1.バングラデシュのNGO 20世紀最大の自然災害は、1970年のバングラデシュのサイクロン被害であり、50万人の犠牲者が出ている(図録4367)。1971年8月にはジョージ・ハリソンらによるバングラデッシュ救済コンサートが行われた。1971年12月にパキスタンから独立したが、その際の分離独立戦争で非常に多くの犠牲者を出し(図録5228)、独立後も混乱が続いた(人口への影響は図録1173)。こうした状況下で、バングラデシュには世界中の救援団体が集まり、それらのボランティア団体の多くは、NGOとして現地に留まり、緊急救援から復興、開発支援の道を歩み始めた。主には外国籍のNGOだったが、現地人主体によるボランティアグループも盛んに活動した。 独立の父、ムジブル・ラーマンの暗殺(75年8月)に始まる政治的な混乱、その背景となった政権の著しい腐敗等々の現実が次々と顕わになる中、欧米の先進国を中心とする国際社会は、援助業界の最重要課題であるバングラデシュの絶対的貧困の緩和政策の担い手としてNGOへの傾倒を急速に強めていった。特に、識字教育、保健衛生、貧農の組織化などの分野では、受益者と直接関わりながら事業していくNGOへの支援のほうが、政府を通すよりも格段に効率的であるとの認識が広まった。その結果、NGOは団体数の上でも対象人口のカバー率においても急速に勢力を大きくして行った。 市場経済による商品や財のサービス、政府によるサービス、あるいは地域社会自体の福祉等のサービスが充分機能していない場合、NGOによるそうしたサービスの余地が多くなるが、バングラデシュでは品質の良い民芸品の近代的な流通を行う民間事業者がいないためNGOが民芸品デパートまで作って外国人や都市の中産階級のニーズに応えている。地方政府の機能が極めて弱いので、し尿の地下浸透処理のための土管をNGOが配布しているし、ダム建設にともなう立ち退きや転居先住居の整備、斡旋といった業務を地方政府ではなく、NGOがサービスしている(図録5190参照、末尾コラム参照)。農村部の小生産者が商業資本に対抗してみずからの経済的な利害を追求できるよう政府や農業協同組合が行う共同販売支援サービスをやはりNGOが行っている。 図に見られるように、こうした背景の中で、1980年代〜90年代と、バングラデシュのNGOは、現地NGOを中心に、数がどんどん増えていった。 バングラデシュのNGOのある側面を教える逸話を紹介する。「NGOについて知りたかったらききなさい。私は、解放(1971年)後、マジシャンになろうと決心した男を知っています。インドからやってきた偉大なマジシャンがどんなにお金を稼いだかを知り、同じことが出来ると考えたのです。しかし、数年後、自分の技量ではそんなにうまく行かないことが分かって、マジックはやめて、当時、大流行していたゴムのプランテーションをはじめました。しかし、またもや数年後には、この仕事が繁盛しないので、ダッカに出て、肥満体の婦人向けの痩身クリニックを設立しました。先日、私は、彼のオフィスを通りかかって、新しい看板がドアに掛かっているのを見つけました。「“Shodesh Unnayan Songstha”母国開発組織」とありました。彼によれば、今度は、NGOを設立したと言うことでした。」(「バングラデシュのジャーナリストとの会話」Sarah White,1991) 数が増えるばかりでなく、巨大なNGOも生まれた。中でも有名なのが、有給専従スタッフだけで2万5千人のバングラデシュ最大の開発NGOであるBRAC(Bangladesh Rural Advancement Committee)。世界最大の現地NGO(World largest national private sector development organization)と自ら認めている(ADAB, Directory of NGOs 2000の広告欄の表現)。教育プログラムでは3万校いじょうの初等教育機関で110万人の生徒を教育している。ダッカに20階建ての本拠ビルをもち、農村部に57の地域オフィス、431の支所をもつ(2000年12月現在)。 第2の図にみるように、バングラデシュのNGOの活動分野は極めて多岐に渡っており、社会サービスのほとんどあらゆる分野をカバーしていると言っても過言ではない。BRACやPROSHIKAなどの最大手NGOに至っては、経済、福祉、保健医療、教育などに加えて、法律相談や人権教育なども手広く実施しており、地域によっては、もはや行政の介入の余地はほとんどないのではと思わせるほどの充実ぶりを見せている。 その中でも、マイクロクレジットはほとんどのNGOが手がけており、バングラデシュにおけるNGO発展の一大要因となっている(図録1055参照)。 NGOの発展の一要因として、人材の確保、とりわけ卓越した現地人リーダーの出現によるところが大きいと考えられる。初期の頃のNGOの現地人リーダーの中には、ゲリラとして独立戦争を戦ったいわゆるフリーダムファイターの出身の者が多くいて、彼らによって草の根的な発想と社会活動への献身的な姿勢が、そのままNGO活動に持ち込まれた。一方、政府の腐敗と非効率に嫌気がさした経営や経済を専門とするトップエリートもNGO活動に参入していった。世界的に名高いBRACのアベッド氏やグラミン銀行のユヌス氏(2006年ノーベル平和賞受賞)などがそうした人々である。 こうした優れたリーダーを慕って、有能で真摯な若者たちがNGOへ集った。政府の高級官僚が、市井の人々とほとんど交わらず、村にも行かないのに対して、NGOでは、修士号を持った町の若者が、電気も水道もない村に住み込み、貧しい人々のところを訪ね、親身に相談に乗った。BRACやPROSHIKAなどの大手現地NGOでは、新卒者に一定期間の農村でのフィールドワークを義務付けている。どんな高学歴の者でも、数年間は辺鄙な農村に住み込んで、早朝から深夜に及ぶまで、村回りを続けなくてはならない。 上述の通り、行政機能、特に地方行政組織の機能不全が、NGOの活躍の余地を与えている面が大きいが、NGO側は、それでよいと考えているわけではない。立法機能や警察機能をもたないNGOには限界もあるからである。BRACのサラウッディン氏は、政府を本来の橋とすれば、NGOは戦争や災害で破壊された本来の橋の代わりとして応急的に架設した「仮の橋」に過ぎないと、財団法人国民経済研究協会の調査団のメンバーに説明した。「では、バングラデシュで本来の橋が完成するのはあと何年後のことか」と尋ねたところ、「50年はかかるであろう」との答えが返ってきた。政府、特に地方行政の現状を見ればそれも大げさではない。 2.多様なアジア途上国のNGO バングラデシュのNGOは、国際援助、ボランティア活動が、国家形成の中で大きな役割をもつようになった現代文明の特徴を象徴的に示している点で極めて興味深い。
しかし、アジア途上国のNGOの中でバングラデシュのNGOは、極めて特徴的、かつ象徴的であるが、典型的とは言い難い。アジア途上国のNGOを国家との関わりの中で整理すると以下の表のように、極めて多様である。 アジア途上国の国家・NGO関係
(注)[ ]内の要約は引用者によるものであり、原報告書にはない。 重富(2000)を参照し、整理すると、アジア途上国のNGOは、国別に以下のような特徴をもっている。
バングラデシュは国家機能の弱さとNGOの機能の高さからからNGOが国家の代行をしている側面が強い点が目立っている。 フィリピンは、独自な歴史的経緯によりNGOの国政参加を国是とするに至っている。 タイはNGOを通じて中産階級による国家のモニタリング機能が重視されている。政府に対しては個人参加が基調である。 インドは、NGOの権威が伝統的に高く、国家と対等の存在であったが、最近は国家からのNGO依存、NGOの国家補助金依存など相互依存の中での共生関係が進んでいる。 インドネシアでは国家による地方の把握が進んでいるため、NGOは偽装的な活動を行っている。 中国、ベトナムでは、社会主義政権による社会の掌握が特徴であるが、近年、自由な経済活動を促進しており、国営企業が提供してきた社会サービスを担う経済主体の必要性からNGOの経済的なスペースも広がっていると考えられる。ベトナムでは、ODAばかりでなく、NGOを通じた援助を通じて経済社会の発展を追求しており、こうした方向とこれまでの社会主義的な方向との混交物として官製のNGO援助受け入れ機関を作っているのが独自である。 スリランカでは配分政策を重視しており、NGOには配分政策の受け皿のCBOへの支援が期待されている。 マレーシアは政治的にはNGO活動の制約が大きいが、経済的には、マレー系の場合は、ブミプトラ政策の下で優遇されており、余り必要性も高くないが、中国系やインド系では自力救済の必要が高く経済的な必要性も大きいという二重構造を有す。民族の違いを越えて全体として住民参加とNGOによる政府活動のモニタリングが重要となる経済段階にあるにもかかわらず、民族問題が微妙であるのと政府の権限が強すぎるためNGOの機能が充分発揮できない状況にある。 (参考資料) ・財団法人国民経済研究協会(2001)「現地NGO、現地地方公共団体の経済協力への参加に関する実態調査報告書」(2000年度内閣府委託調査)(本川裕が総括責任者として調査に当たった報告書である。なお、バングラデシュにおける調査・分析は、研究会委員であった元シャプラニール現地所長・中田豊一氏によるところが大きく、上記コメントの分析も多くを彼によっている。改めて感謝しておきたい。)ここからダウンロード可能 ・「国家とNGO−アジア15カ国の比較資料−」(重富真一編、2000年3月、アジア経済研究所、「アジアの国家とNGO」明石書店 、2001年 )
(2006年11月17日収録、2013年3月12日コラム追加)
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