生命表における平均寿命は特定年次の年齢別の死亡率から考えて、何歳まで生きるかという確率を計算した結果であり、毎年、死亡率が変化しない場合にのみ額面通り受け取ることができる数字である。死亡率が経年的に改善されていく場合は、その年生まれた子どもの実際の寿命はもっと長くなるのである。 地域別の寿命についても、災害や感染症、個別の健康事情などその年の死亡率に及ぼす地域の特殊事情によって大きく左右される性格の数字であることを考慮に入れる必要がある。 図録7248に都道府県の平均寿命を支援したが、これを見て、男なら滋賀が最も長寿な県だから滋賀に引っ越せば安心と単純に判断するわけにはいかない。寿命の長さの要因としては、気候風土のように余り変化しないものもあれば、短期的な地域の特殊事情もあるのであるから当然だろう。 そこで、どの地域で住めば健康上、比較的安心かを判断するには、5年毎に計算される平均寿命を時間的にもっと長いスパンで見ておく必要がある。 都道府県別の平均寿命データが得られるのは、戦前3期と戦後ほぼ5年おきである。当図録では、各期における男性及び女性の平均寿命の都道府県順位を記すとともに、長寿県である上位10位を暖色で、短命県である下位10位を寒色で塗り分けた。上位1位はとくに濃いピンクで、下位1位は濃い青で示した。 まず、男性の順位推移を見て地域的な特徴を分析してから、その次に女性の場合はどう異なっているかを記述することとしよう。 最初に男性の順位についてはどういう特徴があるだろうか。 直近の特徴に着目すると、青森を筆頭に東北・北関東で短寿命であり、長生きしたければ長野から京都・奈良にかけての地域に住めばよいことになる。 しかし、地域によっては、時代にかかわらず寿命が長いか短いかのところと、時代ごとに順位が大きく変化しているところとがある。 下位グループになったり上位グループになったりと順位が大きく変化している地域は、大都市部(東京・神奈川、愛知、大阪・京都)と北陸、四国・南九州、そして沖縄である。 こうした変化が大きかった地域については後回しにして、まず、時代を問わず平均寿命が長い地域、短い地域はどこかを調べてみよう。 すると、東山、東海、及び山陽はおおむね常に長寿地域であり、東北、北関東と北九州は、おおむね常に短命地域であることが分かる。 ただし、恒常的な長寿地域の中でも、東山の中の山梨、東海のうちの三重、山陽の中の山口は例外的にそう寿命が長くないか、むしろ短い。また恒常的な短命地域の中でも、東北の中の宮城、山形、北関東の中の群馬は例外的にそう寿命が短くない。 こうした例外地域に配慮すると、まとまった恒常的長寿地域といえる長野・岐阜の東山地方から東海地方を経て京都・奈良までの近畿地方東部にかけての地域に住めば、子ども世代の将来まで含めて、まず、安心ということになる。さらに飛び地となるが岡山・広島、熊本・大分の地域も将来に向けかなり安心である。 女性の順位推移については、恒常的な長寿命地域から東山地方のうち岐阜が除かれる点、東海地方、特に愛知、あるいは近畿地方東部のうち奈良は怪しくなる点が男性と異なっている。また、女性については、山陽地方だけでなく山陰地方もかなり有望となる。 順位の変動が激しかった地域は大丈夫か? さて、次に順位の変動が大きかった地域についてであるが、今後も長寿が継続するようなもっともな理由があれば、将来も移住の候補地としてふさわしいことになるので、検討が必要だ。 順位の変動が大きかった地域の中で、戦前は短命地域だったのが戦後になって長寿地域に変貌した地域が2つある。1つは大都市部(東京・神奈川、愛知、大阪・京都)であり、もう1つは北陸地方である。各県別には以下の図録も参照されたい。 図録7252(青森と沖縄の平均寿命の順位推移) 図録7253(秋田・長野・福井・和歌山・滋賀・岡山の平均寿命の順位推移) 図録7254(大都市圏、東京・愛知・大阪の平均寿命の順位推移) 実は、江戸時代に江戸、大坂といった巨大都市は、高い未婚率と衛生状態の悪さから人口マイナス地域となっていた(いわゆる「都市蟻地獄説」)。独身流入者が多いと出生も少なくなるのに加え、人口が密集した都市では伝染病が一気に拡大しがちであり、上下水道の整備以前には、ごみ処理問題と合わせて不衛生が死亡率の高さをもたらしていたと考えられる。 我が国においても、肺炎や胃腸炎などの感染症が猛威を振るっていた1920年代前半の段階では、大都市圏は、なお、こうした状況にあったと考えられる。従って、大正期の東京は地方圏からの大量の流入人口で首都機能を保持していた。 戦前から戦後にかけて、こうした大都市圏の短命要因の改善は大いに進んだ。特に米軍占領下、東京に本部のあったGHQが強行したDDT散布や水道の塩素消毒といった公衆衛生対策の効果は著しかったと考えられる。江戸時代以来の大都市における宿命的な非衛生状態から脱し、むしろ大都市が最も衛生的な地域となったのである。衛生改善に加えて医療体制の充実や給食などによる栄養改善も大都市から広まっていった。 その結果、東京都は、戦前の最下位レベルとは打って変わって、1947年から高度成長期が終わる1975年まで平均寿命が基本的に男女とも一貫してトップに立った。東京にやや遅れて大阪や名古屋を抱える愛知でも平均寿命の順位は上昇していった。 しかし、高度成長期前後をさかいに大都市圏が首位である状況は変化し、普通の順位の地域となった。これは、大都市圏にいちはやく導入された保健衛生・医療の体制が全国的に広まっていったからと考えられる。もっとも大阪(あるいは兵庫)は多分、別の要因から近年平均寿命が最下位レベルとなっていると考えられる。 最近20〜25年は大都市部で順位の上昇傾向が認められる。特に東京の女性の平均寿命の順位の上昇が目立っている。この時期は都心回帰の時期と重なっており、両者には何らかの関係があろう。 従って、大都市、特に東京・神奈川などは女性にとっては有望な居住地としての可能性を否定できない。 次に、大都市部と並んで、戦前は短命地域として目立っていたが戦後になって長寿地域に変貌した地域として、北陸地方(および滋賀や島根)があげられる。 これは気候風土上の不利性が栄養改善で好転したからだと考えられる。図録7228cに掲げたが、JINS調べの「メガネ白書2022」によるとサングラスを使用している人の割合が最も低いのは滋賀であり、鳥取、富山がこれに続いていた。つまり、こうした地域は日射しが弱いのでサングラスの必要がないのである(逆に割合が最も高かったのは沖縄で長崎がこれに続いていた)。 私の祖父は富山県の氷見出身であるが、中学時代の地理の参考書に、北陸は気候の特徴として曇天の時期が長く、氷見はくる病で有名、との記述を見付けて驚いた記憶がある。くる病は紫外線(日光)不足や栄養不足によるビタミンDの代謝障害によってカルシウム、リンの吸収が進まないために起こる病気であったが、栄養分の中でもビタミンは外部補給が容易なため途上国においてもこうした疾患は最近は見られなくなったといわれる。 戦前は日本国内でも水田に生息するハマダラ蚊が媒介し瘧の一部がそれにあたる土着マラリアで死亡する人もかなりいた。明治以降、全国的に減少してきていたが昭和10年頃には「マラリア五県」と呼ばれる富山、石川、福井、滋賀、愛知で局地的に残存し、特に福井や琵琶湖のある滋賀の両県で過半数を占めていたという。北陸や滋賀の短命にはこんな要因も作用していたのである。キニーネの普及や土地改良の進展に伴い、土着マラリアは戦後にかけて撲滅された(田中誠二2011)。 つまり気候風土上の短命要因が近代的な健康対策や県民の律儀な生活態度で克服されたのであろう。こうした条件が今後失われるとも考えにくいので、これからも気候風土が健康上のマイナス要因とはならないであろう。 従って、気候上は多少鬱陶しいところもあるかもしれないが、寿命を考えた移住策としては北陸地方もまた有力な候補なのである。 変動が激しかったその他の地域である四国・南九州、そして沖縄は、西南暖地とも呼ばれるが、戦前、あるいは戦後しばらくは長寿命地域として目立っていたが、近年は、短命地域化している。 これは、北陸地方とは反対に、気候風土の有利性が近代的な生活環境の中では十分に発揮できなくなってきたからではないだろうか。厳しい目でみると、温暖な気候が油断を生み、野放図な生活態度を許しているから短命地域化している可能性があろう。気候風土上はよい地域であるし、ストレス対策上はむしろ好ましい所もあるので、周囲の環境に染まらないだけの覚悟があれば十分移住先としても有望ではあろう。 平均寿命の都道府県ランキングの客観的価値:実は以前ほど重要性は高くない 最後に、以上のようなランキングがどの程度、意味があるかを判断できるデータを下に図録7248から再録し、コメントを閉じることとしよう。 これは、大正末(1921〜25年)から現在まで3時点の平均寿命分布の推移を示しており、2020年については米国の州別データも参考に掲げている。 これからは、以下の3点を読み取ることができる。 まず、戦前から戦後にかけて各地域で男女ともに平均寿命が大きく伸びている。大正末におおむね40歳代であり、地域によっては30歳代だった平均寿命がいまや男女ともにおおむね80歳代となったのである。 第2に、男女差がひらいた。大正末では女の平均寿命の方が男より短い地域が存在した(福井、岐阜、広島など)。現在ではどの地域でも女性の方が平均寿命が長くなり、その差も大きくなった(図中の45度線から上へシフト)。 そして第3に、地域間の平均寿命の差が大きく縮小した。大正末の分布に比べると現在の分布はほとんど団子状であり、地域差はほとんどなくなったといってもよい。衛生状態や治安、医療体制、健康保険さらには健康対策の全国的な普及、平準化がこうした地域差の縮小の背景にあると考えられる。毎期のデータを追うと地域差の縮小は1970年頃までにほぼ終了したことが分かる。 参考までに掲げた米国の州別の平均寿命は治安や健康保険の加入率、所得水準の違いにより州により9歳前後の差がある。これと比較して日本の場合は、せいぜい2〜3歳の差であり地域別寿命の均質化が著しい。また、米国で男女とも最も長寿命のハワイ州より青森の方が寿命が長いことからも分かる通り、全体として日本の方が長寿命である。 つまり、過去と比較しても、また米国などと比較しても、今では国内であればどこに住んでも十分長生きできるのであり、最後になって立論の前提を覆すのは恐縮だが、実は、平均寿命の差を考慮した移住は今ではそれほどの意味がなくなっている。長生きできるかどうかという点から移住先を選ぶ必要はほとんどないのでご安心ください。 (2023年1月13日収録、4月18日土着マラリア)
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