幕府調査の結果で知ることができる1721(享保6)年から1846(弘化3)年にかけての江戸時代後半(近世後期)の人口動向については、図録7857で全国動向を、図録7858で地方別動向を示した。幕府調査の性格についてもそれらの図録ページでふれたので参照されたい。

 幕府調査の結果は国別に集計されているので、ここでは、各地方の国別の人口動向について見ていくことにする。グラフは実数と指数の両方の推移を掲げた。

 上記の2つの図録と異なり当図録では明治はじめの人口調査の結果と接続させた結果を示した。幕府調査では武士や場合によっては年少者や被差別民が対象外となっていたので、明治の数字については当然幕府調査の結果と段差が生じており取扱いに注意が必要だが、国別人口やその推移の相対的な地位については一定の情報を読み取ることが可能なので敢えて接続させた。

 いずれ順次、各地方について取り上げていこうと考えているが、まず掲げたのは半島部が国として独立している地方である。すなわち能登を含む北陸地方、安房、上総を含む南関東地方、伊豆を含む東海地方(静岡)という3地方である。

 何故、半島部を含む地方を取り上げたかというと、陸上交通が基幹交通路となった明治維新後には衰退傾向をたどった半島経済が、海上交通が基幹的な交通路だった江戸時代にはどう推移していたのかを知りたいためである。

 能登、安房、伊豆のいずれもが同じ地方の他の国と比較して、地形上耕地が少なく人口規模は小さいものの、人口動向では衰退傾向は認められず、むしろ人口増が目立っていたことが見て取れる。ただし、南関東地方の上総の国も半島部の一部であるが、突端部の安房が除かれており、人口動向も半島的ではない。

 いずれにせよ、海上交通が主流だった江戸時代には半島部が内陸の経済発展から取り残されるということはなかったと結論づけられよう。これは、商業、海運・倉庫・造船業、船主経済、風待ち港機能、漁業、塩業など臨海立地の地場産業の発達によるものと考えられる。

 図録7815では、伊豆半島の風待港と船宿の分布図から明治期初めまでの南海路の要衝たる伊豆沿岸の繁栄についてふれたので参照されたい。

 図録7857、図録7858では江戸時代後半における北陸や西日本の人口動向の堅調ぶりを北前船経済圏の発達と関連づけて論じた。ここで示した半島部経済の堅調ぶりも沿岸の海上交通を軸とした経済発展ということで共通している。北前船経済圏については2013年の富山市民大学での講演資料を参照されたい(ここ)。

(2022年10月26日収録)


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