最新では、2024年7月31日のパリ五輪競泳男子100メートル自由形決勝で中国の潘展楽(Pan Zhanle)が46秒40の世界新で金メダルを獲得した。潘は同年2月にカタール・ドーハで行われた第21回世界水泳選手権で自身が樹立した世界記録46秒80を0秒40更新した。同種目をアジア人が制すのは1932年ロサンゼルス大会の宮崎康二以来92年ぶりという。 陸上100m走と比べ、同一選手が何回も記録を出す場合が多いので記録の数も小刻みとなっている。世界記録ではジム・モンゴメリー選手(米国)とマット・ビオンディ選手(米国)がそれぞれ4回づつ記録を更新している。日本では佐藤久佳選手が5回も記録を更新している。 全体としては、世界記録が先行し、日本記録がそれを追いかける格好になっている。しかも世界記録と日本記録の差はやや縮まりつつある。陸上100mやマラソンでは差が広がっているのとは対照的である(上記図録参照)。 記録の更新は競泳水着の発達とも深くかかわっている。 2008年オリンピック北京大会では英国SPEEDO社が開発した「レーザー・レーサー」が登場した。この競泳用水着は、摩擦抵抗の低減を主なターゲットとしてきた従来の水着とは異なり、水着の表面に水を透過しない極薄のポリウレタン素材である「レーザー・パネル」を接着することで、体の凹凸減らし、断面積を縮小することに焦点が当てられた。締め付けの強さから装着には他人の手を借りる必要がある。この水着を使った結果、競泳の新記録が続々と生れた。記録更新への影響は、選手の体型を変形する負担と効果のバランスから、長距離より短距離、男子より女子で著しかった。 国際水泳連盟(FINA)は、体型を変え身体に大きな負荷を与える水着の開発競争を防ぐために、新型の高速水着を制限する目的で素材を繊維のみとする新たなルールを設け、2010年1月1日から適用した。同時に水着が体を覆う範囲も男子選手は腰からひざまで、女子選手は肩からひざまでと従来より狭まった。 2008〜09年の新記録は「高速水着時代の記録」と表現されることもある。確かに、ここで見た男子100m自由形の世界新記録は同時期に集中してあらわれたが(図の18〜23)、2010年以降は世界では2022年まで、日本では2023年まで新記録がなかった。 ブラジルのセーザル・シエロ選手が2009年の世界水泳選手権で世界記録を出したときには、「アリーナ社製の高速水着で泳いだ。22歳の新王者は「猛練習で自分を追い込み、限界寸前で速く泳げる体になれた。水着が織物に戻っても自分を信じれば46秒台を出せる」と言い切った」(日刊スポーツ2009.7.31)というが、やはり、高速水着なしでは新記録が難しくなったのである。 日本記録と世界記録の差は、1990年前後には3秒ほどであったが、それがどんどん縮小する傾向にある。 中村克選手(イトマン東進)が2018年2月にコナミオープンで記録した47秒87という日本記録は、日本記録を更新しただけでなく、かなり前にブラジルのセーザル・シエロ選手が更新した世界記録46秒91(図の23)との差が0.96秒となり、世界記録との差がはじめて1秒を下回った点でも注目される。 また、「高速水着時代の記録」以前のピーター・ファン・デン・ホーヘンバンド(オランダ)の世界記録47秒84(図の17)にはわずか0.03秒の差とほとんどタイに近いタイムになっている点でも注目に値する。 なお、中村克選手の日本記録は、オリンピック3番相当の記録だという(2016年に開催されたリオデジャネイロオリンピックで銅メダルを獲得したネーサン・エイドリアン(米国)の記録は47秒85、4位のサント・コンドレリ(カナダ)は47秒88)。 (原データ)
(2019年1月18日収録、2023年4月6日更新、2024年8月1日更新)
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