バングラデシュのマイクロクレジットは、2006年のノーベル平和賞受賞者となったムハマド・ユヌス氏がはじめたグラミン銀行の成功物語からはじまる。 1976年に、ユヌス氏の手弁当で数人の農村女性を相手に始まったグラミン銀行のマイクロクレジットは、国際的ドナーの強力な支持を得て、1980年代後半から会員数を急激に増やしていった。 マイクロクレジットは、海外のドナーなどから低い金利で借り入れた資金を、農村の組合のメンバーに対して、年利10〜20%で貸しつけるというものである。村の高利貸しの年利100%に比べれば、村人たちにとってそれは十分低利であったし、グラミン銀行が示した98%の返済率は、十分に採算の取れる融資事業であった。 村人のニーズと組織のニーズが合致したこの事業に、ドナーからの資金的自立を目指していた現地NGOの多くが殺到したのも当然と言えよう。 バングラデシュのNGOにとって、マイクロクレジットは、貧困層の生活向上を支援できる上に、団体の管理運営費まで稼ぎ出すことができるという、まさに一石二鳥の魔法の玉手箱なのであった。 第1の図に見られるように、バングラデシュのマイクロクレジットの供与機関は、累計では、グラミン銀行が最も多く、NGOがこれに次いでいるが、現在の貸付残高ではすでにNGOが最大となっている。この他、政府系の機関もマイクロクレジットを行っている。NGOの会員数(貸付を受ける貧困層がNGOの会員、メンバーとなる)を含め、バングラデシュのマイクロクレジットの概要表を以下に掲げる。 バングラデシュのマイクロファイナンスの概観
*CDF調査において集計の対象となったNGO数であり、マイクロファイナンスを行っているNGOをすべて含んでいるわけではない。しかし主要NGOは集計に含まれていると考えられる。 **代表はDr. Salehuddin Ahmed(BRAC)であり、NGOに融資している。 ***Nationalized Commercial Banks (元資料)Credit and Development Forum(CDF), CDF Statistics, volume 9,December 1999 (資料)財団法人国民経済研究協会「現地NGO、現地地方公共団体の経済協力への参加に関する実態調査報告書」(2000年度内閣府委託調査) 会員は、女性が圧倒的であることが特徴であり、貧困層の中でさらに差別され、不利な状況に置かれていたバングラデシュの女性層に力を与えた点が、マイクロクレジットの画期的な側面とされる(イスラム国の女性差別については、平均寿命や体格の男女差についての図録1670、2205参照)。夫が行う事業についても、夫が妻に頼み込んで、クレジットを借りてもらうというようなことからも、女性の力は高まっていると言われる。
第2の図に見られるように、NGOの行うマイクロクレジットの原資は、1996年には、なお、海外援助に大きく依存していたが、1999年には、NGOの会員の貯金が最大となっており、マイクロクレジットからのサービスチャージ(利子)も大きなシェアを占めるようになっている。これは、農業者の農協貯金を原資に農業投資が行われているような状況といえ、資金循環が自立的になってきていると考えられる。 グラミン銀行の高い返済率の裏には、いくつかの巧妙な仕組みがあることが知られている。通常、最も強く批判されるのは、強引な連帯責任制度を敷いていることである。グループメンバー5人のうち、まず最も貧しいメンバーに融資が行なわれ、それが返済されなければ、他のメンバーが借りられない。そのため、他のメンバーが、先に借りたメンバーに返済のために、無け無しの家財を売り払わせたり、高利貸しから借り直させたりした、というようなエピソードがあちこちの村で語られている。 あるいは、借り入れた資金を、自分で使わず、他の村人に、少しだけ利子を上乗せして又貸しするケースもよく耳にする。グラミン銀行を始め、実施機関の多くが調査に抵抗を見せるので実体は掴みにくいが、組合のメンバーから他の村人への又貸しが相当の割合に上っていることは間違いない。 これらのエピソードが示すのは、公的な金融機関が実施的に機能していないバングラデシュ農村においては、小口で短期の資金の需要が相当大きい一方、貧しい農民が有効な投資先を見つけるのは非常に困難という農村の現実である。 第3の図のクレジットの使途一覧が示すように、スモールビジネスというカテゴリーに属する使途が圧倒的に多い。これは、本来は、たとえばバナナを近隣の農家から仕入れて熟させ、市場に売りに出すなどという、非常に小規模な流通に関わる仕事を指す。また、その他では、家畜や農業、食品など農村部で手の付けやすい小規模な事業分野が多い。 ところで、グラミン銀行をはじめ、ほとんどのマイクロクレジット機関は、その資金が実際に申告通り使われたか、さらには、それでどれだけの利益を上げたかというような情報は組織的には集めておらず、「期日通りの返済」をもって融資事業の成功と判断しているのが実状である。借りたものの使い道がない、あるいは、借りた資金を生活のために消費してしまい、余裕のある他のメンバーなどから借りて取りあえず返済しているというような状況、すなわちマイクロクレジット・バブルの発生も懸念されているところである。 マイクロクレジットが謳い文句ほどの経済的効果を上げられないでいる最大の原因が、バングラデシュ農村の経済インフラの貧弱さと市場の小ささにあることは誰の目にも明らかである。たとえば、クレジットの第2番目の使途は家畜であるが、村人の多くが借りた金で牛を飼い始めた結果、飼料が不足して高騰したり、牛乳が余って価格が下がったりということが各地で起こっている。労働力以外の自己資本を持たない貧農層に対して小額を貸しつけて確実に回収することを軸としたような、従来のマイクロクレジットの方法だけでは、実質的な経済開発の促進は容易ではない。 そのため、貧農層の経済事業をさらに発展させるための支援事業(技術向上、施設整備、市場開拓)に乗り出すNGOも登場している。常にNGO界の先頭を走ってきたBRACは、すでにそのような方針を明確に打ち出し、最重点課題として組織を上げて取り組み始めている。Micro Enterprise Management Program と名づけられたそのプログラムにおいてBRACは、小農、中農の起業、家内制手工業や庭先畜産の規模の拡大などのために、資金と技術を提供するとともに、資料工場、食肉の加工流通センター、乳製品の加工工場、冷凍・冷蔵施設等々の生産・流通施設の運営を始めている。 (参考資料) ・財団法人国民経済研究協会(2001)「現地NGO、現地地方公共団体の経済協力への参加に関する実態調査報告書」(2000年度内閣府委託調査)(本川裕が総括責任者として調査に当たった報告書である。なお、バングラデシュにおける調査・分析は、研究会委員であった元シャプラニール現地所長・中田豊一氏によるところが大きく、上記コメントの分析も多くを彼によっている。改めて感謝しておきたい。)ここからダウンロード可能 (2006年11月17日収録)
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