図に住む男性の8%は、チンギス・ハンの時代にまで遡る同一のY染色体をもっており、このことは、それらの男性がチンギス・ハンやその息子たち、そしてかれらに抱かれた多数の女性たちの子孫であることを示している可能性が高い(Zwejal et al., 2003)」(p.359)。

 その他、中東および大西洋の奴隷貿易やアメリカインディアンの掃討による犠牲者も当時の人口規模からすると第2次世界大戦を上回る規模の尋常ならざる災厄だったことがうかがわれる。

 20世紀中盤の人口に換算した死亡者数の歴史的推移を概観すると、とても20世紀だけが血塗られた世紀と結論づけることはできないことが明白となろう。むしろ、戦争や人災による暴力の程度は低まってきているともとれるのである。

 この図に記載されて出来事以降では、朝鮮動乱による300万人、ベトナム戦争による236万人の犠牲者が目立っているが(図録5228)、この図に追加記載しても目立たない事件ということになってしまう。ましてや冷戦後の民族紛争やアルカイダやISのテロなどは犠牲者数規模的には比較にはならない(図録5229)。

取り上げた歴史事象は、ローマ滅亡、安史の乱、モンゴル帝国の征服、ティムール(タメルラン)、ユグノー戦争、ロシア動乱時代、三〇年戦争、明朝滅亡、中東奴隷貿易、大西洋奴隷貿易、アメリカンインディアン撲滅、ナポレオン戦争、太平天国の乱、英領インド(大半は防げたはずの飢饉)、コンゴ自由国、第一次世界大戦、ロシア内戦、ヨシフ・スターリン、中国の国共内戦、第二次世界大戦、毛沢東(主に政策が原因の飢饉)である。

(2016年10月11日収録)


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