2003年 | 2005年 | 2009年 | 2012年 | 2014年 | 2017年 | 2021年 | 2024年 | ||
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小泉政権 | 郵政選挙 | 民主へ 政権交代 |
自民が 政権回復 |
アベノミ クス解散 |
国難突破・ 民進党解体 |
任期切れ 直前解散 |
裏ガネ 総選挙 |
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議席 数計 |
政党計 | 480 | 480 | 480 | 480 | 475 | 465 | 465 | 465 |
自民党 | 237 | 296 | 119 | 294 | 290 | 281 | 261 | 191 | |
民主党(立憲/国民) | 177 | 113 | 308 | 57 | 73 | 54/50 | 96/11 | 148/28 | |
その他 | 66 | 71 | 53 | 129 | 112 | 80 | 97 | 98 | |
小選 挙区 |
自民党 | 168 | 219 | 64 | 237 | 222 | 215 | 189 | 132 |
民主党(立憲/国民) | 105 | 52 | 221 | 27 | 38 | 17/18 | 57/6 | 104/11 | |
その他 | 27 | 29 | 15 | 36 | 35 | 39 | 37 | 42 | |
比例 代表 |
自民党 | 69 | 77 | 55 | 57 | 68 | 66 | 72 | 59 |
民主党(立憲/国民) | 72 | 61 | 87 | 30 | 35 | 37/32 | 39/5 | 44/17 | |
その他 | 39 | 42 | 38 | 93 | 77 | 41 | 60 | 56 | |
(注)2017年の民主党には希望の党を含む。 (資料)総務省自治行政局「衆議院議員総選挙結果調」(開票時所属政党)ほか |
衆議院選挙で自民党、公明党の与党は公示前の279議席から大きく議席を減らし、15年ぶりに過半数を割り込んだ。各党の獲得議席数は自民党は191、公明党は24となり、与党で過半数の233議席に届かなかった。一方で、野党側は第1党の立憲民主党が148議席を獲得するなど躍進した。また、国民民主党が28、れいわ新選組が9と大きく議席を伸ばしたが、日本維新の会は38、共産党は8と議席を減らした。 「裏金問題」で逆風を受けた自民党は、北海道や東北をはじめ、東京や大阪などの都市部で議席を減らした。公明党は石井代表が落選する厳しい戦いとなった。裏金問題で非公認とした候補者の追加公認を含めても与党で過半数に届かず、2009年の政権交代以来、15年振りの過半数割れとなった。与党大敗である。 ただ、投票率は2009年の政権交代選挙のように高くはなかったので、国民による積極的な政権選択の結果ではなかったようだ。
〇2021年総選挙
コロナ禍による非常事態が続く中で解散になかなか至らず、やっとコロナの感染者数が激減する中、議員任期の終了近くになって行われた解散を受け、10月31日に行われた衆議院総選挙は、自公連立政権が実質的に勝利し、野党共闘を組んだ立憲民主党と共産党が敗北、日本維新の会が躍進する結果に終わった。 メディアによる事前予測の主線は「自民党が単独過半数233議席を割るかどうか」だったが、蓋を開けてみれば自民党は絶対安定多数を維持できる261議席を単独で獲得(追加公認2人を含む)。公示前と比べて3議席増となった公明党とあわせて、全465議席中293議席を与党が維持した。 コロナの感染者数が激減し、政府の対応への批判も収まった点がやはり大きく選挙結果に影響したと言えよう(図録1951p参照)。 小選挙区における自民党の得票率は前回とほぼ同じ、議席占有率は10%ポイントほど低くなった。そういう意味からは、希望の党が生れ、野党共闘が崩れた前回衆院選と比較して、候補者を一本化した野党共闘の成果がかなり見られたといえよう。しかし、比例票では立憲民主党と共産党の「限定的な閣外協力」という政策合意が災いして前回の立憲民主党と希望の党を合計した割合から大きく後退した(図録5231参照)。
このため、自民党は公示前と比べて15議席を失ったが、その内訳を見ると小選挙区で21議席を減らした代わりに比例で6議席増になっている。一方、立憲民主党は13議席減の96議席、共産党は2議席減の10議席に留まり、社民党、れいわ新選組と合わせた4党による野党共闘は合計110議席に低迷、政権交代には程遠い結果となった。 今回の衆議院総選挙を期に大物議員の引退や落選が相次ぎ、政治家の世代交代が進んだ観がある。 まず、選挙を前に引退を表明し、出馬しなかった大物議員としては、大島理森衆院議長(75)、伊吹文明元衆院議長(83)、鴨下一郎元環境相(72)、川崎二郎元厚生労働相(73)、太田昭宏公明党前代表(76)などが挙げられる。河村建夫元官房長官(78)のように小選挙区で党の公認が得られず、引退を余儀なくされた議員もいた(党名を付さない場合はすべて自民党。以下同様)。 また、立候補したが、小選挙区で敗れた上、自民党「73歳定年制」で比例復活も出来なかったため政界から去った有力議員としては、野田毅元建設相・自治相(80)、原田義昭元環境相(77)、山本幸三元地方創生担当相(73)などの名が挙げられる。 さらに、小選挙区で敗れ、惜敗率も上位でなかったため比例復活もなかった有力議員としては、石原伸晃元環境相・党幹事長(64)、平野博文立憲民主党代表代行(72)、辻元清美・立憲民主党副代表(61)などがいる。 なお、小選挙区で敗れたが比例で復活した有力政治家として、甘利明幹事長(72)、桜田義孝元五輪相(71)、立憲民主党の小沢一郎議員(79)などの名も付言しておこう。小沢一郎議員は自民党にいたら定年制で比例復活できなかったところである。 引退や落選で消えた有力議員は、括弧書きの年齢を見る通り、高齢のケースが多く、これが、世代交代や若返りの印象を与えていると思う。 確かに、衆院選の新人当選者は97人であり、前回の56人を大幅に上回った。また、衆議院議員の平均年齢については、解散直前の59.0歳から今回の当選者は55.5歳になった。 しかし、2017年の前回衆院選の当選時の平均年齢(54.7歳)からは、実は、今回わずかに上がっている。前回の選挙から4年も経っており議員もそれだけ年齢を加えていただけだったのである。 下図には、前回と今回の衆院選の当選者の政党別平均年齢を示した。前回からの変化を計算すると、合計で+0.8歳、自民党は+1.3歳であるが、野党の立憲民主党は+1.2歳、共産党は+4.8歳と野党もかなり年齢が上がっている点が印象的である。与野党ともにメンバーの入れ替えはかなり進んでいるにせよ、若返りが進んだといは言えない状況である。目立って平均年齢が下がったのは今回躍進した日本維新の会の-0.9歳だけである。 なお、今回の衆院選では、このように年齢的な若返りがあまり進まなかった上に、女性進出も振るわなかった。今回の当選者の女性比率は、前回の10.1%から9.7%へとむしろ低下しているのである。
〇2017年総選挙
2017年10月22日投票の衆議院選挙は、消費税の一部を財政赤字解消から教育費の無償化に回すことの国民の理解を得るとともに(裏返せば予定通り消費税の引き上げは実施することに国民の賛同を得るとともに)、これまでの政権運営の信を問うとして安倍首相によって行われた衆議院解散を受けて実施された。国難突破解散と称されたが、解散の根拠薄弱、森友・加計問題隠し、政権の自己都合と批判されながらの選挙戦となった。 1967年以降、公示直前に内閣支持率より不支持率の方が高かった衆議院選挙は、今回を除くと、1979年大平内閣、80年大平内閣、93年宮沢内閣、2000年森内閣、09年麻生内閣、12年野田内閣の6回あったが、首相が選挙中に急死して弔い合戦になった80年選挙を除けば、いずれも与党が敗北してきた。今回も安倍政権の支持率は選挙直前に不支持率を下回っており、自民党議席の大幅減が予想されていたが、新たに民進党からの合流議員を受け入れた「希望は小池百合子代表の「排除」発言を機に急失速。野党が分裂して政権批判票が割れ、自民に勝利が転がり込む格好になった。自民の石破茂元幹事長は「結果的に(漁夫の利が)起きたことは否めない」と指摘した」(毎日新聞2017.10.23夕刊)。 自民党の獲得議席数は小選挙区と比例を合わせ284議席(自民党追加公認を含む)と前回の290議席から6議席減となったが、議員定数も今回475から465に削減されたので、議席占有率は、前回とほぼ同じ61.1%となった。 小選挙区における自民党の得票率、議席占有率は前回とほぼ同じだった。一方、希望の党が生れ、野党共闘が崩れたので、得票率では立憲民主党と希望の党を合計すると前回の民主党を大きく上回ったにもかかわらず、議席占有率ではほぼ前回水準に止まっている。比例票では立憲民主党と希望の党を合計すると自民党を上回っていた(図録5231参照)。
野党がまとまらなかったので自民圧勝という結果につながったことは、もともと保守王国と言われていた新潟県や佐賀県では、野党が乱立を回避して、自民党と一対一の構図に持ち込めたため、それぞれ、野党系候補が4勝2敗、2勝0敗で与党に対し大きく勝ち越したことからもうかがえる(東京新聞2017.10.25)。 〇2014年総選挙
2014年12月14日投票の衆議院選挙は、アベノミクスなどこれまでの政権運営の信を問うとして安倍首相によって行われた衆議院の解散を受けて実施された。念のため解散などとも呼ばれ、総選挙実施の理由については政権の自己都合と批判された。選挙の争点がはっきりせず、野党が四分五裂で求心力をもたなかったため、、投票率は52.66%(小選挙区、確定)と過去最低となった。選挙結果は前回に続き自民党の圧勝となった。自民党の獲得議席数は小選挙区と比例を合わせ291議席(自民党追加公認1議席を含む)と前回の294議席から3議席減となったが、議員定数も今回480から475に削減されたので、議席占有率は、前回と同じ61.3%となった。小選挙区で自民党の得票率が前回より上がったのに、議席占有率は下がったのは、野党共闘が一定の成果を見たからとされる。自民党はむしろ比例票の伸びで議席を確保したといってよい(比例票の推移は図録5231参照)。
〇2012年総選挙
2012年12月16日投票の衆議院選挙は「民主党ダメだし」が基調の結果となり、民主党は公示前230議席から57議席への惨敗、一方、自民党は118議席から294議席への圧勝となった。第3極への結集はならず多党乱立のなか、小選挙区制のロジックに従って自民党が圧勝という結果となったのである。圧勝した自民党の複数の幹部は自分たちに風が吹いたからというわけではないと正直にコメントしている。それにしてもグラフはかつてない議席数の激動を示しており、小選挙区制度の容赦ない効果をうかがわせている。
〇2009年総選挙
2009年8月30日投票の衆議院選挙は「政権交代」がテーマとなり、民主党は公示前115議席から308議席への大躍進、自民党は300議席から119議席への大敗となった。この結果、自民党の議席占有率は24.8%とかつてない低い割合となった。
民主党は小選挙区での得票率は5割以下であったが議席数では7割以上、また自民党は得票率4割近くを獲得するも議席は2割と、得票率の差以上に議席数の開きが出る小選挙区制の特徴が顕著に表れたといえる。 2005年9月の郵政解散をうけた衆議院選挙で自民党は296議席を獲得し、議席占有率は61.7%にのぼり、マスコミは歴史的勝利と報じた。もっとも結党時には64.0%、池田勇人首相が所得倍増計画を打ち出していた頃の1960年の総選挙では63.4%と、これを上回っていた。 自民党の衆議院の議席占有率がはじめて単独過半数の5割を下回ったのは、ロッキード選挙といわれた1960年の総選挙においてであった。 93年には、宮沢内閣の不信任案可決後の解散・総選挙において羽田派や若手が大量離脱して新政党、新党さきがけなどを設立したため、自民党は惨敗し、占有率は43.6%と過去最低の水準にまで落ち込み、結党以来38年で、はじめての野党を経験するに至った。 その後、1年もたたないうちに社会党、さきがけと連立し、政権復帰し、自民党は政権に止まり続けているが、その後、3回の選挙では、いずれも過半数割れとなっていた。 1996年以降は小選挙区比例代表並立制に移行したが、その結果、2005年の総選挙では、大疑獄事件や社会運動の高まりが特段なかったにもかかわらず、郵政民営化についての国民の意向の変化が大きく影響して自民党圧勝となり、2009年の総選挙では、逆に、年金記録問題など官僚不信や3度にわたる選挙を経ない首相交替への批判などから一挙に自民党大敗となったことが図から明解である。 (2005年12月7日収録、2009年9月8日更新、2012年12月18日更新、2014年12月15日更新、12月18日政党別獲得議席数の表を追加、2017年10月23日・24日・25日更新、2021年11月1日とりあえず図だけ更新、11月2日コメント、11月4日引退・落選・平均年齢、2024年10月28日更新、10月29日投票率)
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