主要国の家計貯蓄率の推移を、OECD Economic Outlookの付属統計表ベースのデータによってグラフ化した(データ源はOECD.Stat)。

 家計の可処分所得は、一方で、消費に回され、他方で、貯蓄される。消費に回される分の比率を消費性向と呼び、貯蓄に回される比率を貯蓄率と呼ぶ。消費性向と貯蓄率は足して1となる性格のものである。貯蓄に回された部分は、銀行預金を通じて、あるいは直接的な社債や株式の購入によって、企業の投資原資となるので、産業の発展を国内で支える基盤となるものとして重要視される。

 ここで算出のベースとなっているSNA(国民経済計算)では、家計の所有する持ち家について、自分で自分に家賃を払っている形となっており(いわゆる帰属家賃)、所得にも消費にもこれが含まれている(賃貸住宅であると消費のみ)。貯蓄率は貯蓄を所得で割った値なので、帰属家賃が大きく評価されると、貯蓄率自体は低くなる。また純貯蓄率の「純」は家計所得から家計資産の固定資本減耗を差し引いているという意味である。また年金基金に対する持ち分(equity)の純増も貯蓄に含まれている。

 日本の家計貯蓄率は1990年以降低下傾向を続け、はじめて2014年にほとんどゼロとなった(更新前:マイナスを記録している)点が目立っている。しかし、その後は反転して大きく回復している。

 2020年はコロナ禍の影響で各国で消費が大きく落ち込み、結果として貯蓄率が大きく上昇している。2021年も同様の理由で前年ほどではないが貯蓄率がなお高くなっている国がほどんどである。

 貯蓄率を左右する要因として以下のような要素が指摘される(【コラム】も参照)。

(1)高齢化

 退職者が増えれば貯金を取り崩し貯蓄より消費が上回る者が多くなる筈であるので、高齢化は貯蓄率の低下を招くとされる。近年の日本の家計貯蓄率の低下は高齢化によるものとされるのが一般的である。ところが、日本と同様、高齢化が進んでいるドイツ、フランスでは貯蓄率が必ずしも減っていない(イタリアは日本と同様貯蓄率低下傾向だが)し、それほど高齢化が進んでいない韓国で貯蓄率が低下しているのも理解できない。また家計に対する調査からは年齢別の貯蓄率を計算しても必ずしも高齢者の貯蓄率が低いと言いきれないという研究結果も出ている。

(2)社会保障への政府の関与

 老後の備え(老齢年金)、あるいは失業、病気への備えに対して政府の財政支出の占める部分が多ければ、個人は貯蓄する必要がないため貯蓄率は低くなるはずである。確かに変動が大きいもののスウェーデンの貯蓄率は以前は低水準だった(注)。従来、日本の貯蓄率の高さは、安定を望む国民性や社会保障への期待薄から説明されてきた。そうであるとすれば、近年の貯蓄率の低下は、日本における社会保障への財政関与の拡大で説明しても良さそうであるが、そうした見解は余りきかない。2008年に本来不安定雇用である派遣労働者が派遣切りにあってパニックに陥ったのは、個人的な貯蓄を行っていなかったからだろうと考えられる。社会保障制度が充実して一般的に貯蓄する気風が衰えたのに伴って、保障制度に守られていない派遣労働者までその気風に染まってしまったのが悲劇の原因とは言えないであろうか。

(注)スウェーデンは社会主義的な国柄で国民自らは余り貯金などしていなかったので国の財政危機には敏感であるそうだ−図録4740参照。変動の激しさもこのためかもしれない。また、最近は、図録5100で見ているように、社会保障改革が進み、国の財政に頼れないと思うようになったせいか、貯蓄率が大きく上昇している。
 世界的な物流の発展からグローバル化の歴史段階論を展開している歴史学者のマルク・レヴィンソンは、最近のグローバル化によって「各国政府は経済への統制力を失っていった。最低賃金や雇用保障を守らせようとしても、企業は事業を国外に移転する、あるいは移転すると脅せば容易にこれを免れることができる。企業に対外進出の選択肢が広がったため、法人税の減免競争が起こって税収が減り、労働者が雇用不安に対処するための教育訓練や保障制度に資金を回せなくなった。次第に少数の企業が業界を支配するようになっていき、価格の上昇、イノベーションの停滞、さらなる収入格差にもつながりかねない。グローバル化がもたらした経済のゆがみは、長年かけて築いた国際協力体制を弱体化させ、ナショナリズムの言説がグローバル化の言説にとって代わり、新たな不確実性を生み出した」(「物流の世界史」ダイヤモンド社、p.xiii)と言っている。
 不確実性で高まるのが貯蓄率である。スウェーデンの貯蓄率の動きはこうした世界的変化を象徴している事例とも言えよう。

(3)消費性向

 貯蓄率は消費性向と裏表の関係にあるので、消費性向が上がれば貯蓄率は下がる。米国における貯蓄率のかつての低水準及び2007年までの0へと近づく貯蓄率の低下傾向は、クレジットカードや自動車ローン、住宅ローン(サブプライムローンなど)で借金してでも消費する家計行動によるものとされていた。消費税率上昇の直前の駆け込み需要の影響なども消費性向の一時的な上昇ととらえられよう。1990年代後半からの携帯電話の普及にともなう家計通信費の急増も貯蓄率低下に影響していると思われる(特に韓国。図録6366参照)。

 2020年はコロナ感染症対策で各国、外出に伴う消費(外食、娯楽、旅行等)が減退し、結果として貯蓄率が、一時的に(多分)上昇している。日本について、これを2022年6月6日に黒田東彦日銀総裁が「強制貯蓄」と呼び、家計が物価高を許容できる理由のひとつとして挙げた(後日撤回)。日銀の試算によると2021年末時点で強制貯蓄が50兆円、国民1人当たり約40万円となるとしているが、その半分は年収800万円以上の高収入世帯にあるという(東京新聞2022.6.24)。

(4)景気要因

 景気が悪くなると将来不安から消費を手控え貯蓄率が上昇する。アジア金融危機で大きなダメージをうけた韓国では1998年に貯蓄率が跳ね上がっている。1997年秋の三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券と立て続けの大型金融破綻事件、また1998年末の日本長期信用銀行と日本債券信用銀行の国有化といった金融危機に見舞われた日本では、1998年に貯蓄率が上昇している。こうした変化は一時的であり、韓国でも日本でも2〜3年ほどすると、一般的な貯蓄率低下傾向に立ち戻っている点が印象的である。

 米国では2008年から、日本、韓国で2009年から貯蓄率が一時期急増したのは、2008年9月のリーマンショック後の景気低迷(及び米国ではそれに先立つサブプライム住宅ローン危機)の影響が大きいと考えられる。

(5)成長力要因

 消費パターンはそうそう変わらないから高度成長で思わぬ所得増となると貯蓄率が高くなる傾向が生じる。1970〜80年代の東アジアにおける高い貯蓄率の要因とされるが(コラム参照)、高度成長期の日本の貯蓄率上昇にもその側面が認められよう。

 そうであれば、逆に、思わぬ低成長による所得の伸び悩みは、貯蓄率の低下に結びつくだろう。これが、バブル崩壊後の日本の長期的な貯蓄率低下の要因となっている可能性が高い。

 だとすると、近年の貯蓄率回復は、そろそろ、日本人も低成長にも慣れてきて、伸びない所得に応じた消費パターンを身につけるに至っているからだともいえよう。

(日本のGDP統計データ)

 なお、参考までに日本のGDP統計(内閣府)における家計貯蓄率の公式数字(年度ベース)の推移を以下に掲げておく(元資料ページ、関連して過去のGDP統計から長期推移を追ったグラフも追加した)。

 こちらでは2013年度に、はじめて、マイナスを記録している。これについて内閣府は4月からの消費増税直前の駆け込み需要の影響で収入を上回って消費が増えたためとコメントしてる(2014年、NHK)。上の(3)要因に当たるだろう。この場合、暦年ベースだと需要の反動減まで含まれるので影響が出ないが、年度ベースだと増と減が別年度となるため確かに大きく影響すると考えられる。実際、1997年4月の5%への消費増税の際も前年度の貯蓄率は急落している。一方、同じく消費増税を要因として挙げるもののもっと長期的な影響を考えているのは第一生命経済研究所熊野英生氏である。彼は消費増税により社会保障に不安が減じ高齢者が安心して消費するようになるから貯蓄率が低下すると見ている(日経新聞2014年6月24日)。これは上の(2)要因に当たるだろう。日本は「かつてのスウェーデン」化したという訳である。

 なお、2015年度以降には再度プラスに戻し、上昇傾向となっている。2020年度は新型コロナ感染症の感染拡大により消費が減退した割に所得が減らなかったので貯蓄率は12.1%と非常に高くなっている。


【コラム】貯蓄率を決める4つの仮説、6つの要因

 貯蓄率の水準や変動を左右するメカニズムに関する仮説やそれが具体的にあらわれる要因について英エコノミスト誌が整理しているので紹介する。出所は、サウガト・ダッタ編「英エコノミスト誌のいまどき経済学」日本経済新聞出版社(原著2011年)、第2章「節約の解剖学」。

(4つの仮説)

@ライフサイクル仮説

 イタリアの経済学者フランコ・モディリアーニが提唱した仮説で、人は生涯にわたって消費を平準化するため、若年から中年、そして退職後と年齢を重ねるに応じて、無貯蓄→収入が増えるので貯蓄→収入が少なくなるので貯蓄を取り崩す、といった貯蓄行動の変化をもたらす。

A予備的理由仮説

 いざお金が必要になった時のために貯蓄する。収入が安定的な人は貯蓄しない。またクレジットが発達していれば貯蓄しない。逆なら逆。

B遺産としての貯蓄説

 子どもに資産を残したい。あるいは老後に面倒を見てもらうため、遺産を貯蓄する。この説では退職後も貯蓄は取り崩さない。

C増税予想説(リカードの等価定理)

 政府の貯蓄が減る(借金が増える)と将来の増税に備えて貯蓄を増やす。

(6つの要因)

@人口構成

 人口の占める子どもの比率が小さくなると上昇し(例は中国)、年金生活者の割合が大きくなると下落する(例は日本)。モディリアーニのサイフサイクル仮説の影響で一国レベルでこうした変化が生じる。

A経済成長

 経済の高度成長は消費パターンが所得増に対応できないため、一時期、貯蓄が増大する。1970〜80年代の東アジアにおける貯蓄率の大幅な上昇の要因とされる。

B交易条件ショック

 資源輸出国で交易条件が改善すると貯蓄率が上昇する。石油価格が上昇したとき石油輸出国で特に顕著に見られる動き。

C金融の発展

 金融システムが発展するとお金を借りやすくなるので貯蓄率は低下。米国のように金融システムが高度な国ほと貯蓄率が低くなる。これは、クレジットカード先進国なので米国の貯蓄率は低いのだとするかつて日本で流布していた説と同じだろう。

Dキャピタルゲイン

 いわゆる資産効果のこと。株式市場や不動産価格の上昇で裕福となった人々は貯蓄せず消費に走る傾向がある。住宅資産の方が金融資産よりこの効果が高く、特に持ち家比率の高い国で顕著とされる。

E財政状況

 財政赤字が大きくなると将来の増税を見越すためか、貯蓄を増やす。もっとも民間部門の貯蓄増は財政赤字増より小さい。米国は例外であり財政赤字は貯蓄増に余り結びついていないとされる。

(本文との関連)

 本文でかかげた要因説とダブるところとダブらないところがある。本文では、財政状況とのかかわりは挙げていない。その代わりに、社会保障の充実度を要因として掲げている。スウェーデンの貯蓄率の上昇はスウェーデンの債務残高は下落傾向なので財政状況によっては説明できない(図録5103参照)。財政状況を考えたら日本人は貯蓄を減らせないはずであるが、実際は貯蓄が減っているのも同じ理由であろう。

 日本の1980年代後半のバブル期の貯蓄率は68SNAデータでは確かに急落しており、資産効果が見られるが、93SNAの2000年基準データでは必ずしも明確ではない。

 最近の日本の家計貯蓄率低下は、結局、人口構成と低成長によるところが大だといえよう。

(2009年4月30日収録、9月28日更新、2011年6月15日更新、2012年1月10日更新、12月23日更新、2014年1月7日更新、2014年12月26日更新、12月28日日本の公式データ掲載、12月29・30日貯蓄率マイナス要因コメント追加、2015年1月16日日本の家計貯蓄率長期推移グラフ付加、2月2日同グラフを自作に変更、コラム追加、2015年11月10日更新、2016年3月16日国民経済計算貯蓄率更新、2016年12月26日更新、2017年12月12日更新、12月13日(5)成長力要因、12月14日仏英総貯蓄率、通信費コメント、12月24日国民経済計算貯蓄率更新、2018年11月22日更新、12月27日国民経済計算貯蓄率更新、2019年2月7日スウェーデンの(注)、12月10日更新、12月27日国民経済計算貯蓄率更新、2020年12月24日更新、2021年12月6日更新、2022年1月24日日本GDP統計値更新、4月30日マルク・レヴィンソン引用、6月24日日銀黒田総裁「強制貯蓄」発言、12月11日更新、2024年5月27日更新)


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