なお、ここで人口とは町奉行が管掌した町人人口のことである点に注意が必要である。大目付・目付などを通じて老中・若年寄が管掌した武家人口は幕府は当然把握していていただろうが、当時の軍事機密だったこともあり正確には分かっていない(図録7850参照)。 江戸の人口分布の最大の特徴は、人口が日本橋北と日本橋南(現在の中央区)に集中している点である。約45%、26万人の人口がこの地域に分布している。これは絶対数としても多く、2010年の中央区の国勢調査人口12.3万人は江戸時代の半分になっている勘定である。 そして、それ以外の地域にもそれなりの人口集積は見られるがそれでも、各地区、多くても2〜3万人と日本橋の南北と比較するとかなり密度が低下する。現代の人口分布(下の参考1図参照)が都心3区の人口規模が小さくて、だんだん人口が増加し、郊外に巨大の住宅地が広がっているという構造とは全く異なっている。 商業分布図についても人口分布と同様の傾向となっている。ただし、本郷湯島や浅草2地区、深川などは人口の割に商店が多いことがうかがわれる。 日本橋北と日本橋南の商店のシェアは35.8%となっている。これは人口シェアより10%ポイント小さい。また立地が人口比例の側面の強い全域型業種の計では商店のシェアは26.7%とさらに小さい(全域型業種については図録7853参照)。常識的に考えて、商業中心地では人口シェアより商業シェアの方が上回るのが常であるので、山室氏の仮定を疑ってみる必要があるかもしれない。 髪結統一価格
山室氏は上に掲げたような表を示し、町人相手の髪結の料金が江戸全域で統一価格であることから、地区を越えた髪結の利用はなく、また各人の月当たりの利用回数は地区ごとに変化がないと仮定し、髪結の利益をあらわしていると考えられる沽券状(営業権の権利証)の額面が顧客数、人口数に「正比例」するとして人口シェアを推計、別資料の町人人口総数に掛け合わせて、各地区の人口を求めている(p.13〜14)。つまり、他地区の住民で日本橋の髪結のサービスを受ける者がいたり、日本橋では協定外の料金が実際は支払われていたり、日本橋では一日の平均顧客数が多く(回転率が高く)その分利益が大きいとしたら、それだけ、日本橋の推定人口は過大評価だということになる。統一価格表を見ると多頻度利用客への割引クーポンがあったらしいが、やはり回転率を上げれば利益率が上がる状況があったと見なさざるを得ない。 全域型業種店舗の分布に比例して人口が分布していると仮定した場合の人口分布の試算結果を下の参考2図に掲げた。こちらの方が真実に近いと思われるがどうだろうか。こちらでも中央区の現在の人口は江戸時代より若干少ない。 興味深い商業の業種別の分布については図録7853に別途掲載したので参照されたい。なお、髪結床が、蕎麦屋、すし屋、湯屋と並んで各町内に必ず存在した4つの商売の一つであるという「守貞謾稿」の記述については図録7840参照。 (2015年8月13日収録、8月14日山室氏仮定への疑問コメント追加、8月15日参考図2追加、8月17日髪結統一価格表追加、12月8日切絵図リンク先を国会図書館デジタルコレクションに変更)
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