「ストレスの多い仕事か」を聞いた質問の回答は、スウェーデンが最も高く9割近くとなっていた。第2位以下5位までは韓国、フランス、英国、ノルウェーである。 比較対象となっている21カ国のうち、約半分の11カ国では仕事のストレスを感じている人が8割以上であったが、日本は72.0%とむしろ低い方に属する。 仕事のストレスと関連して、「くたくたになって(疲れ切って)帰宅するか」という問への回答率では、どの国でもだいたい8割以上の者がそうだと回答しており、最高はハンガリー94%、2〜3位のフランス、オーストラリアでも9割以上がそうだと答えている。日本は73.6%と21カ国中最低の回答率となっている。 こうした調査の結果をみると、どの国でも仕事は大変であり、日本の職場はそうした点からはけっこう恵まれている方である可能性が高い。 国際比較上、日本の労働時間は長いが(図録3100、図録3130、図録3132参照)、だからといって日本の労働は過酷だと決めつけるのは間違っていると言える。職場にいる時間の長さとは対照的な仕事の密度、集中度の相対的な低さ、あるいは労使の協調や職場環境の風通しのよさが理由として考えられる。 経営者から見れば割増賃金を要する残業を減らして定時の勤務時間における生産性を上げなくてはと感じるデータであろうし、労働者側から言わせれば、生活の場としても重要であり、勤労者の創意や技能の伝承を保つためにも大きな役割を果たしている日本の職場環境が、欧米の行きすぎた市場主義に影響されて、これ以上悪化しないように良き慣習を守って行かねばということになるだろう。 日本の自殺率の高さ(図録2770)はよく取り上げられるが、他殺率の低さ(図録2775)やメンタルヘルス障害の少なさ(図録2140)は余り取り上げられない。貧困の多さを示す国際比較(図録4654)はしばしば論壇に登場するが、貧困者の少なさを示すデータ(図録4653)はほとんど人々の目の前に登場しない。これらと同じで、長時間労働はしばしば取り上げられるが、ここで示したような労働の過酷さの相対的な軽さを示すデータをマスコミや有識者が取り上げることはまずないと思われる。 比較対象の国は21カ国、具体的には、ストレスの少ない順に、メキシコ、チェコ、アイルランド、ハンガリー、スペイン、日本、ポルトガル、スイス、ニュージーランド、米国、ドイツ、デンマーク、ベルギー、フィンランド、オーストラリア、カナダ、ノルウェー、英国、フランス、韓国、スウェーデンである。 (追加コメント)
この図録を見て、種々の国の人が働いているスウェーデンの研究所に在職されている方のメールを頂いた。その方によれば、同じ時間と強度の労働をしていても、スウェーデン人はストレスに弱く、うつ病にもなりやすい一方で、日本人やロシア人はストレスに強いとのこと。この図にはそうした国民毎のストレス耐性の違いをお感じになったとのことである。 確かに、職場環境の要因ではなく、同じ時間、強度の仕事でも、キツイと感じるかどうか(労働への耐性)の国民性(民族性)によって結果に差が出る側面も大きいと思われる。こうした側面を長時間労働比率と疲労度との相関を確認する散布図から図録3277で探った。 また、友人を過労死で亡くされた方から、このデータは、経営者がさらに日本人を過労死に追いやることにつながるので公表は正当でなく、むしろ過労死の実態のデータを掲載すべきというご意見も頂いた。この図録からもっと働かせるべきだと考える経営者がいるとしたら、それは間違いである。日本では長時間労働が多いというデータも図録3130で掲載している。 (追加コメント2) 本当に日本の職場はストレスが少ないのか気になっていたので、今度、ISSPの原データに直接当って見た(当たった結果は図録3276参照)。 すると、図の値は、仕事のストレスについて「いつもあり」「しばしばあり」「時々あり」「めったにない」「全然ない」という回答のうち前の3つの計である。その中で、「いつもあり」だけの日本の値は14.3%であり、図のOECD21カ国の中で米国、メキシコ、スペインに次いで第4位と高い値である。すなわち、ストレスは全体としては多くないとしても、一部の者に片寄っているといえる。 「くたくたになって帰宅するか」も仕事のストレスと同様な集計であるが、「いつもあり」だけの日本の値は11.4%であり、図のOECD21カ国の中で、メキシコ、アイルランド、米国、韓国、ポルトガル、ハンガリーに次ぐ第7位であり、ストレスほどではないが、各国の中でむしろ高い部類に属する。 このように日本全体でみれば、他国と比べ必ずしも職場が過酷であるとは言えないが、1〜2割ぐらいの者に職場の過酷さが集中している様子がうかがえる。これが過労死を生む背景となっているといえる。仕事やストレスが一部の労働者に片寄りすぎないように対策を講じることが経営者にとっても労働者にとっても大きな課題である。 (追加コメント3) 海外とも比較しながら国民性調査に長く携わった林知己夫はこう言っている。 「日本人は「日本社会は人間関係が煩雑で高ストレス社会だ」などという、マスメディアの無根拠な報道を信じ込んでいるが、それはまったくの誤りである。むしろ、日本人の一見煩雑に見える人間関係のあり方が、人間のもつ攻撃性をやわらげ、人間同士の直接的な衝突を回避させることに役立っていると考えるべきである。」(林知己夫・櫻庭雅文(2002)「数字が明かす日本人の潜在力−50年間の国民性調査データが証明した真実 」講談社) 日本人の仕事のストレスが大きくない1つの理由として、上では「労使の協調や職場環境の風通しのよさ」を挙げたが、「職場環境の風通しのよさ」というより、「ストレス回避のため工夫されてきた職場の慣習」と考えるべきなのかも知れない。 (2009年5月18日収録、5月22日追加コメント、2010年10月6日追加コメントへの追加、2011年1月12日追加コメント2を追加、2012年1月9日コメント修正、2013年6月7日追加コメント3)
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