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 家庭で消費する大豆製品は、「豆腐」と「油揚げ」、「納豆」の3品目が主である。その他の大豆製品としては、高野豆腐、おから、きな粉、湯葉などがあるが、この3品目と比べると消費額は小さい。「豆腐」と「油揚げ」、「納豆」の3品目の消費支出額の構成比は、それぞれ、41%、23%、35%となっている(2019〜21年平均)。

 ここでの「油揚げ」には、豆腐に具材を混ぜて揚げた「がんもどき」を含んでいる。家計調査の品目としては「油揚げ・がんもどき」である。

 かつては、納豆は東日本でしか食されておらず、全国的な消費量は少なかった。1960年代前半のそれぞれの構成比は、57%、34%、9%と納豆は1割以下だった(1963〜65年平均)。その後、健康に良いということで納豆にも人気が出て、全国的に消費が拡大した結果、大豆製品の3分の1のシェアを占めるに至ったのである。

 それでも、豆腐・油揚げ・納豆好きの地域分布を見ると、納豆好きの地域はなお、東日本に片寄っている。ただ、納豆消費の地域的片寄りは時とともにどんどん小さくなってきた(図録7756に分散指標推移)。

 今回作成した分布図によれば、納豆好き地域は、北海道から、岩手、宮城を除く東北地方、茨城を含む北関東・千葉。山梨を経て、中部地方の内陸部につらなる広い地域、および飛び地として九州の北部の東側3県が該当している。

 納豆には、家庭で一般的に食されている「糸引き納豆」と大徳寺納豆など京都、静岡で作られている中国伝来の「寺納豆」とがある。前者は納豆菌で発酵させたネバネバの製品だが、後者は、蒸し大豆に麹菌を接種して作った麹豆を塩水に浸して発酵・乾燥させた黒褐色の納豆である。

 糸引き納豆の地域分布に関する文献初出は、岐阜県であるが(注)、江戸市街の納豆売りに関して、主流の食べ方だった納豆汁用の「たたき納豆」(刻んだ納豆に切った豆腐や菜、薬味を添えたもの)から19世紀には、現在のように朝食としてそのまま醤油をかけて食する「粒納豆」に代わったという記録がある。江戸の影響が強い東日本で納豆食がさかんとなったが、関西人の嗜好にはあわず、幕末には都市部での販売は振るわず、消費は農村部を含め自家製造品が主となっていたようだ(石毛直道「日本の食文化史」岩波、2015年、p.276〜278)。

 (注)「15世紀の中ごろの『精進魚類物語』は、納豆、豆腐、野菜などの精進物の軍勢が、魚鳥の生臭物の軍勢と合戦し、精進物が勝利し、魚鳥は鍋で煮られてしまうという、『平家物語』のパロディである。そこに精進物の大将は、美濃国の住人である大豆の御所の子息「納豆太郎糸重」であると記されている。これが文献にあらわれる糸引き納豆の初出である」(石毛、同上、p.277)。

 九州の3県の納豆消費は、かつては熊本はやや多かったがそれ以外は非常に少なかったのであるが、それ以降に、関西・中四国以上に納豆消費が大きく拡大した結果、東北地方にひけをとらない納豆好き地域と区分されるに至ったのである。

 九州の3県の中でも熊本の消費量は今でも多く、加藤清正が朝鮮役で輸送中の大豆から期せずして納豆が出来て以来ともいわれる(注)。伝統食品として「こるまめ」という乾燥納豆が有名である。

(注)異説として、前九年の役で敗れて太宰府に配流となった安倍宗任が東北から納豆を伝え、大宰府で勢力をもっていた菊池一族がさらに本拠地熊本に伝えたという説もある(加藤純一「ヒネリの食文化誌」プレジデント社)。

 なお、納豆の消費額上位は2019〜21年には、福島、山形、茨城の順となっているが、水戸納豆のブランドを有し、本場意識の強い茨城・水戸市ではランキング・トップ回復へ向けた消費拡大を目指して7月10日を「納豆の日」に制定することなどを盛り込んだ納豆条例が2022年7月10日に成立している。

 油揚げは、北陸から古都の京都、奈良など近畿地方、また中国地方の東西、西北九州で好まれている。

 北陸から古都の京都、奈良にかけては新旧の仏教勢力の影響力が大きかった地域であり、肉を使わない精進料理の中で、少しでも肉に近い食感を得ようと油揚げが食材として発達したという背景が考えられよう(注)。「がんもどき」も「雁の肉のにせもの」という意味である(元はコンニャクを使ったらしいが)。

(注)「鳶に油揚げをさらわれる」という諺が江戸中期以降広がったが、肉食が一般化した現代ならトンビに肉をさらわれるという感じだろう。魚味の代用として油揚げを使った寿司がいなり寿司であり、魚の保存食品としてはじまった寿司がついに魚から完全離脱した「究極の寿司」と言える点については図録7839d参照。

 中でも福井が消費額ランキングの断然首位を保っている。福井県の発表によると家計調査が開始された1963年以来、連続で1位を獲得し続けているという。福井は「信仰あり」の比率も全国トップであり、油揚げ好きの地域は「信仰あり」の比率の高い地域とけっこう重なっている点が興味深い(図録7770参照)。

 福井の油揚げは厚いが東京の厚揚げとは異なり中は白い豆腐ではなく、中まで海綿状の油揚げ。「これは曹洞宗の大本山「永平寺」に修行する僧たちの精進料理の大切なスタミナ源として発達したもの」(太田和彦「日本の居酒屋−その県民性」朝日新書、p.86)と言われる。浄土真宗でも油揚げを好んでいる。「当地では浄土真宗が盛んで、開祖・親鸞の命日にちなんだ「報恩講」での食事に、油揚げはつきもの。動物性タンパク質を出せない制約の中、油揚げは「ごちそう」となり、親鸞への敬意を表して立派になったという」(東京新聞「食卓ものがたり-油揚げ(福井県坂井市)」2023.4.29)。


 福井県のスーパーでは油揚げの専用コーナーが設けられており、県民の油揚げ好きをあらわしている。


 横長の形状が特徴の京都の油揚げは「お揚げさん」と呼ばれ、「おばんざい」という独特のお惣菜文化があることとも関係し、京都人にとってのソウルフードになっていると言える。京都には、甘辛く煮た油揚げと九条ネギを卵でとじた「衣笠丼」というご当地丼もある。

 「奈良のっぺ」は日本各地にある「のっぺい汁」(注)の一種だが、奈良県では鶏肉などの肉類を入れず、野菜と厚揚げを具材とする精進料理である。片栗粉を用いず、具のサトイモが煮崩れることでとろみをつける点に特徴がある。奈良では毎年12月17日に奈良・春日大社で開催される「おん祭」にあわせてのっぺいを食べる習慣が昔から続いている。


(注)日本全国に分布する郷土料理の「のっぺい汁」は、料理の際に残る野菜の皮やへたをごま油で炒め、煮て汁にしたものである。もともとは寺の宿坊で余り野菜の煮込みに葛粉でとろ味をつけた普茶料理「雲片」が原型であり、これを、実だくさんの澄まし汁に工夫したものという。精進料理が原型だが、現在では鶏肉や魚を加えることもある(ウィキペディア)。

 豆腐は全国で好まれているが、ランキングの上位を見ると、炒めても崩れにくく、独特の風味を持った島豆腐を使用するチャンプルーが日常食の沖縄が首位。東北では岩手から宮城にかけての東北太平洋側、そして西日本でも鳥取から四国、特に徳島にかけての地域で好まれている。


 各大豆製品について、地域的なばらつきを示す変動係数(標準偏差を平均値で割ったもの)の推移を上図で見てみると、1963〜65年当時は納豆、油揚げ・がんもどき、豆腐の順にばらつきが大きく、特に納豆のばらつきが大きかった。2019〜21年には、すべての品目で変動係数は下がったが、下がり方は納豆がもっとも著しく、油揚げ・がんもどきがもっとも小さかった。地域的なばらつき度合いは各品目で余り違いは無くなったが、多分、宗教的な背景を抱える油揚げ・がんもどきは地方色を今後も保ち続けるのではなかろうか。

 大豆製品の全国平準化の背景としては、これまでふれた15世紀の中ごろの『精進魚類物語』や肉の代替品として工夫された油揚げの普及にうかがわれるように、大豆製品にはかつて精進物として魚や肉と食卓を争う歴史があったが、現在では、むしろ健康食品や環境保護食品として魚介類や肉類と全国各地で競い合っている状況があるとも言えよう(環境保護食品としての役割については図録4183参照)。

 最後に、表示選択で掲げた分布図で「大豆加工品のおでん種として何を入れるか」から食の地域性を探ってみよう。

 紀文が調べたおでん種調査(2022年)によって、大豆加工品3品目(がんもどき、厚揚げ、豆腐・焼き豆腐)をよく入れる上位10位以内の都道府県分布図を掲げた(まとめ図と原図)。

 豆腐を崩して野菜や海藻を加えて揚げた「がんもどき」は東日本、及び京都・滋賀で好まれ、厚く切った豆腐を揚げた「厚揚げ」、あるいは「豆腐・焼き豆腐」は京都・奈良以西の西日本で好まれていることが分かる。

 京都は「がんもどき」8位、「厚揚げ」5位、「豆腐・焼き豆腐」14位であり、大豆加工品全般が好まれていることが分かる。伝統食品として完成度が高い大豆加工品は僧院の精進料理が起源と考えられ、やはり僧院が多い京都、奈良が食生活上の頂点に立っていると考えられよう。

 また、「がんもどき」とそれ以外の違いは汁の含みかたにあり、おでん種をおかずとしてとらえる東日本と主食ととらえる西日本の地域差が、東西に好みが分かれる要因となっているとも考えられる。

 大豆・大豆製品消費の国際分布とその起源については図録0432参照。

(2022年7月13日収録、7月31日奈良のっべ画像、12月17日大豆加工品のおでん種分布図、2023年3月25日、谷口屋のおあげ、油揚げ専用コーナーのある福井のスーパー、4月29日東京新聞、5月6日いなり寿司の(注)、5月10日がんもどき語源、12月30日熊本納豆起源異説)


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