1.はじめに 統計が整備されていなかった古い時代の数値に現代と同じ厳密さを要求しても無理であるが、ともかくデータを推計している点に意義があるといえる(5.参照)。 日本の1940年以降の1人当たり実質GDPの年次推移については図録4440参照。 2.日本の歴史的推移 日本の所得水準は紀元前後には400ドルであったのが、江戸時代には500ドル台に達している。20世紀に入って1000ドルを越え、1940年に2,800ドルとなったが、戦後の混乱の中で1950年には再度2000ドル以下となった。この後、経済の高度成長で一貫して成長が続き2000年には2万ドルを超過している(下記の付表参照)。
世界倍率を見ると、1950年まではほぼ世界水準と同水準で推移した点が目立っている(1940年は背伸びして世界の5割増となっている)。日本の社会経済の発展はそれなりに進んでいたが、世界的にも同様な発展があったとするわけである。 その後は、高い経済成長の中で1990年には世界の3.6倍の所得水準に達した。 興味深いのは1990〜2008年の動きである。この間、対世界倍率はむしろ低下した。「失われた10年」を含むこの時期には途上国を含む世界全体の経済発展が日本を追い越していたのである。 3.主要国の比較 @近代以後国と国との格差広がる
主要国を比較してまず目立っているのは近代以前には各国の所得水準の差は小さかったことである。1700年までは各国の違いはせいぜい2倍の枠内に入っていた。19世紀以降20世紀中は富裕国(先進国グループ)と貧困国との差が大いに開いたことが図から明らかである。 A先進国同士の格差の縮小 欧米各国の推移を見ると、近代以降、経済発展の差から国ごとに格差が拡大したが、1970年代以降、米国を除いてほぼ同一の水準に収斂してきている。ここに日本が加わって、先進国間では経済格差に基づくいがみあいの余地が少なくなっていると思われる。EUの統合もこうした事情を背景にしていると考えられる。一方、アジアはなお各国間の格差は大きく、EUのような経済統合には困難がともなうといえる。日韓は一時期のような経済格差は存在せず、むしろ同等の水準となっており、最近の韓流ブームなどに見られるような相互交流を可能にしている。 B世界のリーダー国の変遷 世界の経済上のリーダー地域がイタリア、オランダ、英国、米国と変遷してきたことが、世界最高水準の経済・所得水準を達成した国の移り変わりであらわされている。イタリアは西暦元年前後についてはローマ帝国の中心として栄えたが、中世にはいると低迷し1000年頃には他地域と差のない状況となった。1500年頃には再度東方仲介貿易でベネチア、フィレンツェなどイタリア諸都市が栄えルネサンスを生み出した。その後17世紀には新教国オランダが共和国として独立しバルト海の中継貿易や東インド会社による対アジア貿易独占でヨーロッパ随一の繁栄を見た。産業革命が本格化すると英国が経済的な覇権をもつようになったが、20世紀にはいると米国が力をつけ、特に第2次世界大戦における大きな役割を通して戦後は世界のリーダー国となって現在に至る。 C第2次世界大戦ショック ドイツ、日本、そして日本につられて韓国も第2次世界大戦時の1940年には経済が上向いたが敗戦後の1950年には大きく水準を低下させることとなった。 Cソ連・ロシアの特異な推移 ソ連・ロシアは第2次世界大戦後は計画経済体制の下に成長軌道に乗ったが欧米諸国の経済発展には追いつけず、体制の破綻の中で2000年には世界平均を下回る所得水準に落ち込んだ。その後2008年にかけエネルギーによる経済成長により世界平均にまで回復したが、2018年にかけて回復傾向は頓挫し、少なくとも旧マディソンデータベースでは中国に追い抜かれる始末となっている(注)。ロシアによるウクライナ侵攻の背景としては、旧ソ連圏におけるこうした状況への苛立ちが無視できまい。 (注)Maddison Project Database 2020ベース(Real GDP per capita in 2011$)の1人当たりGDPでは逆転していない。 D東アジア・日中韓の変遷 明治維新で富国強兵の道を進んだ日本に比べ、中国や韓国は近代化に遅れ、欧米との格差が広がり、世界平均を大きく下回る軌道となった。韓国は1980年代に世界平均を上回り、大きく成長し、今や先進国水準となった。中国も1990年代以降成長軌道に乗り、2018年には世界平均を上回るに至っている。 E南北問題の緩和 2000年以降、すなわち21世紀に入って、日本を含む主要先進国の1人あたりGDPの対世界倍率は低下傾向をたどっている。これは途上国全体の貧困度が緩和され、中国、インドなどで先進国を上回る経済成長を実現するようになり、世界全体の所得水準が堅調に上昇しているからである(世界の極貧人口比率の推移をとりあげた図録4630、図録4632参照)。かつて南北問題として1960年代に入って指摘された地球規模で起きている先進資本国と発展途上国の間に経済格差はかなり緩和されて来ているのである。 このように各国の1人当たり実質GDPの歴史的な動向は世界各国の経済状況や各国間の格差状況のおおまかな推移を目に見えるかたちでよくあらわしているといえよう。 4.付表
5.マディソン・データの限界 マディソン・データの限界については、しばしば指摘されている。特に「1820年以前の期間に関するマディソンの数値については、「知識にもとづく推測にすぎない」と釘を刺している」研究者も多い(サウガト・ダッタ編「英エコノミスト誌のいまどき経済学」日本経済新聞出版社(原著2011年)、p.11)。
また、数字にしてしまうことの危険性についても指摘されている。「定量化は正確さという幻想を生みだすことがある。たとえば、マディソンは、1820年以前のアフリカのGDPはおおむね最低生存水準にとどまっていたと推測している。結局それしか言えないとしたら、わざわざ数字(一人当たり400〜425ドル)にすることでどんなプラスがあるのだろう?」(同上) それでも、数字にすることで議論が活発となり、さらによりよい推計ができないかと、研究が進むことにはメリットがあるというのが大方の結論であろう。 (2007年11月30日収録、2008年2月6日更新、2010年7月13日更新、2015年2月2日「マディソン・データの限界」追加、2023年4月28日2018年推計値追加、4月29日特徴E追加)
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