(注)CPMI:決済・市場インフラ委員会(Committee on Payments and Market Infrastructures) 日本国内で流通する現金(銀行券と硬貨)の対GDP比率は2016年に20.0%であり、米国に比べ約2.5倍、最低のスウェーデンの約14倍となっている。 2010年からの変化を見ると、日本をはじめ多くの国で値が上昇しているのに対し、ロシア、インド、南アフリカ、スウェーデンでは大きく値が低下しているのが目立っている。 日本人の現金依存度が高いのは以下の理由によると考えられている。
インドでは、個人の指紋と識別番号をデータベース化する政策に加えて、2016年、高額紙幣を廃止して、これと連動した電子決済を国民に促した。IT時代に対応したキャッシュレス社会の実現で公共サービスを効率化し、同時に、脱税を防止するためである(毎日新聞2017.5.5)。日本では、こうした国家による個人管理に対する国民の抵抗が強い、あるいは納税意識が高いので途上国などと異なりそこまでする必要がない。そのためキャッシュレス化が進まないという側面もあるだろう。 現金依存の高さとクレジットカード等による決済が多いか少ないかは相関していることが、2つめの図で明らかである。日本の現金依存度は世界で最も高いので、これと対応するようにカード決済金額も世界最低レベルである。 日本のカード支払いが少ないのは新しい方式が発達していないというよりは現金支払という旧方式が他国と比べて便利だからなのである。これは、IT機器や携帯電話などの発達についてもいえる。国際成人スキル・テストで日本人が読解力や数的思考力で世界一なのにIT活用力だけ10位だったのは日本でIT学習機会が貧弱なためではなく、ITを使わなくとも電話を使ったり部下に頼んだりして十分に用を足せるからなのである(図録3936、図録6247参照)。 日本と対照的なのが中国である。現金流通量のデータが得られないのでグラフには記載されていないが、カード決済金額(電子マネーを除く)対GDPは75.7%とCPMIメンバー国の中でも2位の韓国を上回るずば抜けて高い数値を示している(図録5098b参照)。 フリージャーナリスト中島恵氏の報告によると、「日本であれば、社会インフラが整っているだけでなく、どの小売店に行ってもきちんと現金のお釣り(小銭)が用意されていて、店員の質はほぼ一定、ニセ札を掴まされる心配もまずない。だが、中国はそれらが不便な環境だったからこそ、逆に飛躍的にスマホが発達し、ある面では日本を飛び越えてしまった」という(ダイヤモンド・オンライン2017年5月12日)。 この結果、大都市ではスマホによる決済が当たり前になり、スマホが急速に普及するとともに、スマホがなければ、日常生活にも支障をきたすほどであり、買い物だけでなく、タクシーを捕まえることにも苦労を強いられ、途方に暮れている高齢者も多い状況になっているという(図録6245参照)。 途上国が先進国のたどった発展段階を省いて飛躍することを「カエル跳び(リープフロッグ)現象」と呼ぶが、中国のスマホ決済はまさにこれに当たる。 「国土が広く人口も多い中国では、設備投資に手間も資金もかかる固定電話の普及は遅々としていた。一方、手軽な携帯電話は2007年に年間販売台数が世界一となり、14年には全国での普及率94.5%と「カエル跳び」での市場拡大を果たした。通販やタクシー予約など、日常生活を格段に向上させた「智能手機」(スマホ)への乗り換えはもっと速かった。(中略) 中国紙記者は「社会主義的経営の悪影響や流通構造の遅れで、品揃えが悪くサービス精神の欠けた実店舗と比べ、スマホでの買い物の快適さが中国人の心をつかんだ」と分析する。スマホの決済アプリを使った支払いも急速に普及した。「個人信用情報の蓄積が十分でないため、クレジットカードがあまり普及していなかったことが逆に追い風になった」(同記者)ともいう」(東京新聞2018.5.1「論説委員のワールド観望」)。 中国とはまた別の意味で対照的なのがスウェーデンである。 図録データで現金流通量がもっとも少ないスウェーデンでは、現金が使えないラーメン屋さえ登場している。加藤出氏の報告(ダイヤモンド・オンライン2017年12月15日)によればこのラーメン屋の説明書きでは「「現金は使えません。カードかSwishでお願いします」。Swishとは、携帯電話番号が分かれば相手の銀行口座にスマホで簡単に送金できるシステムのことだ(同国では社会保障個人番号と銀行口座、携帯電話番号がひも付けされている)」。 加藤氏によれば、銀行が収益力向上を目指し、電子処理を前提とした銀行店舗の統合・人員削減と旗艦店以外の店舗での現金受入拒否を進めており、これが小売業の現金嫌いを加速しているそうである。そうなると銀行は出身国にこだわる必要もなくなる。「スウェーデンのノルデア銀行は、金融危機に備えた準備金の積み増しを要求する政府に猛反発して、本店をフィンランドのヘルシンキに移すと決定した。そんな負担をさせられるなら、欧州連合(EU)の銀行同盟に入る方がましだという判断である。別の見方をすると、IT化が進んだ金融機関はもはや本社を母国にとどめる必要がなくなっているともいえる。スウェーデンは何かと早い変化を見せている」(同上)。 スウェーデンでは高齢者と若者とのインターネット利用率の差が他国と比較して顕著に小さい(図録6212)。どちらが原因でどちらが結果が分からないが、こうしたスウェーデンの電子マネー国家化と密接に関係していよう。 なお、日本人はカード支払額が少ない一方で、クレジットカードをたくさんもっていることでも目立っている。 「各種カードの一人当たり合計保有枚数を各国・地域別にみると、日本では、一人当たり平均で7.7枚が保有されており、CPMIメンバー国の中では、シンガポールに次ぎ二番目に多い。(中略)日本のリテール決済の特色からは、人々の財布が、―あまり頻繁には使わないカードも含め― 多くのカードでも膨らみがち、といった姿が見てとれる」(日銀「BIS決済統計からみた日本のリテール・大口資金決済システムの特徴」2016年2月)。 海外では現金支払いが拒否されることがあるが、日本では、法律上、現金決済を拒否することはできない。財務省のHPでは、「お金には使用できる枚数の制限はありますか」という問いにこう答えている。 「日本銀行券(いわゆる紙幣、お札)は、「日本銀行法」第46条第2項で「無制限に通用する」と規定されています。一方、貨幣(いわゆる硬貨)は、「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」第7条で「額面価格の20倍まで」を限度として通用することと規定されています。つまり、20枚までは貨幣による支払いが行っても良いということです。これは、貨幣は、小額な取引きに適しているものの、あまりに多くの数が使用された場合、保管や計算などに手間を要し、社会通念上、不便となることから、上限を設けています。ただし、取引の相手方の了解が得られるならば、それを妨げるものではありません」。
データの対象となっているCPMIメンバー国は、日本、香港、インド、スイス、ユーロ圏、ロシア、シンガポール、サウジアラビア、米国、メキシコ、韓国、トルコ、オーストラリア、カナダ、ブラジル、英国、南アフリカ、スウェーデンである。 (2017年5月1日収録、5月7日インド事例、5月22日中国事例、12月15日スウェーデン事例、2018年5月1日中国「カエル跳び現象」、5月16日更新、8月31日スウェーデン事例補訂、9月22日キャッシュレスのメリット・デメリット表、2019年9月18日日本では現金決済を拒否できない)
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