ロシア、ウクライナ両国で高まる国民意識 ロシア、ウクライナ両国は、ソ連崩壊後の厳しい経済衰退や社会混乱の苦難を経て、徐々に経済が回復し、厚生状態が改善され平均寿命も回復し、ソ連時代を上回るようになってきていた(両国の平均寿命の動きについては図録8985参照)。 図に見る通り、ソ連の解体でそれぞれ別々の国となったロシアとウクライナは、もともと独立国だったポーランドなどとは異なり、1990年代には、体制移行にともなう経済の低迷、社会の混乱もあって、ロシア人としての誇り、あるいはウクライナ人としての誇りを抱きにくい状態だった。 しかし、その後に進んだ経済の回復、社会の改善・統合で、国民としての誇りも醸成されて来ていた。最近はウクライナ人は76.4%と日本人の77.6%と同じぐらい自国民としての誇りを抱くようになっている(なお、回答には「ウクライナ人ではない」が1.6%含まれており、これを除いた母数で計算すると誇りを感じている比率はちょうど日本と同じ77.6%となる)。 こうした時点で、今回のロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻がはじまった。プーチン・ロシア大統領は、ロシア人の国民意識、そしてナショナリズム感情の高まりを受けて、EUへの対抗意識を強め、片やEUへと傾斜する兄弟国ウクライナへの侵攻に踏み切ったのである。 ロシアはプーチン大統領という権威主義的な指導者の下で、大国としての過去の栄光を思い返す形で国民意識を高めてきた。このため、EUへの対抗意識が強まっている(注)。 (注)歴史学者の山内昌之氏はウクライナ侵攻を決意したプーチンの行動の原点は1991年のソ連の解体によって、ロシア帝国あるいはソ連の栄光や威信がピリオドを打ったことに対する「トラウマ」にあるとして、次のように語っている(テンミニッツTV、2022.2.15、2022.3.13)。 「プーチンの行動の基点や原点は、彼がKGB(国家保安委員会)の出身であったことにも象徴されるかもしれませんが、1991年のソ連の解体によって、ロシア帝国、あるいはソ連の栄光や威信というものがピリオドを打ったことに対する「トラウマ」が、すべての出発点になってるものと思われます。 つまり、ソ連邦の崩壊、そしてその後の改革による混乱と無政府状態。貧困と格差。こうしたことがもたらされて、そして中央政府が弱体化したというようなこと。これによって、2000年に大統領になったプーチンの大きな仕事は、モスクワの中央政府の権威をなんとしても回復し、ロシアの大国としての威信を拡大すること。大国ロシアの歴史的役割を回復すること。そのことに割かれます。 従ってシリア戦争への介入も同じ動機で、中東、地中海における最後の橋頭堡(きょうとうほ)といっていいシリアに関しては絶対に譲らないという決意を示す。対外的にはこうした態度は何になるかというと、ある種の「侵略」という形で出てくる。対内的、国内的にどういう形で出てくるかというと、「権威主義」「独裁と専制」という形で出てくる。それは今、私たちが見ている通りです」。 一方、ウクライナは、親欧米派と親露派の指導者が相次ぎ登場し、それにともなう政争が絶えない中で、国民としての意識が高まり、政治への失望感も深くなっていた。コメディアン出身の現大統領が選ばれたのもそのためであろう。このため、国民性や世界観の上では決して欧米化しておらず、むしろロシアとの共通性が大きいにもかかわらず、政治不信からの脱出先としてEUへの期待が高まる結果となっていた(この点は、ページ末に掲げた図録8988からの再掲グラフ参照)。 そうした中で起こった今回の軍事侵攻は、骨肉相食むとでも表現すべき、まことに悲劇的な状況と言わざるをえない。こうなることが分かっていれば、ロシアの野心を発動させないためにもっとはやくウクライナの方から自主的に、EU・NATOにもロシアにも属さないという中立国宣言を行わなかったのかと悔やまれる(注)。大義を欠いた軍事侵攻とその惨禍の責任はもちろんプーチン大統領がもっとも重いが、欧州の指導層の方にも、まるで火遊びのようにウクライナをEUに招き寄せるポーズを示し、ウクライナを焚き付けた責任は免れないだろう。 (注)元国連大使の北岡伸一氏も同じことを言っていた(プレジデントオンライン記事)。 AERA.dotの取材によると、父ウクライナ人、母ロシア人のロシア人女性(38)は、プーチン大統領がウクライナ侵攻に踏み切った理由を、彼女なりに解釈して、こう表現したという。「アメリカやヨーロッパが、お金をウクライナの玄関にわざといっぱい置いて、ウクライナとロシアの兄弟の国同士を喧嘩させようとあおっている」(2月27日の記事)。案外これが真実に近いという気がしている。 いずれにせよ欧米、特に西欧の責任はもっと追及されるべきだろう。「これはプーチンの暴挙であると同時に、西側の外交的失敗でもある。NATOの東方拡大問題、プーチンの世界観と心理状態と誤算、それらを把握しているはずなのに採られなかった戦争回避策。これらと向かい合うことなく、プーチンを悪魔化して責任逃れをする「世界のリーダーたち」は、どうも薄っぺらに見える」(師岡カリーマ「ウクライナ侵攻に思う」東京新聞2022年4月30日)。 (2022年3月14日収録、4月30日師岡カリーマ引用、5月23日山内昌之氏発言)
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