輸送量をあらわす指標にはトン数とトンキロとがある。トンキロはトン数に輸送距離を掛け合わせた数字であり、同じ1トンの貨物でも2倍の距離を運べば2倍の輸送量と計算する。平均輸送距離が異なる国別や輸送モード別の輸送量を比較するにはトンキロが用いられる(図録6480参照)。

 図には、ITF(International Transport Forum:国際交通フォーラム、OECDの下部組織)が公表しているデータを使って、ロシア、ウクライナの輸送モード別のトンキロ・ベース輸送量の推移を掲げ、ソ連解体と各国独立国化の後に、どう変化してきたのかを示した。同時にポーランドや西欧の動きとも比較した(世界各国の輸送モード別分担率との比較は図録6410、日本や米国、中国などの動きは図録6400参照)。

 ロシア、ウクライナともに、1991年のソ連解体とその後の経済瓦解、社会の大混乱によって、物流量は大きく落ち込んだことがデータから明らかである。

 1990年代のボトム輸送量は、ロシアの場合、ソ連時代のピークと比較して、鉄道、道路では約4割、パイプラインでは5割弱にまでに落ち込んでいる。今以上に鉄道輸送への依存度が高かったウクライナでは鉄道貨物の輸送量が対1990年対比で3割近くにまで落ち込んでいる。

 まことに激しい経済の崩壊状態に見舞われたと理解するほかはない。

 しかし最悪の状態はそう長くは続かなかった。その後、だんだんとロシアの物流量は回復し、2009年のリーマンショック後の世界的な経済低迷の時期の一時的な落ち込みを経て、現在は、少なくとも鉄道とパイプラインに関しては、ソ連時代のピークにまで回復して来ている。

 ところが道路に関しては、なおピーク時の86%に止まっている。つまり、鉄道とパイプラインに過度に依存し、道路輸送のシェアが極端に低いという物流構造の特徴がさらに強まっているのである。

 同時期に西欧(英独仏伊の計)やポーランドでは鉄道は横ばいか低下傾向をたどっているのに対して、道路輸送が大きく伸長しており、ロシア、ウクライナの動きをそれ以外の地域の動きと比較すると余りに対照的である。

 ロシア経済は回復してきているとはいえ、石油や天然ガスといった資源の輸出への依存体質からの脱却が難しいことがこうした状況を生んでいると言えよう。

 下図では、ロシア、ウクライナ、ポーランドのこうした物流の推移と実質GDPの動きを比較した。物流と実質GDPとはほぼパラレルに推移していることが明瞭である。このことから物流統計はかなり信頼性が高いと判断できよう。

 ソ連崩壊後のロシア、ウクライナ(およびベラルーシ)の経済情勢や生活意識の差については図録8986も参照されたい。


【コラム】ロシアの弱点は「道路輸送」。特異な物流構造からウクライナ侵攻を考える。

 ロシアなど旧ソ連圏では鉄道への依存度が非常に高いが、それと同じように、物資を運ぶロシア軍の兵站線は、現在でも鉄道頼りである。鉄道による移動を前提としているため、装備しているトラックの台数なども限定的であり、大量に費消される弾薬の補給の多くをトラックで行うようには設計されていない。こうした兵站線の特徴からロシア軍は、旧ソ連圏内での防衛作戦は得意だが、領域の外での持続的な作戦行動を行う能力は限定的だという。ナポレオンやナチス・ドイツを撃退した祖国防衛戦争の成功体験がそうさせているとも考えられる。

 領域外への作戦行動が不得意である理由のひとつは、ロシアの鉄道の線路幅がいわゆる標準軌(1435mm)よりも幅の広い独自の広軌(1520mmまたは1524mm)であり、旧ソ連圏とフィンランドでしか使われていないからである。例えば、ポーランドには、ロシアからウクライナのキエフを経由して南部のクラクフまで、1本だけ広軌の鉄道が通っているが、ほかは標準軌であり兵站線を接続できない。


 線路幅規格の共通性が旧ソ連圏に限られているのは帝政ロシア時代の鉄道規格を引き継いだためである。敷設が始まった1830年代当時は広軌優位論が盛んであり、他国との連結はあまり考慮されておらず、広大なロシアでは標準軌より広軌の方が、輸送力が大きく有利と当時、考えられたのが理由のようだ(以上、「乗りものニュース」の2021年12月18日のサイト記事「その差は鉄道の線路幅にあり? ウクライナとポーランド ロシアの脅威度が段違いなワケ」による)。

 今回のロシア軍のウクライナ侵攻に関しては、短期決戦による全土制圧を前提とした多方面からの侵攻を行ったのに、ウクライナ側からの予想外に強い反攻を受け、十分な制空権も得られず戦況が膠着する中で、食料や燃料、弾薬の補給といった兵站に問題が生じていると言われる。推測であるが当初予定していた鉄路でつながれているウクライナ国内への鉄道輸送による兵站が困難となったためなのではあるまいか。道路輸送が不得意なロシア軍の体質が弱点となっている可能性があろう。

 第二次世界大戦の最終局面で、ソ連は、勝利したヨーロッパ戦線からシベリア鉄道を使って5000両の戦車輸送を行うなど、関東軍の予想を上回るスピードで対日戦の補給準備をととのえて対日宣戦布告を8月8日に行い、ただちに満洲に攻め込んだ(下図参照)。

当時の対日戦に従事した旧ソ連陸軍ガレエフ将軍は「日本軍の防御線を攻撃すると、日本兵が下着姿で飛び出てきた」と奇襲の成功を語っている(ネットフリックス「エイジ・オブ・バトルタンク」2017年、シーズン1-3)。

日本の関東軍はこうした迅速なソ連の参戦をあらかじめ察知できずに「奇襲」を許し、撤退戦の準備もととのわないままに軍が崩壊した。このため、満蒙開拓団をはじめとする在留民間人を置き去りにしたまま、軍人・軍属、およびその家族から我先にと戦地から逃げ出し、多くの民間人が満洲で犠牲となり、中国残留日本人やシベリア抑留などの問題が深刻化させたのだった。

 日露戦争でバルチック艦隊に勝利した成功体験がその後の日本軍の大艦巨砲主義を生み、航空兵力で勝敗が決した太平洋戦争に惨敗したように、鉄道輸送の機動性を生かした対日参戦の勝利がソ連にとっての成功体験となって、ウクライナ戦の失敗を招いているとみなすとすると、それはうがちすぎであろうか。

 「ツキディデスの罠」という言葉がロシアのウクライナ侵攻について使われることがある。旧来型の大国を新興国が脅かすようになると戦争が起こりやすいということをスパルタとアテナイの間の戦争(ペロポネソス戦争)の事例から説く用語である。落ち目の大国が放っておくと取って代われる前にまだ自らに実力があるうちに叩いておこうという誘惑にかられるのが要因だという解釈があるが、今回のロシアにこれが当てはまっているように感じられる。物流構造の特殊性を見てくると、今回の戦役は、資源輸出型の産業構造がかえって新時代への対応を遅らせている旧大国ロシアが出口なしの状況に追い込まれた悲劇ということができよう。


(2022年3月25日収録、3月26日東欧の広軌路線網図)


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