物流コスト効率化の進展の程度をあらわす指標としては物流費比率があげられる。 物流コストの効率化の要因としては、量的な合理化効果と価格的なコスト低減効果の両面がある。量的な合理化効果の中には、省物流効果と輸送効率化の2面がある。ここでは、こうした要因の分析には立ち入らず、主要素材製品の物流費比率の推移を概観しておこう。 原資料は毎5年の産業連関表であるが、これは総務省の下で関係府省庁の共同事業として作成されている加工統計である。なお、直近は、産業連関表の重要な基礎資料となる「経済センサス−活動調査」が2011年を対象に実施されたことを受け、2010年でなく2011年のデータとして取りまとめられている点に留意する必要がある。 (産業競争力と物流コスト) 日本の産業競争力の制約条件のひとつとして電力、通信などと並んで物流の高コスト構造があげられることが多く、中でも、産業基礎物資である鉄鋼、石油製品、セメントといった素材製品が物流コストの高さによって高価格になっているとしたら問題である。 図録5300で見たとおり、日本の素材製品の価格は途上国製品に対して高価格であるが、組立製品と比べれば相対的に安価であり、競争力上の制約となっているとは言い難い。事実、鉄鋼などは、輸出入実績から見た指数では、最近、むしろ競争力を向上させている(図録4800参照)。 島国日本は海に四方を囲まれており、内外の海上輸送を使って効率的な臨海型工業を形成したことが戦後の高度経済成長の一因となったことを忘れるべきではない(鉄鋼について図録5500参照、セメントについて図録5600参照)。 それでは、かつて、何故、物流の高コスト構造が鉄鋼など素材メーカーによって問題視されたのであろうか。それは、素材メーカーの合理化の進捗度に物流の合理化が追いつかなかったからだと思われる。すなわち、物流の高コスト構造は、外国と比較してというより、従前と比較して高いと感じられたのである。 (1980年代) そこで上の3つの図録を見ると、1980年代、とくにその後半、バブル経済の時期にかけて物流費比率が、鉄鋼、石油製品、セメントで上昇していたことが明瞭である(鉄鋼は銑鉄などを除いた鋼材のデータをあげた)。 重量当たりの製品価格が他の素材製品と比べても低いセメントなどでは1990年には、何と、物流費比率が22%に達した。セメントの場合はバブルの頃の公共工事、建設ブームに伴って生じた道路輸送費の膨張がこうした高さを招いた要因である。 鉄鋼では、セメントと同様道路輸送費が膨張するとともに、港運コストがじりじり上昇していたことが要因である。 石油製品(重油、灯油、ガソリンなど)では、80年代前半は道路輸送、後半は内航輸送(タンカー輸送)がコストアップ要因となった。80年代後半から90年代後半にかけての需要拡大に対するタンカー不足が運賃高騰を招いたことが、この時期の内航コストの上昇に結びついていたといえよう。 なお、消費財でもそうであるが、全体にこの時期、ユーザー・ニーズに即応するため、自動車輸送を中心にドアツードアの多頻度交錯輸送に対する要請が高まったことが物流費の上昇基調を招く基礎要因のひとつとなっていたと考えられる。 (1990年代) ところが、1990年代にはいると物流費比率の動きは低下傾向へと変化した。 鋼材の物流費は、自動車は横ばい、港運が上昇、内航が低下であり、結果としてほぼ横ばいかやや低下傾向となった。電炉メーカーなどと比較して内航船輸送のウェイトの高い高炉メーカーでは1990年代後半以降、物流費比率は大きく低下している。2004〜05年頃は鋼材価格は大きく上昇・回復しているが、図の期間では大きく低下していたので、物流費自体はそれ以上に縮減していたと考えられる。 石油製品は1990年代前半まで船腹不足とタンカーの運賃用船料の上昇に伴い内航コストの比率が上昇していたため物流費比率はそれほど低下しなかったが、90年代後半にはいると、需要低迷に加え、96年の特石法の廃止をきっかけに相互バーター取引の等の輸送合理化策を進めた結果、タンカーの運賃、物流量ともに低下して、物流費比率全体も大きく低下した。 セメントも1990年の異常事態から脱し、特に道路輸送が大きく圧縮されたため、1990年には過去最低水準の物流費比率となっている。セメントの製造コストの低減は非常に大きいので、物流費比率が過去最低になったということは、大規模なセメントタンカーを活用した適地適産による物流合理化が大きく進展したことを裏づけている。 (規制緩和と物流費比率低下) 1990年代は運輸業の規制緩和が大きく進んだ。トラック輸送業は、他運輸分野に先がけ1990年に貨物自動車運送事業法施行により規制緩和がなされた。これにより事業への参入は需給調整規制に基づく免許制から許可制に、運賃・料金は認可制から事前届出制とされた。海上輸送では、内航海運はもともと自由運賃であったが、1998年に船腹調整事業が廃止され(暫定措置事業への移行)、1999年にはタンカー運賃協定が廃止された。また港運については、内航海運にやや遅れ、2000年に主要9港において事業免許制を許可制に、運賃・料金認可制を事前届出制に規制緩和され、地方港についても同様の規制緩和の方向で作業が進められている。また、2001年には港運労使により364日24時間の荷役作業が合意された。 素材産業では、鉄鋼業におけるJFEの誕生(2002年)などに見られるように、価格交渉力の回復や設備等のリストラ、あるいは物流合理化を目指して企業統合が進んでおり、道路、内航、港運といった中小企業が多い運輸業界は規制緩和のため過当競争が一層激しくなり、素材産業の荷主に対する運賃・料金の交渉力の点では厳しい状況に置かれている。1990年代前半から中間財の価格低下に追従するように内航運賃は低下を始めており、必ずしも1990年代後半に本格化した規制緩和を運賃低下の主要因とすることは出来ないが、1990年代後半には、物流効率化や素材価格下落幅の縮小にこうした規制緩和による交渉力低下が加わって物流費比率の低下がもたらされているといえよう。 (2000年代) 2000年代の物流費比率の動向は、鋼材では従来の横ばいから低下傾向に転じ、石油製品では、低下傾向が継続し、セメントではほぼ横ばい傾向となっている。運輸機関別には、2000〜05年における鋼材の港運コストの低落、及び同期の石油製品の内航海運コストの低落が目立っている。 最近ますますトータルな物流費比率が低下している点については図録6530参照。 (参考文献) 日本内航海運組合総連合会「内航海運から見た素材産業の物流コスト効率化に関する調査報告書」(2003年12月)pdfはここから 本川裕「物流コストと日本の産業競争力−鉄鋼業を中心とした素材型産業を事例に−」(2004年3月、財団法人国民経済研究協会学術刊行物「国民経済」167号) (2005年1月25日収録、2015年6月17日更新、2016年1月14日原資料についてコメント)
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