人が幸せになるのはどのような要因によってであるかについて関心を抱かない者は少なかろう。裕福さ、出世、家族愛、学歴、健康、信仰、自然環境など、いずれが大きく作用しているのかについて、そうした客観指標データと幸福感との相関分析が多くなされているのももっともである。しかし、幸福の要因論については、意識調査で人びとがどんな要因を重要と考えているかを直接聞いてみるのもひとつの方法である。
なお、イプソス社の過去の幸福感調査では、幸福の要因については、それぞれの要因項目について満足度を調べたり、各要因項目がそれぞれどの程度多くの幸福をもたらしているかを調べたりしていたが、「健康」のような当たり前の項目の回答率が高くなるだけでなかなか納得感の得られる結果が得られていなかった(と私は思う)。そこで項目間の優先順位づけを直接対象者に行わせるような調べ方に今回変えており、従来よりもディー セントな結果になっていると思われる。 本題である幸福の要因論に入る前に、議論の前提として、同調査による幸福度の推移(下図)についてふれておこう。 ![]() 「幸せ」(とても+やや)と回答した割合を幸福度ととらえると、2025年調査によれば、日本人の幸福度は60%である。 東日本大震災のあった2011年からの推移を見ると70%水準から2019年には52%まで低下した後、コロナ禍から脱却とともに幸福度も回復傾向をたどっていると認められる。 米英独仏の欧米主要国と比較すると、日本人の幸福度は韓国とともにレベル的には低いが、2020年以降、新型コロナとそれが収まるや大インフレに見舞われた欧米主要国で幸福度が低下傾向にあるのに対して、回復傾向にある点が異なっている。もっとも日本も欧米に遅れて物価上昇にさいなまれているので、今後は分からない。 さて、本題にもどって、幸福の要因についての意識を見た冒頭の図録には、日本で幸福を感じている60%の人に幸福の要因を3択できいた結果を、回答率が多い順に掲げた。世界30カ国の平均も点グラフで付記した。 なお、「幸福の要因」は、幸福度の設問で「とても幸せ」及び「やや幸せ」と回答した者にきいた結果であるが、「幸福でない要因」の方は「あまり+幸せでない」及び「全く幸せでない」と回答した者にきいた結果である。 世界各国の幸福の要因ランキングの比較は図録9477参照。 幸福の要因としてもっとも多く回答があった1位は「家族と子どもたち」と「感謝され、愛されている感じ」が41%で同順である。3位は「人生に意味を感じる」(31%)、4位は「経済的な状況」(30%)である。 「経済的な状況」、すなわち物質的に恵まれていることが幸福につながる程度は、親しい人たちと過ごす楽しく充実した人生、あるいは生きがいある人生に比べると、要因としてはやや弱いものと意識されていることが分かる。 一方、幸福ではない要因の方は結果が大きく異なる。幸福ではない要因として最大なのは「経済的な状況」の64%であり、2位の「人生に意味を感じる」の27%を2倍以上と大きく凌駕している。 経済的に恵まれているかどうかは、必ずしも幸福の第1要因ではないが、不幸の第1要因ではあるのである。 こうした日本の結果は、世界30カ国の結果とほぼ同じである。 図録9482などで「幸せはお金で買えるか」ということを所得水準と幸福度の国別相関で調べたが、そこで得られた貧しい国だからといって不幸とは限らないが、裕福な国は概ね幸福だという結果は、ここで見た意識調査の結果と整合的である。 同様の結果は今回の調査結果の幸福度データからも得られる。下図に、所得水準の高い国ほど幸福かどうかを相関図であらわしたが、豊かな国で幸福度の低い国はないが、貧しいからといって必ずしも幸福度は低くない点が明らかである。 ![]() インドやメキシコなどは貧しい割には幸福度が豊かなアイルランドやシンガポールよりも高い点が目立っている。一方、韓国、トルコ、ハンガリーは所得水準の割に幸福度が低い点が目立っているが、日本もこれらの国にやや近い。 以上でふれた要因以外の要因についても、日本の結果は世界平均とほぼパラレルだが、大きく異なっているのは、「身体的健康」や「精神的健康」、特に「精神的健康」が、幸福の要因にせよ、幸福ではない要因にせよ、日本の場合は要因として強く感じられていないと言う点である。 日本の平均寿命は世界トップクラスであるが(図録1610)、意識上も健康問題が世界の中でも幸福を左右する要因になっておらず、両者は整合的である。 「健康」と並んで日本の結果が世界平均と異なっているのが目立つ要因項目は「信仰や精神生活」である。これが幸福の要因として挙げられる比率が日本の場合は世界平均よりかなり低くなっているのである。 (2025年6月2日収録)
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