世界では合計436基の原子炉が運転中であるが、国別では、米国の104基がもっとも多く、ヨーロッパでは特別原子力依存度の高いフランス(図録4052)が58基でこれに次ぎ、日本は54基で世界第3位となっている。イタリアには原発がない。 一方、建設中の原子炉数では、中国が30基と最も多く、ロシアの11基がこれに次いでいる。日本は4基が建設中である。また計画中の原子炉数では、中国、ロシア、日本、米国の順であり、それぞれ、23基、13基、11基、8基である。西欧諸国では建設、計画中の原子炉はほとんどない。(日本については後段の「原発の新増設計画」表参照)。 その他の国々で計画中が30基と多いのは、アラブ首長国連邦、トルコ、インドネシア、ベトナムでそれぞれ4基の計画など、これまで原発のなかった国での計画を含むためである。 これまでの原子力施設の事故を時系列と事故レベルで作図した図を同時に掲げた。原子力事故の国際評価によると2011年3月の福島第一原発事故は米スリーマイル島事故と同等のレベル5とされていたが、4月12日に政府は、レベル7(暫定)に相当すると発表した。国際評価(INES)は国際原子力機関(IAEA)が定めている世界共通の尺度であり、数万テラレベル相当の放射性物質の外部放出がある場合をレベル7と定めている。「チェルノブイリ事故で放出された放射能物質の量は520万テラベクレル。これに対し、今回の事故で放出された量を、保安院は37万テレベクレル、内閣府原子力安全委員会は63万テラベクレルと推定している。」(毎日新聞2011.4.12) 以下に、各国の原子力事情と今回事故のインパクトを表に整理した(日本については後段参照)。福島第一原発事故はスリーマイル島事故・チェルノブイリ事故以上に世界に大きなインパクトを与えたようだ。 スウェーデンの元エネルギー庁長官のトーマス・コーベリエル氏はこう語っている。「世界中に衝撃を与えたのは、複合の過酷事故に加え、技術水準が高く、規律もしっかりしている日本で起きたから。すべての過信が打ち砕かれた」(東京新聞2012.1.10「こちら特報部」)。 イタリアでも、2016年12月に国民投票で憲法改正案を否決に導き首相を辞任に追い込んだことで注目された新興政治団体「五つ星運動」(創設者ベッペ・グリッロ氏)が政治的影響力をもちはじめたのは、「あの正確無比のロボットみたいな日本人でも対応できないのに、俺たちに原発を操れるか」という声を集めて、ベルルスコーニ首相らが推し進める原発再開など4法を2011年6月の国民投票で否決に持ち込んだ時点だったという(毎日新聞2016年12月20日夕刊)。 各国の原発事情と東日本大震災のインパクト
また、図にした原子力施設の主な事故を次に掲げた。 原子力施設の主な事故
放射能汚染の比較
#1 50ミリシーベルト(健康への配慮が必要とされる国際的な目安) 100ミリシーベルト(甲状腺がんが増えるおそれがあるとされる量) (資料)東京新聞2013年5月28日(#1はNHKNEWSweb2013年5月28日) 福島第一原発事故の放射能汚染の状況は、国連科学委員会の報告書案によれば、チェルノブイリ事故よりは小さく、甲状腺の被ばく線量もチェルノブイリとは異なり、健康への配慮は必要だが、甲状腺がんの増加のおそれはないとされる水準だったとされている。
東京新聞「こちら特捜部」(2013.6.15)によれば、福島県飯舘村で放射性物質の測定などの調査を続けてきた京都大原子炉実験所の今中哲二助教がこの報告書案で注目しているのは「日本全土でどれだけ被ばくしたかを表す「集団実効線量」の推計だ。甲状腺の集団実効線量は11万人・シーベルト(生涯の被ばく線量)、全身でみると4万1千人・シーベルトとなっている。国際放射線防護委員会(ICRP)は「一万人・シーベルトで500人のがん死が起きる」と見ている。全身の集団線量に当てはめると、がん死の増加は2,050人だ。この数値をチェルノブイリ原発事故後の旧ソ連や欧米諸国の約6億人分のデータと比較すると、福島原発事故による被ばく量は約20分の1、全身が約10分の1という結果となる。「大したことはない」と安心したくなるが、こうした一連の数字をどう読むべきだろうか。「無視できる数とは言えない。当てはまった人は、事故という人為的な原因で死を迎えるのだから」(今中助教)」なお、同記事は事故後の子ども検査数が少なすぎて推計の信頼性が十分でない点やがん死など健康被害への科学的根拠は必ずしも確定的でないと報告書案も認めている点を指摘している。 ここで原子炉数のデータを取り上げた主要国は、英国、ドイツ、フランス、スウェーデン、ロシア、ウクライナ、インド、中国、日本、韓国、米国、カナダという12カ国である。 福島第一原子力発電所の原子炉のプラントメーカーは下表の通りである。大震災発生を受け、東芝は子会社を含め約850人の対策チームを発足させ、そのうち700人が各プラントの復旧支援に当たり、同社子会社のウェスティングハウスなどは関連装置の提供を行う。また日立も約1000人体制で日米で原子力の合弁会社を展開するGEとも連携し、復旧などの支援、技術者派遣等にあたるという(東京新聞2011.3.23)。 福島第一原発のプラントメーカーなど
同紙は福島第一原発の設計に携わった東芝の元社員2人の同原発設計当時の状況についての証言を報道している。1〜3号機と5〜6号機の設計に参加した元社員(69歳)は、当時はマグニチュード8.0以上の地震は起きないとされ10メートルを超えるような大津波は設計条件に与えられていなかったと証言している(末尾参考資料および図録4363参照)。また「建設当時の設計の甘さの理由について男性は、福島第一原発が日本では初期の施設であることを挙げる。「当時の日本で、原発は経験のない分野だった。1、2号機を受注した東芝も担当したのは部品の設計だけ。プラント全体の設計は、米ゼネラル・エレクトリック(GE)が受注していた」と明かす。GEの設計には、地震多発国特有の条件が十分には反映されていなかったという。(中略)1、2号機が稼働を始めると、3号機からGEに頼らない「原発の国産化」が目標となった。東芝と日立が直接受注するが、実態はGEとライセンス契約を結び、規格を踏襲するだけ。「電力会社から『3号機以降も絶対に失敗するな。慎重に同じものをつくれ』と言われていた」と、当時を振り返る。(中略)事故の後、男性は原子力発電所を抱える全事業所の社長に宛てて「稼働中の原発を止めてほしい」とファックスを送った。「原発は人間が扱いきれるものではない。一人でも多くの人が、それに気づいてほしいのです。」」(同上) 欧米とアジアでは津波の可能性や主たる居住地の標高が異なることなど国土条件が異なるため原発の設計・管理を含むインフラ思想にも異なる合理性があると考えられる点については、図録7231、図録9060参照。 造船技術者の目で日本史を再検証している播田安弘氏はこの点について次のように述べている。「船の設計では、非常用発電機とバッテリー、そして無線室は、最上階の操舵室近くか、せいぜいその1階下までに配置するよう義務づけられています。遭難しても沈没するぎりぎりまで無線を打ち、救助の連絡をしてから、最後に逃げられるようにするためです。原子力発電所にも、非常用発電機があります。ところが2011年の福島第一原発事故では、非常用発電機を地下に置く米国式の設計だったため、津波でやられて注水ポンプが動かなくなったことがメルトダウンの原因でした。津波がないアメリカの仕様を、そのまま問題意識なく使ったことが大事故につながったのです」(「日本史サイエンス」講談社ブルーバックス、2020年、p.233〜234)。 福島第一原発、福島第二原発の非常用発電機の巨大なエンジン(当時最大の陸用エンジン)は新潟鉄工所製だった(上図)。当時、新潟鉄工所に勤務していた伊藤延由氏(福島県飯舘村民)はこう証言している。「現実の福島の原発事故ではちゃんと起動したものの、大津波で建屋が浸水して機能しませんでした。私を育ててくれた会社の名誉もあるので書きますが、製品が悪かったのではなく、水没リスクのある建屋地下に電源盤とともに置かれたのが原因です。しっかり津波対策がなされていれば飯舘村など福島・浜通りが苦しみ続けることはなかったかもしれません。悔しいです」(東京新聞「私の東京物語」2024.9.24)。 原発の安全管理については、法律上、モラルハザードが生じやすい状況であったことが、経済学者の竹森俊平によって明確に指摘されている(「国策民営の罠―原子力政策に秘められた戦い」日本経済新聞出版、2011年)。まず、原子炉のプラントメーカーには、製造物責任が例外的に非適用とされている(原子力損害賠償法(原賠法)第4条3)。福島第一原発の事故がGE社の設計ミスだったとしても被害住民はGEに損害賠償を請求できないとされているのである。しかも、損害が故意で発生した場合以外は、損害賠償を行った原子力事業者はプラントメーカーに求償権を有しないとされている(同第5条)。GEも東芝も原発事故が起こっても何ら心配がないという訳であり、安全性に対する意識が低下していても不思議はない。プラントメーカーはそもそも津波のことなど考えなくても良かったのだ。第5条について、竹森は「ここを読んで、文字通り椅子から飛び上がってしまった」(p.144)と言っているが、私も同感である。故意、すなわち意図的に原発事故を起こさない限り、原発の設計者に責任を一切負わせないと言う驚くべき条文は、このくらい有利にしないと外国の原発メーカーから技術を分けて貰えなかったからと推察されているが、その後、条文改正もなく、国内のメーカーに同様のメリットを与え続けてきたというから驚く。 それでは原子力事業者である電力会社のモラルハザードは生じていないだろうか。電力の垂直型地域独占、電源3法などによる立地支援といった保護に加えて、原子力事業者に無過失責任を追わせる一方で一定額(しかも1200億円程度の小さな額)以上の損害賠償には政府が支援するという原賠法の規定が電力会社にモラルハザードを生じさせている。 竹森(2011)はこう言っている。「欧米の電力モデルであれば、スリーマイル島事件のような出来事のあとには、原発事故をカバーする保険契約料の高騰や、原子力事業を行う資本コストの上昇が起こるので、電気事業者には原発を回避し、他の発電形態を選択するインセンティブが働く。しかし、日本の電力モデルの場合には、保険料が高騰しても電気料金に上乗せができ、資本コストについても国の支援によっていつも低位で安定しているために、原発のリスクが経営に反映されにくいのである。スリーマイル島の事故の後、ほとんどの先進国では30年間にわたり原発の建設がストップしたのに、日本では続けられたのはそのためだ。 このように原発事故のリスクを経営判断に組み込れる仕組みが欠如しているという日本型電力モデルの問題点を前提として考えるならば、原賠法もまた、わが国における発電形態の選択の歪みや、原発への過度なバイアスを拡大する要因となったことは確かである。また原発を15メートルの高台に置いた東北電力とは対照的に、貞観地震の際の15メートルという津波の規模に関する社内情報を握りつぶした東京電力の経営判断は、過保護な法律によって、企業の安全管理がおざなりになる典型的なモラル・ハザードの現象と言えよう。」(p.246〜247)こうしたモラル・ハザードの発生が予見できたのに、独立の安全規制官庁をおいて安全管理に充分に気を付けていなかった国の責任は免れがたいと言えよう。 政府は2010年に閣議決定した「エネルギー基本計画」で、現在、電力の約3割を担う原子力の割合を30年には50%に引き上げることを目指し、2020年までに9基、30年までに少なくとも14基の原発を新増設するとしていた。こうした目標にそって下表のような原発の新増設計画が進んでいた。しかし、大震災によって原発の安全性への信頼が失われたため計画はすべてストップしている。 原発の新増設計画
(資料)東京新聞2011.3.23
(2011年3月22日収録、3月23日日本の原発事情追加、3月25日(注)を追加、4月9日(注)に追加、(注)を参考資料に名称変更、4月12日INESレベルを5から7へ引き上げ、5月22日世界の原子炉数のデータを更新、計画中を追加、6月2日表「各国の原発事情と東日本大震災のインパクト」更新、2012年1月11日コーベリエル氏発言引用、2013年5月29・30日放射能汚染の比較の表・コメント追加、6月16日国連報告書案に対する評価記事紹介、8月21日福島第一原発地上タンク汚染水漏れ追加、10月24・25日竹森引用追加、2016年12月21日イタリア五つ星運動への影響、2023年3月13日播田氏引用、2024年9月24日新潟鉄工所製非常用ディーゼル発電機)
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