図には輸出超過を輸出入の合計で除して求めた指数(ここでは国際競争力指数と名づけたが貿易特化係数と一般には呼ばれることが多い)の推移を代表的な素材製品と機械製品、その他について示した。この指数の値が高ければ、輸出が多く輸入が少ないということなので、その製品に関して、おおむね国際競争力は強いといえるのである。 機械製品では、乗用車に代表される「すり合わせ型」製品では国際競争力を維持しているのに対して、「モジュラー型」の組立製品であるコンピューター、家電などでは急速に海外生産シフトがおこっており、2極分化の傾向が目立っている。 コンピューター、IC、家電などかつて貿易の稼ぎ頭であった製品の国際競争力が低下している点、特に家電などでは輸出超過から輸入超過に転じている点が日本産業の凋落の象徴としてしばしば取り上げられる。図のその他に取り上げている通信機器や重電機械も同様である。 電機メーカーは、国民からの料金収入を安定的に得られるNTTを頂点とする電電ファミリーと東京電力を頂点とする電力ファミリー向けの設備投資の仕事をいわば本業としてきたため経営に必死さが足らず没落したという説もある(通信機器のNECや重電の東芝が典型例)(東京新聞2017.6.27「東芝迷走の行方・識者に聞く(中)」)。 他方、トヨタを頂点とする自動車産業は日本産業の相変わらずの強さを示す例としてしばしば取り上げられるが、船舶(造船)や図のその他の工作機械も同様の強さを維持している。 一方、一時期重厚長大産業として衰退傾向にあると思われていた素材製品では、1990年代を通じ、おおむねかえって競争力上昇の傾向が認められる。 鉄鋼など素材産業の好調の主要因として最近の中国需要の急拡大をあげる論調が主流であるが、こうした指数の動きから見ると短期的な要因と言うより構造的な変化の中で中国需要の爆発という好機をよく捕らえ得たと見た方が妥当であるように思われる。 なお、図のその他には、以前より国際競争力が低い製品の例として、医療関連の製品(医薬品と医療機器)を掲げた。医療機器では、もともと低い競争力が近年更に低下した。 ▼素材産業:低迷から好調へ
1990年代以降、鉄鋼、セメント、石油製品など素材産業は何れも製品価格の低迷や利益率の低下が続いたため、製品価格や利益率の回復など最近の素材産業の好調が、余計に目立っている。 1990年代以降の素材産業の低迷には大きく2つの要因を挙げることが出来る。第1に、日本経済の長期低迷と財政難に伴う公共投資抑制によって内需が冷え込んだため、建設需要のシェアの高い鉄鋼、セメントなどは極めて厳しい状況に置かれた。また環境問題や廃棄物問題に対応した省資源・省エネの動きも素材製品の場合内需低迷の1因となっている。第2には、素材産業の川下川上で国際的な産業再編が進み、価格交渉力が失われた点をあげることが出来る。鉄鋼では、川上で、鉄鉱石企業の再編が進み、世界生産の約4割がブラジルのCVRD、英豪系のリオティント、BHPビリトンの3社がおさえるようになった。川下では、ダイムラー・クライスラーの誕生(98年)などの国際的再編に加え、国内企業の寡頭化が進み、苦境に立った鉄鋼業界ではついに新日鐵の価格主導力が失われた。石油産業においてもスーパーメジャーの誕生などの国際再編が進むなかで特石法が廃止となり(96年)、石油製品の原則輸入自由の体制が確立したため、各社の競争が激化し製品価格の維持は困難となった。 こうした中で素材産業の製品価格は、企業物価の平均以上に下落し、利益率も低下したため、素材各社は、過剰設備や過剰人員などに関して厳しいリストラを行うとともに、合併や業務提携などの業界再編を推進した。98年の太平洋セメント、宇部三菱セメントの誕生、そして2002年のJFEホールディングの誕生などの大型合併、あるいは石油産業における相互にOEM生産を行い物流量を減らすバーター取引(90年代後半から)などそれまでには考えられなかった大胆な取り組みが進んだ。 このように、製品価格の低下やそれに耐えうる企業や業界の体質改善が進んだ結果、素材産業の国際競争力は上昇した。さらに素材産業の国際競争力をもたらした構造的な変化の1つとして素材製品における比較優位性をあげることができる(図録5300参照)。 日本の素材製品は加工・組立製品と比べ相対的に低価格となっている点が目立っている。単純に言えば中国や韓国は素材製品を日本から輸入しても加工・組立製品の生産に人材や資本といった資源を傾斜させた方が得になるのである。これがいわゆる比較優位ということであり、日本の高度成長時にはアジアの工業は育っていなかったため、日本はフルセット型の経済発展を目指さざるを得なかったが、現代のアジア工業国は多くの工業国と併存し、冷戦後の国際的な自由経済環境の下にあるため、最も有利な分野に資源を集中し輸出を重視した展開を辿っており、そのため以前より比較優位の法則が効きやすくなっているのでないかとも考えられる。いずれにせよ、こうした日本の素材製品の比較優位が近年の素材産業の好調のベースにあるととらえることができる。 構造不況産業の代名詞のように思われていた素材産業であるが、近年の状況は、国内需要の傾向的低落が必ずしも産業としての競争力の低下を意味するわけではないことを示している。 (2017年6月27日コメント補訂)
[ 本図録と関連するコンテンツ ] |
|