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 世界経済は拡大を続けているが、世界の人々が等しくその恩恵を受けている訳ではないことは、社会格差の問題としてわれわれの一大関心事となっている。

 格差の中でも、上層と下層との間の所得格差、資産格差の拡大が論じられることが多いが、ここでは、貧困、その中でも平均レベルの半分以下というような「相対的貧困」ではなく、生きていけるかどうかギリギリの「絶対的貧困」が世界で果たして広がっているのかどうかという点を統計的に確認してみよう。

 絶対的貧困は「極貧」(extreme poverty)とも言い換えられる。ここでは世界と大陸レベルの各地方で極貧人口がどのように長期的に推移してきたかをグラフにした。日本と主要国の極貧人口比率の長期推移については図録4632に掲げた。

 結果の概観について、まずふれておくと、1820年の世界の極貧人口は7.6億人、2018年は7.8億人でほとんど同じである。この間、世界人口は10億人から76億人へと7倍に増えているので、極貧人口比率は75.8%から10.3%へと大きく縮小している。

 20世紀には飢餓や極貧が大きくクローズアップされたが、それは絶対数が増えたためであり、19世紀には、実は、4分の1の人が極貧と20世紀以上に深刻だったという点がやや意外である。

 また、絶対数的には1995年の20億人のピークに向かって大きく増加していた極貧人口がその後急減し、ピーク時の4割以下となっている点、相対的にだけでなく、絶対的にも極貧は大きく減っている点も、意外なのでなかろうか。

 ここでの「極貧」はどのように測られているのかが問題である。

 貧困人口の長期推計は例が少なく、あっても1日1ドル以下というような各国一律な貧困線をすべての時期に当て嵌めて測る方法が取られており、不十分さが指摘されていた。ここでは、原資料としたOECDの「幸福の世界経済史」第二次報告書(注)が採用している「必需品コスト・アプローチ」(the cost of basic needs (CBN) approach)によっている。

(注)OECD (2021), How Was Life? Volume II: New Perspectives on Well-being and Global Inequality since 1820

 これは、単一の貧困線の代わりに、各国、各年次ごとの異なる貧困線を計算し、国全体の所得水準や所得分布との関係から貧困人口を割り出す方法である。

 世界一律の貧困線を、必ずしも貧困層を対象としているわけではない商品構成で算出したPPPドル・レートで各国に単純に当て嵌めるのではなく、1924年以降のILOの基本食料の価格調査データなどを使い、また、食料品やそれ以外の必需品の価格変動に応じて貧困線がどう変化するかの推定方程式を使って各国ごとにより精密な測定をするのである。十分なデータが得られない期間や国については、分かっている範囲から種々の仮定から推計を補っているので、1920年以前の古い時期や東欧・東アジアの地域など信頼度が低い場合もある点については留意が必要である。

 図は、表示選択で、世界人口全体の動きとその中での極貧人口の推移を示した図と、極貧人口だけを取り出し、大陸別の貧困人口の推移を分かりやすく示す図を選べるようにしている。

 戦前には西欧でも極貧人口がかなり多かった点なども興味深いが、ここでは、1980年代以降の推移に着目してみよう。

 1995年の極貧人口のピークから、中国を主とする東アジア、そしてインド、バングラデシュ、インドネシアなどを含む南・東南アジアの極貧人口が急減している様子が明らかである。一方、ラテンアメリカではこうした極貧人口の急減は目立たず、サハラ以南アフリカに至っては、むしろ増勢を続けている点も目立っている。しかし、人口規模的にはアジアのシェアが非常に大きいので中国やインドの趨勢が世界の極貧人口の推移を大きく規定していることがうかがえる。

 こうした極貧人口の推移はグローバリゼーションの深化によってもたらされたと考えることができる。

 マルク・レヴィンソン「物流の世界史」(ダイヤモンド社、原著2020年)によれば、グローバリゼーションは3波にわたっている。19世紀に産業資本主義の勃興とともに本格化し、ヨーロッパ列強が世界に植民地主義を広めた第1波が、世界大戦で特徴づけられる1914年〜1947年の後退期にストップした後、戦後、大型タンカーに象徴される1980年代に至るまでの第2波、そして巨大コンテナ船に象徴される1980年代後半から2010年代初頭にかけての第3波が訪れる。

 そして、レヴィンソンによれば、第2波から第3波へのグローバリゼーションの深化が極貧人口の推移に大きく影響している。第2波では富裕国同士がむすびつきを強めるのが主で、原材料を供給する役割の貧困国にまで富は波及しなかったが、輸送・通信・情報技術のイノベーションが世界的な長距離バリューチェーンに基づく企業活動を実現した第3波では「地球上で最も貧しい地域にも経済的利益がもたらされた。数年前まで絶望的なまでに貧しく、遅れていたバングラデシュ・中国・インドネシア・ベトナムなどが、1980年代後半以降は重要な貿易国として台頭した。20世紀終わりには工業品が開発途上国の輸出の80%以上を占めるまでになり、多くの国が不安定な鉱物・農産物輸出への依存から脱却した」(p.200)。(中略)

 辺鄙な山奥の村でさえ、国産品ではとても実現できない低価格で、ありとあらゆる種類の輸入品を買えるようになり、例えば、多くの農民が安定した電力を得られないケニヤでも、中国製の携帯電話のおかげでネットバンキングが利用できるようになった。「第3のグローバル化が始まった当時は、世界人口の3分の1以上が世界銀行の尺度で「極度の貧困」に分類されていたが、20年後にその割合は半分以下になった。経済学者のジョヴァンニ・フェデリコとアントニオ・テナ・ユンギトは当時の状況をこう要約している。「2007年には世界は100年前よりも開かれたものとなり、人々は先人をはるかにしのぐ利益を貿易から得られるようになった」」(p.201)。

 レヴィンソン上掲書は、2008年のリーマンショック以降にこうした第3波のグローバリゼーションが再度頓挫するに至った経緯を明らかにするのがテーマの著書であるが(注)、極貧人口を相対的にも絶対的にも減少させた第3波のグローバリゼーションの恩恵についても説得力ある記述にあふれている。

(注)世界の貿易と海外投資の対GDP比の推移からグローバリゼーションの展開を図録4900でたどっており、第3波のグローバリゼーションの頓挫についてもふれているので参照されたい。

(2022年5月14日収録)


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