図録5120では、日本の少子化対策を目的とした児童手当など世帯補助が先進国中最低レベルであり、また高齢化対策との比較における少子化対策のレベルも最低レベルであることを示した。

 図録1580では、前者の少子化対策そのもののレベルと出生率との相関を示したが、図録1586では、後者の高齢化対策との比較における少子化対策の相対レベルが、出生率(合計特殊出生率TFR)とどう相関しているかをみた。ここでは、さらに、子供が社会の負担で学校に行けるかどうか(貧乏人でも良い学校に行けるか)が結果としては少子化対策と同様の家族支援になっていることを踏まえ、普通は社会保障給付には入らない「教育費の公的負担」(図録3950)を少子化対策に含ませ、同様の相関を見た。

 使った公的支出のデータはOECDの社会支出データベースによるものであるが、データの解説は図録5120を参照のこと。

 対象国は図録1580と同じく先進国(OECD高所得国)22カ国であり、具体的には、デンマーク、ノルウェー、フィンランド、オーストリア、スウェーデン、オーストラリア、フランス、アイスランド、ベルギー、英国、ニュージーランド、ドイツ、ギリシャ、アイルランド、スイス、ポルトガル、オランダ、イタリア、カナダ、日本、スペイン、米国である。韓国については、教育費公的負担がOECD諸国として一定の水準にあるが、高齢化対策支出が、なお、非常に低いレベルに止まっているので、比率が異常値に近いため、除外した。

出生率の高さとの相関の当てはまり度(R2
0.2794 少子化対策レベルそのもの(図録1580
0.4142 高齢化対策に対する少子化対策の相対ウェイト(図録1586
0.6131 高齢化対策に対する教育費公的負担を含む少子化対策の相対ウェイト(当図録)

 結果は、少子化対策レベルそのものより、高齢化対策に対する少子化対策の相対ウェイトが高い国ほど出生率も高く、さらに少子化対策に教育費の公的負担を含めた方がもっと相関が強いという傾向が見られる。

 福祉国家の発達により、高齢者扶養が私的扶養(家庭内扶養)から社会的扶養(社会保険や税による扶養)に変化したのに、子育て・教育が私的扶養でのみあり続けると、子供を産み育てないで、高齢者になったときに社会的な便益を受けようとする者(フリーライダー)が増えることが示されていると思われる。すなわち、子育てや教育の費用を負担せずに相対的に豊かな生活をしていても高齢者になったときには若い世代から同じだけの社会移転を受けられる(あるいは子育て期間の断絶がないため高いキャリアが可能となり、老後に、より大きな年金給付を受けられる)ため、子供を産み、育てない方が有利とする者が増えるのである。

 このため、少子化を食い止めるための社会政策としては、高齢者対策と教育費公的負担を含む少子化対策のバランスが不可欠であることが示唆されている。

 バランスの取り方としては、復古主義的に、かつてのように老後の生活は、自分が生んだ子供による家庭内扶養を基本とする方向がありうる。長寿による生活費増のリスクや子供がない、あるいは低所得であることのリスクは、地域社会か民間保険が担うのであろう。

 国家に依存しないというこの美しい考えが、時計の針をもとに戻せないことから無理だとすれば、高齢化対策の公的支出を抑制して、少子化対策や教育費の公的支出を拡大するしかなかろう。

 高齢者票が多く、子育て層の票が少ない現代において(図録5230c参照)、またこれから生まれてくる子供の利害が反映できない選挙制度のもとで、こうした点の解決を図るためには、「政治の奇跡」が必要かも知れない(コラム参照)。関連してシルバー資本主義については図録5230eのコラムも見よ。

 極めて重い国民の課題である。

【コラム】シルバー民主主義の是正方策

1.未成年に選挙権を

 私は著書「統計データはおもしろい! -相関図でわかる経済・文化・世相・社会情勢のウラ側- 」(2010年10月技術評論社刊)の中で、この図録を含む上記3つの図録にもとづき、「少子化は公的支出で防げるか?」という表題の1章を構成したが、「政治の奇跡」へ向けての具体策として以下のように提言した。

「私は、究極の普通選挙として、選挙権を未成年にも与え、親にその代理投票権を許すという新制度について真面目に検討してもよいのではとさえ思っています。世界史上はじめてこうした制度をつくるとしたら、高齢化のスピードが最もはやく、高齢化に伴う社会保障制度のゆがみが最も深刻な日本においてではないでしょうか。」(p.121)

 これは、一般には、なかなか受け入れがたい考えかなと思っていたら、同じことを考えている人は、予想以上に多いようだ。

 経済学者の大竹文雄氏は2008年10月20日(月)発売の『週刊東洋経済 』に「子供の数だけ親に投票権を」というコラムを掲載している。

 大竹文雄氏のブログでは、他にも同じ提案をしている例として「北海道大学大学院文学研究科の金子勇教授がお書きになった『少子化する高齢化社会』(NHKブックス、2006年2月刊)の148ページから149ページに記述があります。そこには、2004年4月に富士通総研の鳴戸道郎会長が「少子化コンファランス」でこのような提案をされたと記載されています。」とある。

 さらに、東京新聞では、「ゼロ歳児から選挙権を」という見出しで、スウェーデンで「赤ちゃんを含めた将来世代に選挙権を広げよと提唱し、」同国で反響を引き起こしたイエーテボリ大学のボー・ロースタイン教授へのインタビュー記事(2011年2月20日)を掲載している。

「昨年9月、スウェーデンの総選挙では与野党は年金所得への減税について優遇策を競い合った。高齢化した有権者層の受けを狙った、投票を金で買うような行為によって政策をゆがめた」「いっそゼロ歳児から全国民が選挙権を獲得すれば、スウェーデンの政党は新たに誕生した約200万人の有権者の獲得を目指すことになる。この大きな一撃は政策の優先順位を必然的に変える。もちろん選挙関連法の改革が必要で、実際には保護者が子どもの代弁者として投票する仕組みが考えられるだろう

−夢物語では。

もともとは10年ほど前にスウェーデンの小児科医らの協会が考えたアイデアだった。彼等は経済的困窮に陥った子供たちを多く見る立場なので発想できたのだろう。私は当初『とんでもない考えだ』と否定的にとらえたが、学者としての調査で過去30年間、西欧社会で子供の貧困や精神的不適応が驚くほど拡大したことを実感しており、人的資源(子供)に投資しない政治、社会をもはや見逃せなくなった」

 こうした投票制度は「ドメイン投票制度」としても知られているようだ。

 親権者に子供の数だけ投票権を与えることで、間接的に未成年者にも投票権を与えようというアイディアは、「ドメイン投票方式」と呼ばれ、人口統計学者のポール・ドメイン(Paul Demeny)によって1986年に考案されたとされる。「ドイツでは2003年にドメイン投票方式を導入について議会で議論されたが、実現には至らなかった。そして2008年に再び議論されている。なお、ドイツでは ドメイン投票方式は子供投票権(Kinderwahlrecht)の名で知られている。」(ウィキペディア「ドメイン投票方式」2013.4.30)

 提唱者のドメイン教授を招いた「ドメイン投票制度」についての討論会が2011年3月に催されている(NIRA該当サイト)。ここで、ドメイン教授は、ドイツ議会での議論のほか、シンガポールのリー・クワンユー元首相が同様の提案を口にしたこと、またハンガリーの新憲法草案として「子どもをもつ母親に1票を付加給付」という考え方が示されたことを紹介している。

2.余命別選挙制度

 高齢者の意向が強く反映され高齢者の過当な優遇が常態化するシルバー民主主義の是正策としては「余命別選挙制度」という方法も考えられている(東京新聞2013.4.12)。

 これは20歳代、50歳代と余命の異なる年齢毎に余命比例区を設け、20代区に20議席、50代区に半分の10議席を配分するなど、余命の長い若い有権者ほどたくさんの議員を選ぶことができるようにした選挙制度である。

(2006年10月13日収録、2007年7月21日更新、2011年2月20日コラム追加、2013年4月30日コラム内容追加) 


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