スティーブン・ピンカーは「暴力の人類史」(原著2010年)の中で、2つの世界大戦を含む20世紀が必ずしも歴史上もっとも血なまぐさい世紀とは言えないことを戦争や人災の犠牲者数の推移で明らかにしたが(図録5228b)、更に、評論家一般の悲観論とは異なり、第2次世界大戦後の時代において戦争などの組織的暴力による犠牲者は減少傾向をたどっていることを数字で分析している。

 ここで組織的暴力は、@戦争・戦闘、Aジェノサイド、Bテロリズムに分けて分析されているが、ここでは、2番目のジェノサイド(皆殺し、大量虐殺、集団虐殺)のデータを取り上げた。なお、@については図録5229参照。

 民族皆殺しを意味するジェノサイドは今では特定集団に対する大量虐殺一般を指している(注)

(注)ウクライナへのロシアの軍事作戦がジェノサイドではないかと議論されていた時に公表されたナショナル ジオグラフィック日本版の記事(2022.4.22)によれば、法学者だったポーランド系ユダヤ人のラファエル・レムキンが最初に「genocide(ジェノサイド)」という新しい言葉を使った。これは彼が1942年に、古代ギリシャ語の「genos(部族・人種)」とラテン語の「cide(殺す)」を組み合わせて作った言葉である。ニュルンベルク裁判が終結した1946年12月、国連総会は、ジェノサイドは国際法上の犯罪であると宣言した。2年後の1948年には「集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約(ジェノサイド条約)」が採択され、国家的、民族的、人種的、宗教的集団の全部または一部を破壊しようとする行為は「いまわしい苦悩」であるとされた。それ以来、国際社会はジェノサイドを違法行為としている(編注:共謀や扇動をするだけでは処罰できない国内法などの理由により、日本はジェノサイド条約に加盟していない)。

 ジェノサイドは図の「ナチス、ソ連、日本によるジェノサイド」の時期にピークがある。ここには「ナチスのホロコーストやスターリンの大粛清、日本による中国と韓国への侵略、戦時中のヨーロッパと日本の市街地への空爆などが含まれる」(「暴力の人類史」上巻p.588)

 その後も、バングラデシュ独立時のパキスタン軍による虐殺、カンボジアのクメール・ルージュによる虐殺、ルワンダのフツ族によるツチ族の虐殺など、ジェノサイドは何回か発生しているが、目をおおうような悲惨な印象とは裏腹に数的にはピーク時の犠牲者数と比較すると減少傾向にあることが明らかである。

 歴史的には、聖書やギリシャ・ローマの歴史書や米国におけるアメリカインディアンへの扱いなどを想起するまでもなく、20世紀以前から、ジェノサイドが頻繁に繰り返されていたのであり、人びとの感覚も現代人とは異なっていた。「ジェノサイドや戦争犯罪が歴史記録に残っていないのは、当時は誰もそれをたいしたことだと思っていなかったからにほかならない」(下巻p.574)。「衝撃的なのは、最近までほとんどの人が、ジェノサイドは自分の身に起こらないかぎり、とくに悪いことではないと考えていたことだ。(中略)第2次世界大戦中のアメリカで、戦争に勝ったあと日本人をどうするか問う世論調査を行ったところ、10〜15%が絶滅させるべきだと回答した」(p.581〜582)。

 ユートピア・イデオロギーはジェノサイドを招きやすい。すべての人が永遠に幸せになるユートピアの実現のためには犠牲が何人かということには鈍感になるためである。ピーク時とその前後のジェノサイドの規模の大きさには、ユートピア・イデオロギーのひとつであるマルクス主義が影響している。

 「マルクス主義の出現は、いわば歴史的な”ツナミ”ともいうべきもので、人間社会に及ぼした影響の大きさには息を飲むしかない。マルクス主義は、旧ソ連や中国のマルクス主義政権による大虐殺を招き、間接的にはドイツのナチス政権による大虐殺の一因にもなった。1913年にマルクス主義の著書を読んだヒトラーは、マルクスの社会主義を嫌悪したものの、階級を民族に置き換えることによって、ユートピアを目指す弁証法的闘争である国家社会主義を提唱したのである。一部の歴史学者が、二つのイデオロギーを「二卵性双生児」と呼ぶ理由はここにある。さらにマルクス主義に対する反応は、インドネシアや中南米の暴力的反共政権によるポリティサイドや、1960年代から80年代にかけて冷戦下の超大国に煽られる形で勃発した破壊的な内戦も引き起こした。重要なのは、マルクス主義がこれらの意図せぬ結果について道徳的な責めを負うべきだということではなく、どんな歴史の物語においても、このたった一つの思想が及ぼした広範囲にわたる影響を、認めなければならないということだ。ヴァレンティノは、ジェノサイドの減少のかなりの部分は共産主義の衰退によるものであり、したがって、「20世紀における大量殺戮の最大の原因は、歴史のなかに消え去りつつあるようだ」と指摘する。共産主義が、ふたたび息を吹き返すこともありそうもない」(p.594〜595)。

 さらに個人的な要因もジェノサイドには大きく関わっている。「結局のところ、数千万人の人びとの死は、わずか三人の決断にかかっていたのである」(p.596)。この三人とはヒトラー、スターリン、毛沢東である。実際、彼らがやろうと思わなかったら、ホロコーストも大粛清も大飢饉も起こらなかったと考えられるのである。

(注)毛沢東が引き起こした大飢饉については悪意というより愚かさや無神経が原因だったのでホロコーストや大粛清とはやや性格が異なる。「1958年、毛沢東は、農民が裏庭に炉を造れば、一年で中国の鋼鉄生産量を倍増できるとの啓示を受けた。割り当て分を生産できなければ死刑になると脅された農民たちは、鍋や包丁から、シャベル、ドアノブまで溶かして、使いものにならない金属の塊に変えていった。毛はまた、苗を深く密集させて植えれば穀物の収量を増やすことができ、残りの土地は草地や庭にできるとの啓示も受ける。こうした毛の計画を実践するために、農民は全国に5万ヵ所以上あった人民公社に集められ、ぐずぐずしたり、わかりきったことを口にしたりすれば、階級の敵だとして処刑された。しかし、毛は「大躍進政策」が実は大後退政策であることを告げる現実に目を向けようとせず、結果的に2000万〜3000万人が死亡する大飢饉を自ら招く結果となったのだ」(p.575〜576)。この大飢饉については図録8210コラム参照。

 1965年以降のグラフの冒頭の余り知られていないインドネシアの政治的な虐殺については、倉沢愛子「インドネシア大虐殺」中公新書(2020年)が当事者からの聞き取りを含め系統だって記述している。

 1965年9月30日にスカルノ大統領の親衛隊が、大統領の転覆を図る国軍の意図を挫くためとして7人の陸軍将校の家を襲い、その場で、あるいは拉致後に殺害したいわゆる「九・三〇事件」というクーデターが起こった。事件の真相はなお謎に包まれているが、クーデターを鎮圧したスハルトら陸軍主流派は、この事件がインドネシア共産党(PKI)によって演出されたものだと発表し、PKIの非合法化を拒否するスハルト大統領をだんだんと権力から排除しながら、国民の不安やいかりを煽る形で、軍により訓練された民間人集団の手によるPKI党員の大規模な逮捕や虐殺をジャカルタとその周りの西ジャワを除く全土で進め、その結果、カンボジアのポルポトの虐殺に匹敵する膨大な数の人々が裁判を経ないまま残酷な手口で命を落とした。

「被害者の実数についてはいろいろな説があり、治安秩序回復司令部の長であったスドモ将軍自身は200万人という数を口にしている。アムネスティ。インターナショナルの報告書には、最低でも50万から100万人が殺され」たと記しているという(同上書、p.107〜108)。

 スハルト率いる国軍がスカルノ大統領を退陣させた「三・一一政変」がその後起こり、これら一連の事件を通じたスカルノからスハルトへの政権交代とPKIの消滅により、インドネシアはそれまでの容共国家から、親欧米的な反共国家に大変身した。この大虐殺が余り知られていないのは、この変身が好都合だった欧米諸国が見て見ぬふりをしたためと、事実を知ったスカルノらでさえ恥辱にあふれたこの大虐殺を他国に知られたくなかったためと考えられる。

 責任の一端は、当時、ソ連共産党、中国共産党に次ぐ世界で三番目に大きな共産党だったPKIに武装蜂起を促していた中国共産党、特に毛沢東にもある。虐殺の引き金となったのは、反撃に出なければ同じ目に自分たちが会うとインドネシア国軍が考えたからとも言えるからである。上記のジェノサイド三悪人説は案外当たっているのかもしれない。

 検索のため、2番目の図の項目名を順番に掲げておくと以下である。共産主義者に対するポリティサイド(政治的虐殺、「危険な年」)(1965〜66年インドネシア)、文化大革命(1966〜75年中国)、ツチ族とフツ族の対立(1965〜73年ブルンジ)、パキスタンによる大虐殺(1971年バングラデシュ)、南北内戦(1956〜72年スーダン)、イディ・アミン政権(1972〜79年ウガンダ)、ポル・ポト政権による大虐殺(1975〜79年カンボジア)、ボートピープルを生んだ虐殺の10年(1965〜75年ベトナム)、セルビア系武装勢力によるイスラム系住民の民族浄化(虐殺)(1992〜95年ボスニア)、鉈を使ったフツ族によるツチ族の虐殺(1994年ルワンダ)、ダルフール紛争におけるアラブ系民兵による非アラブ系住民の虐殺(2003〜08年スーダン)

(2016年10月15日収録、12月16日引用追加、2020年11月5日インドネシア大虐殺について加筆、2022年4月23日ジェノサイド定義の(注))


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