この資料から、女の子の名前のベスト3の推移を表にした。米国の同様の推移表については図録2405u参照。 2022年は、「陽葵」が2年ぶり2回目のトップとなった。令和突入以降、4年連続でトップ3入りを果たした。「陽葵」の「葵」の字は、「向日葵」にも使用されるとおり、「太陽の方向を向く植物」という意味を持つ。日の光を意味する「陽」の字と組み合わせた「陽葵」は、withコロナに向け社会が明るい方向へ変化しつつあるように、どんなときでも明るく前に進んでいってほしい、という願いが感じられると明治生命はコメントしている。 コロナ2年目の2021年は近年急上昇中だった「紬」が、昨年8位から大きくランクアップし、初のトップを飾った。また、8位には昨年86位から大きくジャンプアップした「紬希」がランクインするなど、紬という漢字の名前が躍進。2020年に中島みゆきの名曲『糸』が映画化。人とのつながりを描いた名曲が名づけに影響した可能性があるという。 コロナの年として記憶されるだろう2020年の上位3位は、陽葵(ひまり・ひなた・ひな等)、凛(りん)、詩(うた)の順だった。2010年代では上位3位の女の子の名前にほとんど必ず「結」という漢字が含まれていたが、本年は消えた。ただし、次点の第4位、5位はそれぞれ結菜、結愛だった。 上位3位までに「詩」が登場したのは過去にない現象である。「詩は昨年の20位から急上昇し、担当者は「新元号『令和』が万葉集から採用された影響で、文学的なイメージを持つ名前が好まれたのでは」と推測した」(日本経済新聞2020年11月26日)。 令和に改元された2019年の上位3位は、凛(りん)、陽葵(ひまり)、結愛(ゆあ)の順だった(3位は杏(あん)も同順)。過去の改元時は、昭和は昭子が1位、平成は成美が4位だったが、今回の令和では、和花(わか)が49位、令を使った名は100位以内にないなど、ほとんで影響がなかったという(毎日新聞2019年11月29日夕刊)。 2018年の上位3位は、結月(ゆづき)、結愛、結菜の順だった。結月は調査開始以来初のトップ。「結」の漢字が入る名前が調査開始以来初めてベスト3を独占という結果になった。平成最後の年と言うことで平成年間のランキングも発表されたが、上位5位は、美咲、葵、陽菜、さくら、愛の順。 2017年は、結菜(読み方:ゆいな、ゆな、ゆうな)、咲良(さくら、さら)が同順1位、陽葵(ひまり、ひなた、ひな)が3位となった。「さくら」はこれまで何回もトップとなったが。今回、咲良という漢字表記でトップとなったのが新しい。 2016年の上位3位は、葵、さくら、陽菜の順だった。2000年代から頻出している名前である。 過去を振り返ると、人気のある女の子の名前は、面白いことに、ほぼ10年ぐらいのスパンで移り変わって来ており、時代時代の日本人の心模様をあらわしているといえる。以下、私見であるが、女の子の名前と時代精神との対応をおおまかに整理してみよう。 1910年代(大正時代前半):「千代」あるいは「千代子」の時代 ハル、ハナといった従来の名前から、「子」がつく名前に人気が出てきた時代(後段参照)。 1920年代前半(大正後期):「文子」の時代 大正デモクラシーの時代であり、文化を重視したものとも考えられる。 1920年代後半〜1950年代はじめ:「和子」の時代 同じ名前がこれほど長く続いたことは、これ以降ない。1927年、昭和2年にいきなりトップになったことからも分かる通り「昭和」という元号に影響された名前であろう。同年2位は「昭子」だったがこちらは人気がすぐ落ちた。日中戦争から第2次世界大戦を挟んで戦後しばらくに至る時期に、「戦」の対立語としての「和」、平和の「和」を採用していた背景には、戦争中は戦争の終結を、戦後は不戦を祈念していた心情からとも取れる。あるいは、人の「和」、大和の「和」ともダブルから、戦争遂行、及び戦後復興における日本人どうしの結びつきを願ったからという見方もありうる。男の子の方は1938〜45年には「勇」または「勝」が1位であった。 この時期、大正期の「文子」の時代との移行期にトップとなった「幸子」が2番手として長く上位を継続した点も特徴。子供に幸(さち)多かれと願う時代でもあったということであろう。 1950年代〜1960年代はじめ:「恵子」の時代 1951〜52年と順位を上げていたのに加え、1953年に公開され、大ヒットした松竹映画「君の名は」の主人公を演じた岸恵子の名前だった影響もあり、「恵子」は一躍トップの座を確保した。高度成長期前半に当たり、経済の恵みを期待したものと解すことも可能だろう 1960年代:「由美子」の時代 「明美」「久美子」「真由美」「由美」「直美」など、これと似た「美」がつく名前に人気があった。流行と言うことだろうが、高度成長後期に当たり、経済成長の成果として「美」を追求していたとも言えよう。 1970年代:前半は、「陽子」の時代、後半は「智子」の時代 前半と後半でこの2つが、トップと2番手を交替。明朗、知性を追い求めた時代だったのか。 1980年代:「愛」の時代 「愛」がトップに定着、1990年代前半も2番手として人気継続。子供は愛の結晶に違いないが、ことさらそれを意識する時代となった感がある(離婚が景気の影響を受けることになった点は図録2780参照)。長かった「子」で終わる名前の時代が1980年代前半で終焉した。1980年代後半から、バブルの時代を反映して、よく言えば、響きを重視したおしゃれな漢字表現、悪く言えば、水商売っぽい名前が登場。なお、80年のトップの「絵美」は同年冬季五輪でフィギュア6位となった渡辺絵美の影響だろう(図録3989参照)。 1990年代:「美咲」の時代 訓読みとはいえ漢字表現も重視された時代から、言葉の響きが中心で漢字は使うとしても当て字に過ぎない方向が1990年代以降続くこととなる。1990年代後半はバブル時代のツケの解消ともいうべき不良債権による大型企業倒産により日本人が長く捕らわれていたバブルの夢から完全に目覚めざるを得なかった時期であるが(図録2173参照)、この時期にだけ「明日」、「萌」、「未来」といった将来への期待をあらわす名前が上位に登場した点が印象深い。 2000年代:「さくら」と「陽菜」の時代 小泉改革で沸き立った前半は「さくら」、2009年の民主党への政権交代へ向かう時期に当たる後半は「陽菜」が上位に進出。 2010年代:「陽菜」、「葵」と「結(ゆ)」の時代 「美咲」が3位までにあらわれなくなったのを除くと、2000年代とほぼ同じ傾向である。ただし、「陽菜」(ひな)に加えて「結」(ゆ)ではじまる名前(ゆあ、ゆい、ゆな)が増えた。2011年3月の東日本大震災によって家族の絆が再認識された影響と考えられないこともない。2012年のトップである「結衣」は、農村集落における田植え等の共同作業をいう「ゆい(結い)」に通じる。2018年にはついに上位3位がはじめてすべて「結」(ゆ)ではじまる名前となった。 下表に1912年以降、ベストテンに登場した女の子の名前を年代毎にすべて掲げた。1910年代の24から、戦後1950年代、及び60年代に数が16と最少となり、再度種類数は増加に転じ、1990年代には33、2000年代には32と戦前を大きく上回っている。女の子の名前の種類からいえば、1970年代以降、多様性の時代が進んで来たと言えよう。 「子」のつく名前の種類は1910年代には半分であったのが、1930年代〜40年代に100%となり、その後、減少が続き、近年ではほとんど登場しなくなっており、この点でも時代の変遷を感じさせる。「子」がつく名前はもともと皇室や貴族のものだったのが庶民にまで広がって付けられるようになった。明治になり、明治三傑の1人木戸孝允(桂小五郎)の妻となった京都三本木の芸妓幾松が松子と改称、初代総理大臣伊藤博文の妻となった長門裏町の芸妓小梅が梅子と改称したのが先例となったとも言われる(図録7846コラム2「京都の芸妓と維新の志士」参照)。 なお、堀井憲一郎による「週刊文春」掲載の「ホリイのずんずん調査」というコラムでは、迷惑Hメールの発信女性の名前をリストアップし、ここで使った明治安田生命の資料を参照し、最近流行の名前もさることながら、1960年代の由美子とかの名前も多く、ひっかけたい相手の年代の男性がついクリックしてしまう元恋人などの年代を意識しているのだろうと分析しているが、なるほどと思わせる。
(2006年8月15日収録、2007年1月9日更新、2月10日調査経緯コメント是正、2008年12月25日更新、2009年12月27日更新、2010年12月4日更新、2012年12月30日更新、2013年11月30日更新、2014年12月5日更新、2015年3月12日恵子、「子」のつく名前のコメント追加、12月4日更新、2016年11月29日更新、2017年11月28日更新、2018年11月27日更新、2019年11月29日更新、2020年11月26日更新、2021年11月30日更新、2022年12月5日更新、2023年12月23日更新、2024年12月14日更新)
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