男子マラソンの世界記録、日本記録の更新の変遷については図録3989e、図録3989jで追ったが、ここでは女子マラソンの世界記録・日本記録の推移を図にした。

 女子マラソンの日本記録更新は世界記録と比べ、また男子マラソンと比べてかなり遅れをとっている。

 シカゴ・マラソンが2024年10月13日に開催され、女子で驚異的な世界新記録が生まれた。ケニヤのルース・チェプンゲティッチ選手(30)が2時間9分56秒の世界新記録をマーク。従来のアセファ(エチオピア)のもっていた2時間11分53秒を大幅に更新し、女子では初の2時間10分切り(サブテン)を達成した。世界記録が大台を切ったのは2時間20分をはじめて切った2001年の高橋尚子選手の新記録以来13年ぶり。


 ベルリン・マラソンが2023年9月24日開催され、エチオピアのティギスト・アセファ選手(26)が2時間11分53秒の世界新記録をマークして連覇を達成した。ブリジット・コスゲイが19年シカゴでマークした2時間14分4秒を一気に2分11秒も更新するという異次元の記録達成だった。アセファ選手は中距離の選手だったが、限界を感じ長距離に転向。今回が3回目のマラソンだったという。

 同じエチオピアのアベベ選手のローマ五輪(1960年)のタイムは当時の世界記録となった2時間15分16秒だったので、今回の同国女子選手の記録の方が3分以上上回っている点が東京新聞のコラム欄「筆洗」で何事もいずれ女子が男子を越える例としてふれられていた(2023.9.26)。もっともアベベ選手は1964年の東京五輪において2時間12分11秒で2大会連続となる金メダルを獲得、世界記録も更新しており、今回のアセファ選手の記録はこれをも凌駕しているのだから、こちらの例を挙げて然るべきだったろう。

 なお、日本陸上界が誇る女子長距離ランナー新谷仁美(35)は同大会で2時間23分8秒の記録にとどまり11位。世界屈指の高速コースで狙っていた野口みずきが2005年に打ち立てた日本記録(2時間19分12秒)の更新はならず、悔しい結果を噛み締めたという。

 前回は、2019年にケニアのブリジッド・コスゲイ(25)がシカゴ大会で2時間14分4秒で16年ぶりの記録更新を果たした。

 世界記録を更新したコスゲイが履いていたシューズは2017年に市場にリリースされたナイキの厚底シューズ “ヴェイパーフライ” であった。2018年には男子でもこのシューズで走ったキプチョゲがやはり世界記録を更新している(図録3989e参照)。

 日本記録は、2024年1月28日に行われた大阪国際女子マラソンで、東京五輪代表の前田穂南(27・天満屋)が2時間18分59秒でゴールし、日本新記録の快挙を達成。日本人史上初の18分台を叩き出し、野口みずきが05年ベルリンマラソンでマークした2時間19分12秒を19年ぶりに更新した。前田選手は今大会で自己記録2時間22分32秒を大幅更新。1メートル66、44キロ。今大会はパリ五輪代表選考を兼ねた大会だったが、これで今後さらに日本新が出ない限り前田選手が3人目の代表となる。

 大会の解説者だった元世界記録保持者の高橋尚子さんは「強い気持ちと走りで、ようやく女子マラソンの時間が動き出しました」と興奮覚めやらぬ様子で語った。図からもうかがえるように、それほど長い間時間が止まっていたかのようだったわけである。


 過去を振り返ると、1983年の増田明美のオレゴン・ユージーン大会における記録は世界記録にやや近いものだったが、その後、世界記録が大きく更新されたため、差が開いた。その後、日本記録が世界記録に接近し、ついに同時に世界記録になったのは、高橋尚子(29)が2001年のベルリン大会で記録した2時間19分46秒である。しかし、その後、再度、差は開いている。

 2020年3月8日には、東京五輪女子マラソン代表の最後の1枠を決める名古屋ウィメンズマラソン2020で、一山麻緒(22)=ワコール=が、日本選手歴代4位、また日本選手国内最高記録の2時間20分29秒で優勝した。一山選手もナイキの最新厚底シューズで走った。日本記録が出るかもしれないという状況から当図録へのアクセスも非常に多かった。なお、従来の国内最高は野口みずきが2003年の大阪国際女子で出した2時間21分18秒だった。

 世界記録がどこまで速くなるのかという点については図録3988k(人間はどこまで速く走れるのか)を参照。結論はマラソン女子の記録は限界に近づいているが男子の場合はなお若干の伸びしろがあるというもので、その通りの状況になっているともいえた。そこでは女子マラソンの限界は2時間15分と計算されていたが実際はこれを越えている。

女子マラソンの世界記録・日本記録の推移
年次 記録 選手 大会



1982年 2時間29分01.6秒 シャーロット・テスケ(西ドイツ) マイアミ
2時間26分12秒 ジョーン・ベノイト(米国) ユージーン
1983年 2時間25分28.7秒 グレテ・ワイツ(ノルウェー) ロンドン
2時間22分43秒 ジョーン・ベノイト(米国) ボストン
1985年 2時間21分06秒 イングリッド・クリスチャンセン(ノルウェー) ロンドン
1998年 2時間20分47秒 テグラ・ロルーペ(ケニア) ロッテルダム
1999年 2時間20分43秒 テグラ・ロルーペ(ケニア) ベルリン
2001年 2時間19分46秒 高橋尚子(日本) ベルリン
2時間18分47秒 キャサリン・ヌデレバ(ケニア) シカゴ
2002年 2時間17分18秒 ポーラ・ラドクリフ(英国) シカゴ
2003年 2時間15分25秒 ポーラ・ラドクリフ(英国) ロンドン
2019年 2時間14分04秒 ブリジット・コスゲイ(ケニア) シカゴ
2023年 2時間11分53秒 ティギスト・アセファ(エチオピア) ベルリン
2024年 2時間09分56秒 ルース・チェプンゲティッチ(ケニヤ) シカゴ



1983年 2時間30分30秒 増田明美(川鉄千葉) ユージーン
1988年 2時間29分37秒 宮原美佐子(旭化成) 大阪国際女子
1989年 2時間29分23秒 小島和恵(川鉄千葉) パリ
1991年 2時間28分01秒 有森裕子(リクルート) 大阪国際女子
1992年 2時間26分26秒 小鴨由水(ダイハツ) 大阪国際女子
1994年 2時間26分09秒 安部友恵(旭化成) 大阪国際女子
2時間25分52秒 朝比奈美代子(旭化成) ロッテルダム
1998年 2時間25分48秒 高橋尚子(積水化学) 名古屋国際女子
2時間21分47秒 高橋尚子(積水化学) バンコク・アジア大会
2001年 2時間19分46秒 高橋尚子(積水化学) ベルリン
2004年 2時間19分41秒 渋井陽子(三井住友海上) ベルリン
2005年 2時間19分12秒 野口みずき(グローバリー) ベルリン
2024年 2時間18分59秒 前田穂南(天満屋) 大阪国際女子
(注)ジョーン・ベノイト(米国)の1983年ボストン大会の記録が非公式だとするとイングリッド・クリスチャンセン
(ノルウェー)の1984年ロンドン大会の2:24:26がこれに取って代わることになる。
(資料)図と同じ

(2018年12月9日収録、2019年2月1日原資料変更、2020年1月16日更新、3月9日一山選手、2023年9月25日ティギスト・アセファ選手、9月26日コメント更新、10月10日東京新聞の比較例からアセファ選手はアベベ選手の最高記録を上回っていないと勘違いしていたのを読者の指摘で訂正、2024年1月28日・29日更新、2月1日コメント補訂、10月14日更新)


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