納豆、モヤシ、豆腐、味噌・醤油、きな粉など、大豆製品は日本で大いに発達しているが、日本独自の食品ではない。アジアでは大豆製品の利用が広がっている。極東アジアの人々の必要タンパク質の12%が大豆食品から得られているといわれる(Kipleら2000)。この点を確かめるためFAOSTATにより、大豆の食用消費量の国際比較グラフを作成した(食料消費を食料の生産、輸出入、在庫、加工など供給面から追っている統計なので供給量という用語が用いられるが消費量と同義である)。

 FAOの統計によると大豆の食料消費(食用油加工用消費や飼料等の非食用消費を除く)と消費カロリーの世界トップ5(2007年)は、下表の通りである。

食料消費量(食用供給量) 1人1日当たりの消費カロリー
(kcal/capita/day)
1.中国
2.日本
3.インド
4.ブラジル
5.ナイジェリア
(次点:韓国)
1.日本
2.韓国
3.北朝鮮
4.コスタリカ
5.中国
(次点:カンボジア)
(資料)FAOSTAT

 日本では、肉類消費が普及する以前は大豆製品が重要な蛋白供給源として食生活の中で重視されていた(図録0280)。現在でも豆腐、納豆、豆乳など日常の食生活になじんだ食品である。全体量で世界2位、1人当たりで世界1位というデータもうなずける。

 大豆製品を準主食としている国としてインドネシアをあげることができる。

 「ジャワの人はスリーTで生きている」とインドネシアの大学教授は言い出す。「3つのTとは、テンペ(ナットウ)、タウゲ(モヤシ)、タフー(豆腐)のことで、いずれも大豆製品である。ジャワ島は主食はもちろん米の飯であるが、おかずの中心となるのはこれらの大豆製品であるというのだ。」(中尾佐助1972)インドネシアでは「生産されたダイズの半分以上はテンペに向けられる」という。またテンペの他にオンチョム、ダオジョ、ケトジャブといった各種のダイズ発酵製品がある(Sorosiak2000)。

 更新前の2002年データではインドネシアの食用供給量は世界2位の187万トン、消費カロリーでやはり2位の88キロカロリーとなっていた。これが当初この図録を取り上げたひとつの理由だった。現時点の時系列を調べるとほぼ2002年からほぼ横這いので、むしろ、統計の取り方が変わったのだろう。何かの間違いのような気もする。

 なお国際比較図に欧米諸国が登場していない点に気づく人も多いだろう。大豆Soybeansという言葉自体、欧米起源ではない。「「ソイ」または「ソヤ」という語は日本語の「醤油」に由来する。」(Sorosiak2000)いまや米国が世界一の大豆生産国であるが、米国の大豆は日本に開国を迫ったペリー提督が日本から持ち帰ってから栽培がはじまり、当初、飼料や干し草として利用され、1911年から搾油がはじまった。大豆粕は高タンパク、低コスト飼料として利用されるようになった。大豆油は当初はせっけん、インキ、セルロイドなどの工業向けだったが、1930年代からマーガリン、食用油として利用がはじまった(Sorosiak2000)。しかし、今でも大豆を直接食用とはせず、世界一の生産国にもかかわらず上記比較グラフでの位置は低い。大豆はFAO統計では穀物でも豆類でも野菜でもなく油脂作物と分類されている。

 無塩の大豆発酵製品であるナットウとしてはっきりした例は、ジャワのテンペ、ヒマラヤのキネマ、日本のナットウである。この3つをむすんだナットウの大三角形の図を上に掲げた。ナットウ(納豆)はヒマラヤ、中国雲南省から日本までの照葉樹林地帯特有の食品として知られるが、伝来経路は分かっていない。日本では室町時代に糸引きナットウがあらわれるので、鉄砲やカボチャとともにポルトガル人の活動に伴ってジャワから導入されたということも考えられるとされる(中尾1972)。図には、上述のナットウの大三角形とともに味噌楕円が掲げられている。加塩された大豆発酵品である味噌、醤油、タマリなどの一群の加工品の源は中国の華北文化圏とされる。

 豆を食べやすくする方法としては画期的な豆モヤシは味噌楕円の中に普通に見られるがジャワやビルマでも在来語としてあらわれているので起源は味噌楕円かナットウ大三角形かは分からないとされる(中尾1972)。

 もう1つの大豆食品として画期的な発明である豆腐については、ジャワのタフー、ビルマのトーフーと日本のトーフと中国名がひろがっており、中尾1972によれば、北方遊牧民族が中国にもちこんだ乳加工品である乳腐の代替品として中国(華北、あるいは四川)で開発されたものが華僑、留学僧を通じるなどしてアジアに広がったものと推定されている。

 大豆消費の分布で日本、朝鮮半島、中国、インドネシア、タイ、カンボジア、ベトナムとアジアに多消費地域が見られるのは、こうしたナットウの大三角形や味噌楕円の重なり合いによっているのだといえよう。日本で生まれたインスタントラーメンの1人当たりの消費量が韓国、インドネシア(及びベトナム、マレーシア)で日本を上回っているのが想起される(図録0445)。インスタントラーメンと大豆製品とに食品としての何らかの共通性があるのではないかと思わせる。また、大豆製品がアジアに広まった時代に、アジアのどこかで開発された大豆製品がついに日本まで到達し、現在のように普及した歴史が繰り返されていると捉えられる。

 同じアジアといってもインドの消費カロリーの少なさは目立っている。インドで豆を食べないわけではない。むしろダルという半モヤシ化後乾燥豆加工品はインド人の食生活に欠かせない。「インドは世界一の豆食い文化なのである。ところがインドは、実に多種類の豆を食用としているのに、大豆はみあたらない。最近、インド政府は大豆づくりを奨励したが、どうにも普及しない。インド人は大豆の香りを嫌っているといわれている。」(中尾1992)こうした点にインド食文化圏と東アジア・東南アジアの食文化圏との発祥の違いを見出すことが可能である。

 なお、この他、ナイジェリア、ルワンダといったアフリカ諸国やブラジル、コスタリカ、キューバといった中南米にも大豆の多消費国がみられるが、アジアとは異なる形のマメ料理の普及を示していると考えられる。

 その後、中尾佐助(1976)などでは、ジャワから日本への伝来説を取り下げ、どこを経由したにせよ仮設センターから日本へ伝わったと矢印を改め、また中国にも歴史上無塩ナットウがあると見解を訂正している。最近の遺伝子研究でジャポニカ種のイネがフィリピン、インドネシアのインディカ種の遺伝子が変化しながら上記仮設センター付近を経由して中国、日本に伝わったとする研究を発表した(朝日新聞2008.7.7)。根菜農耕文化圏の島しょ部東南アジアと大陸部照葉樹林文化圏と中国・日本の農耕文化の伝承関係はなお定まらない中、中尾氏がかつて提起した仮説はなお注目に値すると思われる。

 そう思っていたら、中尾佐助・佐々木高明「照葉樹林文化と日本 (フィールド・ワークの記録) 」くもん出版(1992)には再度「料理の起源」に掲げた上図を再録しており、取り下げたのではないようだ。またその中で中尾佐助はあらたな理論展開として、「エージ・アンド・エリアの仮説」という文化の地理的普及理論を大豆加工品に適用している。これによれば、日本の糸引納豆やインドネシアのテンペといった「原始ナットウ類」がナットウの大三角形の頂点部分に位置し、加塩、加麹、加粉の複雑な加工を経た「高度ナットウ」が中国など三角形の内側に位置しているのは、古くに起源地から広がった原始ナットウ類がより広域に達し、後から起源地から広がった高度ナットウは初期の普及製品ほど広がっていないからだとされる。上述のインスタントラーメンの普及に当てはめると、初期のシンプルな袋麺やインスタント焼きそばが起源地日本より遠い韓国やインドネシアで定着し、日本で新たに開発され続ける種々のカップ麺、地元風味麺、カリスマ調理人製品など複雑な製品は日本から外へは普及していかない、といったことになろうかと思う。

 大豆などの豆類は、必須アミノ酸構成が米や小麦といった主要穀物と相補的なので、たんぱく源として重要な役割を果たしてきた(図録0218)。「人々が多く菜食性の食事に依存する地域では、マメ類が蛋白補給の役割を長いこと果たしてきた。それゆえにマメ類はしばしば、「貧しい人の肉」と呼ばれた。」(Tivy1990)世界的な食料不足問題に対しては、太陽熱エネルギーの効率利用を目指し、たんぱく源として食肉から大豆への転換対策が掲げられ、すでに食文化としてこれを実現しているアジアや日本の食生活を参考にしようとする動きが見られる。しかし、欧米やインドなどこれまで大豆製品に親しんでこなかった地域にこれを普及させるのは、こと食い物に関して人間のこだわりは侮れないものがあるだけになかなか難しかろう。

 なお、図の対象国は消費量の多い順に中国、日本、インド、ブラジル、ナイジェリア、韓国、インドネシア、ベトナム、バングラデシュ、タイ、トルコ、北朝鮮、エジプト、南アフリカ、カンボジア、ペルー、ジンバブエ、ルワンダ、カナダ、ウガンダ、コスタリカ、ミャンマー、シリア、フィリピン、コンゴ民主共和国、キューバ、米国、オーストリア、コロンビア、パキスタンである。

【参考文献】

・Sorosiak, Thomas(2000)「ダイズ」(Kiple, Kenneth F.ら編(2000)「ケンブリッジ世界の食物史大百科事典〈2〉主要食物:栽培植物と飼養動物 」朝倉書店、2004年刊)
・Tivy, Joy(1990)「農業生態学 」養賢堂、1994年刊
・中尾佐助(1972)「料理の起源」NHKブックス
・中尾佐助(1976)上山春平ら「照葉樹林文化 続―東アジア文化の源流 (2) (中公新書)
・中尾佐助(1992)中尾佐助・佐々木高明「照葉樹林文化と日本 (フィールド・ワークの記録) 」くもん出版

(2008年7月31日収録、2011年4月22日更新・中尾仮説追加、23日コメント文脈改善)


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