各都道府県の老舗企業の分布図を作成してみた。古い資料も使っているので、廃業や合併などで現在もこうした老舗企業が活躍しているとは限らないが、多くはなお存続していると考えられる(都道府県別の老舗企業数については図録7465参照)。

 日本企業の特徴のひとつは老舗企業が多い点にある。創業ないし設立から100年以上経っている企業を老舗企業とすると、帝国データバンクの資料によれば、老舗企業は日本に約2万社あり、企業全体の1.6%にのぼっている(2009年)。そのうち200年以上経っている江戸時代以来の老舗企業は938社、300年以上の老舗企業は435社とだんだん少なくなるが、それでも結構な数にのぼる(図録5407参照)。

 日本最古であるばかりでなく世界最古の老舗企業とされるのは、大阪の「金剛組」であり、何と創業は大化改新以前の元号もない578年であり、現在までに1445年も続いている。江戸時代までの金剛組は四天王寺のお抱え宮大工としてとして毎年一定の禄を得ていたが、明治維新以後の廃仏毀釈により、四天王寺が寺領を失い、戦後には、金剛組は需要の少なくなった寺社建築ばかりでなく、マンション、オフィスビルなど一般建築も手がけるようになった。金剛組もバブル崩壊の影響を受け、他のゼネコンの支援を受け、債務を切り離して従業員や宮大工を新会社に引き継ぐかたちで存続を図ったという。

 日本各地の老舗企業の業種を見ると、最古の老舗企業である金剛組のような建設業はめずらしく、旅館・ホテルや百貨店に加え、清酒、菓子、医薬品、水産練製品のような製造業、あるいは生鮮魚介卸、紙卸といった商家が多い。

 変わったところでは、島根の「たなべたたらの里」のようにもともとのたたら製鉄の企業が、時代の変遷で商業等に長らく業種替えしていたが、近年、祖業を復活させ、ひとびとが歴史的遺産を体験したいというニーズにこたえているような例もある。

 なお、県別に記載した老舗企業は、地元で創業、継業しているケースが大半であるが、ようかんの虎屋のようにもともとは京都で御所御用菓子屋の地位を確立していたのが、御所の東京遷都にともない東京に本拠を移したというような例もある。

 また、1566年に滋賀で創業し蚊帳などの繊維製品を全国に行商していた近江商人の西川甚五郎商店が、江戸に進出して現在の西川産業(東京西川)、京都に出店して現在の京都西川、大阪に出店して現在の西川リビングという企業として活動するようになり、全体として「ふとんの西川」グループを形成しているといったケースもある。分布図では祖業の地でなお継業している西川テックスのみを掲げた。

 図に赤字で記した老舗企業は、江戸時代初期にあたる17世紀以前に創業した企業(うち太字は16世紀以前創業)である。日本列島の多くの身近な地域で非常に古い老舗企業が息づいている。

 16世紀以前、すなわち関ケ原以前に創業の企業は日本列島の中央部に多い。それだけこの地域が歴史的に先行しているとも言えよう。図録3922で掲げた県を代表する人物についての意識調査結果も中央部の人物の方が歴史的に先行しており、同様の傾向が見られるのも興味深い。

 このように老舗企業が身近に立地しているという点から我々日本人は歴史とともに生きていると言ってもよいが、それにはそれだけの根拠があると言ってよい。

 植物学者・生態史家の中尾佐助は建築様式や食生活を例に挙げて日本が古代の習慣や文化を今に伝えている稀有な国であると述べている(図録0214参照)。

 建築様式については、雨が多くじめじめした気候の日本や中国南部では高床式建築が合理的であるのだが、中国の江南では華北文化の影響で土間を基本とする建築に変わってしまったのに対して、日本ではもともと土間だった寺院までむしろ高床式に変化した。

 また、食生活については、肉食を禁ずる仏教が優勢となった東アジア文明圏の中で古代から引き継いで基本的には肉食に復帰することなく、それを前提に肉がない味気なさを埋める合わせるうま味を工夫し続けて、独自な日本料理を創出した点でも大陸諸国とは大きく異なっている。みそ・しょうゆ、すし、出汁などの和食要素を生み出すとともに、その延長線上で海外から受け入れたラーメンやカレーなども新・和食としてつくりかえ、それらが世界でも評判となっているのである。

 島国であったため大陸国のように支配民族の大交代が起きなかった点から生じたこうした日本の歴史的独自性について中尾は次のようにまとめている。

 「日本歴史では、社会も政治も、生活もいろいろ変化変遷してきた。しかしその変わりは全部連続性の上に構築されてきたという、世界歴史の上に、たぶん唯一の歴史になっているといってよいだろう。それは現在の社会に何をもたらしたのか。たぶんそれは古代の遺風、遺物を消し去ることなく、細ぼそとして、あるいは変化しながら、日本の国内のどこかに残してきたという効果を生じていると考えられる」(中尾佐助「現代文明ふたつの源流―照葉樹林文化・硬葉樹林文化」朝日選書、1978年、p.226〜227)。

 こうした点は、世界の中でめずらしいことに人間が手を加える前の原始林を「鎮守の森」として残してきているところにもあらわれているが、この図録で示したような、古くから続いてきた日本各地の老舗企業の存在にもじかに感じ取ることができるのである。

 図で取り上げた各都道府県の老舗企業名を業種名とともに列挙すると、北海道・相馬商事(肥料・飼料卸)、青森・旅館柳の湯(旅館・ホテル)、岩手・小田島(医薬品卸)、宮城・カネダイ(水産食料品)、秋田・三傳商事(各種商品卸)、山形・大沼(百貨店)、福島・大七酒造(清酒)、茨城・伊勢甚(結婚式場)、栃木・大黒屋(旅館・ホテル)、群馬・糀屋(糀製造販売)、埼玉・矢尾百貨店(百貨店)、千葉・ヤマサ醤油(しょうゆ)、東京・虎屋(菓子)、神奈川・鈴廣かまぼこ(水産練製品)、新潟・田村商店(和洋紙卸)、富山・ナカノ(生鮮魚介卸)、石川・紙安(生鮮魚介卸)、福井・カラヤ(鉄鋼・同加工品)、山梨・印傳屋上原勇七(かばん・袋物)、長野・佐久ホテル(旅館・ホテル)、岐阜・桑名屋(菓子問屋)、静岡・鈴与(港湾運送)、愛知・松坂屋(百貨店)、三重・赤福(生菓子)、滋賀・西川テックス(寝具製造)、京都・月桂冠(清酒)、大阪・金剛組(建築工事)、兵庫・剣菱酒造(清酒)、奈良・菊岡(医薬品小売)、和歌山・駿河屋(練羊羹)、鳥取・えびす本郷(菓子・パン)、島根・たなべたたらの里(たたら製鉄)、岡山・ナイカイ塩業(塩製造)、広島・戸田工業(無機顔料)、山口・三井酒造場(清酒)、徳島・日の出楼(和菓子)、香川・波多野塗料(塗料卸)、愛媛・日鮮海運(船舶貸渡)、高知・司牡丹(清酒)、福岡・児島洋紙(和洋紙卸)、佐賀・辻精磁社(陶磁器)、長崎・カステラ本家福砂屋(生菓子)、熊本・九州東邦(医薬品卸)、大分・フンドーキン醤油(しょうゆ)、宮崎・小玉醸造(焼ちゅう)、鹿児島・山形屋(百貨店)、沖縄・新里酒造(焼ちゅう)である。

(2023年3月13日収録)


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