ウクライナは2022年2月24日からプーチン・ロシア大統領の命令により、ロシア軍の軍事侵攻を受けている。各地で激しい戦闘が行われ、市民を含む多くの犠牲者が出ている。これに対し、世界各国や世界中の市民からの非難が相次ぎ、ロシアへの厳しい経済制裁もはじまっている。

 プーチン大統領の「暴挙」の背景にあるのは、現在の国際秩序の基本となっている欧米を中心とするリベラルな価値観こそがロシアの精神的な基盤を破壊するというロシア内強硬派(チェキスト)の危機感であるとされる。プーチン大統領はウクライナを兄弟国と呼び、昨年7月に発表した論文では「ウクライナの真の主権はロシアとのパートナーシップによってのみ可能だ」と結論づけているという(東京新聞2022年2月25日3面)。

 一方、ウクライナの方では、欧米と一体化していきたいという期待があり、EU欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長が2月27日報道からのインタビューで「ウクライナはわれわれの一員。加入してほしい」と述べたのを受けてウクライナのゼレンスキー大統領は28日、ウクライナのEU(欧州連合)加盟を申請する文書に署名。「新たな特別手続きによる即時承認」を求めた。なお、後日、フォンデアライエン委員長の発言はEUへの加入ではなく欧州への参加を誘ったものにすぎないと訂正された。

 こうしたロシアとウクライナのEUに対する姿勢は、ピューリサーチセンター調査にもとづく冒頭の1番目の図に示した両国民の対EU評価(好ましい存在かどうかという評価)の差にもあらわれている。

 以前は、ロシア、ウクライナの国民は、EUの中心メンバーであるドイツやフランスの国民と同様にEUを肯定的にとらえていた。ところが、2014年以降は、ロシア国民はEUに幻滅し、一方、ロシア人とは対照的に、ウクライナ国民はドイツやフランス以上にEUを肯定的に評価するようになっているのである。

 ソ連崩壊で市場経済体制に移行し、当初は、ロシアもヨーロッパの一部となる期待があったと思われる。NATOとロシアのあいだにも蜜月期はあった。2001年の米国同時多発テロ後には、「テロとの戦い」で両者の利害が一致し、2002年には「NATOロシア理事会」という仕組みをつくって、ロシアはNATOの準加盟国的な扱いとなった。2010年には、対イランを念頭にNATOはロシアとミサイル防衛計画での協力をしようとしていたこともある。

 分岐点は2013〜14年のウクライナ危機とともに訪れた。

 ロシア人の高かった対EU評価にはこの時点から一変した。

 2013年からのウクライナ危機は、@ヤヌコーヴィチ前大統領が失脚するまでの「ユーロマイダン(欧州広場)」危機であり、A「クリミアのロシア編入」、そしてBクリミアのロシア編入とほぼ同時に始まったウクライナ東部での混乱という三段階で深刻化した。これらの動きを、欧米諸国は全てロシアの策略だとし、ロシアに対し様々な制裁を課したため、ロシアの対EU観は決定的に悪化したものと考えられる。

 一方、ウクライナも国内のウクライナ的なものとロシア的なものの共存をそれまであえて顕在化させない姿勢を保っていたのであるが、「ユーロマイダン(欧州広場)」危機で犠牲者が出たことでEUへと傾斜していくこととなった。アンドリー・ポルトノフ氏によれば「2014年1月22日まで、大衆による抗議やデモでは、誰一人、殺害されることはなかった。ヤヌコーヴィチ体制とロシアのウクライナ東部への介入がもたらした暴力的な苦しみのために、政治的問題を非暴力で解決するウクライナの伝統が荒廃し、ソ連崩壊後のウクライナの多様性を許容する社会規範や世論に疑問符が付いた」(引用元)のである。

 以下に、時系列データを示した4カ国以外を含めたヨーロッパ16カ国の対EU評価を示した。ウクライナとロシアが正反対の位置にある点が明らかである。なお、ポーランド、リトアニア、ブルガリア、スロバキアといった旧共産圏諸国もウクライナと同様にEUに対しては肯定的な評価が目立っている(旧共産圏諸国の中ではチェコだけがEUに対してクールな見方を取っているのも興味深い)。


 冒頭の2番目の図には、世界価値観調査の組織・制度信頼度に関する調査のうちEUへの信頼度の結果を、1番目の図と同じ4カ国について示した。

 1番目の調査とことなりドイツとフランスではかなり信頼度に差がある点が目立っている。フランスはEUに対して、肯定的には評価しているが、信頼はあまりしていないという結果である。EUはドイツによって牛耳られているという感覚があるせいなのではなかろうか。

 ウクライナとロシアについては前者がEU信頼度を増しているのに対して、ロシアは減らしており、1番目の肯定的評価と同様に正反対の方向に向かっている点が確認できる。ただし、ウクライナでも信頼度はフランスと同レベルの50%に満たない回答割合であり、EUに希望を見出したいものの期待は余りできないといった感情があらわれている感じがする。

(2022年3月13日収録、3月15日2013〜14年ウクライナ危機、4月19日ポルトノフ氏引用)


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